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林檎  作者: 桜空
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実り

 そんな私を惑わせる事が起きた。職場体験で知り合った四人で遊びに行く事になったのだ。ここまでは良かった。私と同じ高校の子で女子二人、あとは例の気さくな男子とその子と一緒にいた子、男子二人で会うことになった。そう、ここまでは良かったのだ。

 私はこの四人で遊びに行く事は初めてだったし、夏休み以来会えていなかったのだから楽しみにしていた。しかし、例の男子ではない方の男子が急遽、行けなくなってしまったのだ。

 仕方ない、それはまた今度にしよう、という事になった。

 その頃、新年だったということもあり、私は東京にある浅草寺にお参りに行きたいと考えていた。しかし、私の親は多忙でそれどころではなく、今年は諦めるしかないのだという事を話題が尽きてしまった気さくな彼とのメールに送ってみた。

 同情の言葉が返って来て終わりだろうと思っていた。そっか、残念だったね……そんな言葉が返ってくると分かっていながらも、私はメールを打った。今考えると、それだけ彼とのメールを切らさない為に必死だったのだなと思う。

 数分後、思ったよりも早く返事がきた。

『ごめん、俺の勘違いだったら申し訳ないんだけど、それって俺に東京行きを誘ってる?』

 この返信を見た私は赤面した。もちろん、そんなつもりで送ったわけではない。しかし、確かにこの文面を見ればそう思うかもしれなかった。そして、この返信を見て、もしかしたらこのまま一緒に東京に行こうと言ってみれば一緒に行ける事になるかもしれないという下心を含んだ考えが自分の頭を過ぎった。

 そこから話は発展して四人で東京に行こうかという話になった。高校生は新しく入ってくる中学生が受験する間は無条件に休みになるから、その日に予定を組もうという話になった。

 しかし、またも私と同じ学校に通う友達が行けなくなってしまった。結局、打つ手はなく、私たちの東京旅行は断念となった。私は純粋に浅草寺に結局行けなくなってしまった事、あの気さくな彼に会えなくなってしまった事を残念に思った。予定を立ててもなかなか会えないのだから、私たちはこれからも予定を立てる事はあっても会う事は永遠に断念する事になるのではないかと思った。私ともう一人の女の子は同じ学校だが、他はバラバラの学校だし、部活にい所属しているのだから仕方ないと言えば仕方のないことだ。部活を引退したとしても、その先に待っているのは受験だし、もっと会えなくなってしまう。職場体験で思った通り、私たちはあの夏休みの一週間だけの仲なのかもしれない。そもそも、ここまで仲良くなれた事がある意味奇跡なのだ。

 そんなこんなで過ごしていた冬ももうすぐ明けようかという時、あの気さくな彼からメールが届いた。

『東京の話なんだけどさ、結構楽しみにしてる気だったでしょ? 良ければ俺と二人で行かない?』

 と、こんな文面が届いた。私の心臓が軽く跳ねた。大袈裟な表現かもしれないが、私はこの文面が届いてから自分でも分かるくらい心臓が激しく脈打っていた。

 何て返事を出そうか、いや、もちろん了承するつもりだ。こんな誘い、この先を考えても今回の事を断ってしまえば二度とやってこないだろう。

 ……なんでこんなにも必死になっているのか。ふと、我に返る。目の前には輝かしいチケットがあるのに、純粋に、手に取れない自分が居る。それは昨年の夏の一件があったからだ。私に恋愛は向かない。次に好きになる人は本当に心にきめた人でなくてはダメだ。そう決めた中で私が必死に連絡を取ろうとする人、関わっていたいと思うのは、この人だ。最近では毎日のようにメールを交わしている。異性とメールを交わしていてうっとおしいと思う事ばかりだったのに、この人は何故か違う。メールが届くたびにくすぐったい感覚になり、なんて返そうかしばらく考えてから返事を出す。こんな大切にできるのは初めてだ。

 おかしい。私じゃないみたいだ。

 私はこの人の事が本当に好きになってしまったのである。

 汚い事を言ってしまえば、無くなった東京旅行をわざわざ二人で、と誘ってくるという事は、いくら私が匂わせるような事を言ったとはいえ、きっとあの人の中にも私に対する好意がほんの少しでもあるはずだ。逆にそうでなければ人として疑う。しかし、人として疑うような人とは到底思えない。

 この人と付き合う事が出来たら、きっと楽しい日々が待っているだろう。他愛無い話をして毎日を過ごせたら、どれだけ幸せだろう。友達のままでいるという選択もいいのかもしれない。しかし、彼女と言う位置に立てたら、もっとあの人を知ることになる。あの人から一番近い距離で、日常を送る事が出来る。きっと、こんな幸せな事は無い。これが、私の出した答えである。

 その事を心に留め、私は返事を出した。

『本当に行ってくれるの? 是非とも一緒に行きたい』

 私の本気の恋は人生で初めて、ここから始まったのである。


 東京旅行当日。この日は相変わらずの寒さで、地方にいるよりも東京の方が冷え込んでいた。私たちは住んでいる場所の関係で最寄り駅が違うので時間差で同じ電車に乗ったが、彼が恥ずかしいと言うので前半は違う車両に乗って、後半は同じ車両の中で久しぶりと挨拶をしてからなんとなくぎこちなくなってしまい、口数が少なくなって東京に辿りついた。

 私たちは目的の浅草寺に辿りついた。沢山歩いたが、歩いている間、彼は必ず車道側を歩いた。車がスピードを出して走ってくると警戒して居る素振りを見せた。ネットの世界では男子がそのような行動を示す事は当然として書かれているが、実際にしている人を見るのは初めてだった。私の今までの彼氏だって口では大それた事を言っていたが、こんな事をしてくれた事は無い。いや、今までの人と比べるのは最低か。

 何か目ぼしい物が見えるたびに私に分かるようにリアクションを取り、写真撮らなきゃとはしゃいでいる彼を見て、私は穏やかな幸せな気持ちになった。

 そうか、と思った。本当に好きな人だったら何をするにも微笑ましく思えてくるのか。今までの私では考えられない事だった。

 しかし、ひとつ大きな問題があった。会ったのが半年以上ぶりという事もあり、メールのように話が続かないのである。メールは考える時間が与えられるが、会話は違う。投げかけられた事に対して答えを返し、尚且つその次にも続くように返答しなくてはならない。こんな事は人間として当たり前の事であるのに、深く考えれば考えるほど難しくなってしまった。すっかり沼にハマってしまったのだ。

 そんな時間を過ごしていたら、帰る時間になってしまった。最初にこの話を持ちかけたのは私の方であるのに、最低な事に楽しくない一日を送る事になってしまった。きっと、彼だって私と出掛ける事を進んで行おうと思わなくなっただろう。もしかしたら、連絡を取る事すら躊躇うかもしれない。……そこまで酷くはないだろうか。

 帰りの電車の中で彼は

「ゲームをしよう」

 と提案してきた。

 この提案はなかなか私たちの今の状況に合っていると思った。ゲームなら無理に話そうとしなくてもいい。ゲームで起こった事に対してリアクションを取ればよいのだ。私は改めてスマートフォンに感謝した。帰りの電車の時間は救われた。

 私たちは東京旅行をする前に通話をしながらこのゲームを一緒にした事があった。その時もこのゲームをきっかけとして少し打ち解ける事が出来た。

 私の家の最寄り駅が近づいてきた。彼の最寄り駅はまだもう少し先に行かなくてはならない。最後の電車の中での時間は楽しく過ごせたが、やはり二人きりで遊びに行く事は今日が最後かもしれない。そう思うと、私はその日の自分の行動を悔いた。私は打ち解ける事が出来ないと、素を出すことは難しい。言い訳にしかならないが、半年以上も会っていない、ましてや気がある異性となれば尚更緊張してしまった。

 駅に間もなく着くというアナウンスが流れた。彼はずっと手に持っていたお土産を、私に渡してきた。

「今日は一日 俺に付き合ってくれてありがとう。 楽しかったよ。 また遊びに誘ってくれると嬉しいな」

 彼はそう言った。恥ずかしさを微塵も見せることなく、私にそう言った。

 もしかしたら楽しかったなんてのはお世辞かもしれない。でも、それでも良かった。この人はどこの紳士だ、とすら思った。心にゆとりがあって、私を優しさで包んでくれる。きっと、周りを探してもこんな人はいない。

 好きになって良かった。私の眼は、狂っていなかったんだと思った。

 私はお礼を言って綺麗に包装されたそれを受け取り、電車を降りた。帰り道、歩きながらこっそりと包装された袋を覗いてみた。中身は、チョコだった。その時、甘い物は好きだからと単純に喜んだが、帰ってからテレビを点けてみると、今週はバレンタインデーだと知った。知ってから改めてそれを見ると何とも言えない動揺が胸の中で騒いだ。

 狙って渡してきたのだろうか、だとしたらホワイトデーにお返しを渡さなくてはならない。むしろ渡したい。そうすれば会う口実だってできる。……こんな事を考えるのは生まれて初めてだ。そう思う事が最近多くて、私は心を余計に踊らされた。恋愛とはこんなにもドキドキする事なのか、こんなにも楽しいのか、気持ちすら伝えられないのに感謝の気持ちを伝えたくなった。こんな感情を私に教えてくれてありがとう、と。


 それから、もう連絡すら来ないのではないかと恐れていた事もなく、私がチョコのお礼を言ったところからメールの頻度は増していった。結局、あのチョコはバレンタインデーとしてくれたのかどうか掴む事が出来なかった為、ホワイトデーの約束を漕ぎつける事は出来なかったが、四月になり、私たちは二人きりで遊ぶ事を約束した。またも四人で遊ぶ話がまとまらなかったのである。

 私たちは四月の頭だから桜を見に行こうという話になった。その頃には桜は散り始めていたが、会う口実には十分な口実だった。私は桜が好きだったし、好きな人と見る事が出来るならそんなうれしい事は無かった。

 桜は案の定ほとんどが散ってしまっていて、見ごたえは無かった。

「来年には綺麗な桜を見に来れるといいね」

 彼はそう言って私に微笑んだ。これは、来年もいっしょに来れるという事だろうか、もしそうだったらと思うと、胸の中は嬉しさで満たされた。

 私は相変わらずの口下手で、彼の事を困らせていたと思う。でも、そんな事を気にさせないくらいに彼は私に話しかけてくれた。気さくな男子の力を発揮して話してくれる。

 楽しい時間は束の間で、あっという間に帰る時間になった。付き合っていればまだ帰りたくないという事も出来るのかもしれないが、私にそんな勇気は微塵もなかった。

「帰りの電車は何時?」

 そう聞いてくる彼に、私は調べた時刻表の中で少し遅らせた時間を伝えた。本当だったらそれよりも三十分早くに乗る事が出来るのだが、もう少し一緒に居たくてそう伝えてしまった。

「そっか、じゃあそれまで一緒に待ってるよ。」

 そう微笑んだ後、私と一緒に駅の外に出た。三十分もあるのにする事が無いのだ。他愛もない話をぽつりぽつりとしていく中、彼は突然、態度を変えた。しどろもどろになりながら、私にこう言ったのである。

「もし良ければ、手を……繋いでくれませんか。」

 私はそれを聞いてから、えっ、と言って固まってしまった。私のリアクションが悪かったのか、彼は余計に顔を赤くし、大袈裟に顔を隠しながら、

「いやっ! 今のは忘れて、本当にごめん。」

 と言った。

 そう言われて私も段々自分がなんて言われたのか、実感を掴んできた。私は、この人に手を繋がないかと言われたのだ。好きな人に、そう言われたのだ。

「私でよければ……その、繋ごう?」

 私は勇気という勇気を振り絞って彼にそう伝えた。こんなに赤面しているのだ、からかって言ったわけじゃない事は分かった。そんな風に言われて、私も嬉しかった。

 春の温かい風が鼻をくすぐる頃、私たちは手を繋いだ。彼の赤面加減は可愛らしくてたまらなかったが、もしかしたら私もすごい顔をしているのかもしれない。彼の手は汗ばんでいた。私の手より少し大きくて、熱かった。私の為に勇気を出してくれたのだろうか。買ったばかりの切符が少しだけ熱量によってよろけてしまった。

 帰りの電車の中、私は何とも言えない感情のままイヤホンから流れてくる曲を聞き流し、火照る頬をずっと触りながら、なんで手を繋ごうと思ったのか、そればかりを考えていた。

 普通に世間一般の考えで考えれば分かる答えを、私は延々と考えていた。私は、彼に好かれているのだろうか、そんな事があってもいいのだろうか、好きな人が自分を好いているなんて奇跡が、本当にあるのだろうか。そんな事ばかりを考えていた。

 私はその日、彼の気持ちを聞く事は出来なかった。むしろ何でもないように私たちのメールは続いた。

 そしてあの手を繋いだ日から一週間後、私たちは今 話題になっている映画を観に行く事になった。彼は洋画が好きだったから、今までそんなに洋画を観た事が無い私にとっては新しい世界を広げてくれるきっかけになった。

 私はその映画をすっかり気に入ってしまった。個人的にもう一回観に行こうかと思うほど良い作品だった。私たちはその帰り、もう一度桜並木がある広場に向かう事にした。時間は沢山あったのでカラオケに入っても良かったのだが、お金が足りなかったのである。

 桜並木の広場に向かっている途中、彼は何も言わず、自然に手を繋いできた。私はその事に何も言えなかった。しかし、今日こそ彼の気持ちを聞くべきなのではないかと思った。今日聞かなくては何時聞く事が出来るかも分からない。今日は先週と違って時間は沢山あるのだから、聞く事くらいできるだろう。それが私の期待にそぐわないものだとしても、今日は笑顔で別れよう。そう思った。

 意を決して話を切り出そうとすると、彼の方が最初に言葉を発した。

「ねぇ、俺と手を繋ぐ事についてどう思ってるの」

 私は少しも考えず、直感で答えた。

「嬉しい。 素直に嬉しい。」

「本当に? 一緒に居る時あんまり表情が生き生きしてないから本当は一緒に居たくないのに付き合わせちゃってるのかと思って」

 私はこの言葉には沢山の心当たりがあった。私は馬鹿みたいに緊張しいのである。それが誤解の原因になっていたのだ。

「私、緊張しくって、学校にも男子は居るけどそんなに話さないからどうしても口下手になっちゃうの、ごめんね。」

 私は好かれているかもしれないと思っていた自分を恥じた。そんなことはない、むしろ困らせていたのだ。

「あのさ、それで、こうやって手を繋ごうって言ったのも、手を繋ぐのも、どうでもいい人にそんな事、しないからね?」

 彼は誤解してないよね?という風に言った。

 それがどういう意味なのか、私ははっきりと理解するのに少し時間がかかった。

「俺と付き合ってくれない?」

 彼は私の目をしっかりと見てそう言った。彼のこんな表情は、初めてだった。この先も見る事は無いのかもしれない。そして、この告白の言葉を、私は一生忘れる事は無いのだろうと思った。

 少し間が空いてしまったが、

「よろしくお願いします」

 私はそう答えた。

 私の人生で初めての本気の恋は、綺麗な形で実ってくれたのである。


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