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林檎  作者: 桜空
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親愛なるあなたへ







読んでいるでしょうか。

 このような形であなたとの事をここに書く事を許してください。

 あなたとの関係をひとつ断つ時、あなたは保証が欲しいと言いました。一緒にいてもいいという保証が欲しいと。私の中で答えを考えた挙句、私はここに辿り着いたのです。ここで書いていく事、それが私の中の全てです。

 あなたがこれを読むかどうかは、運にかかっていますが、私は全力でこの文章を書き、私の中に生きる保証とさせていただきます。


 親愛なる人へ、届きますように。








 私は全て覚えている。出会ったあの日に交わした言葉から、最後に交わしたもどかしい言葉まで、全てを覚えている。

 炎天下、あの日の夏、あの時の事を思い出すたびに、私は人が変わってしまったのだなと思う事が多い。良い意味で、そう思っているつもりだ。

 その時から私は恋愛というものがなんなのか、何を生み出すものなのか、さっぱり分からなかった。人と人が付き合って何をどうするというのか。一線を越えて行為に及びたいだけだろうか、でも、自分の周りにそのような人間は居ない。むしろ、好きな人が出来たという友人は対象の人を見つけては目を輝かせ、見ているだけでも十分幸せだと話す。

 全く分からない。私には付き合って数ヶ月経つ彼氏が居たが、告白されて悪い人ではないからと了承はしたが、正直言って、そんな華やかな心地になったことなんてない。

 私がおかしいのだろうか。


 私の学校では毎年夏休みになると職場体験が行われる。私は本が好きだったし、図書館で働く事に憧れを抱いていたから図書館を志望した。

 図書館は民間の企業ではないから、博物館で働く人たちと共に集められる事になった。集会の主な話の内容はもしもの事があった時の為の保険の話だった。

「図書館で働くの志望してる奴には悪いけどなぁ……」

 担当の先生は集会が始まるなりそう口を開いた。

 悪いって、なんだ。嫌な予感しかしない。

「今年から図書館の仕事は打ち切りになったんだ。博物館に移るんでもいいし、他の企業にまわってもいいぞ。」

 やはり、そういうことか。

 もう一つの博物館は家からは少し遠い位置にあるが、他の企業に今からアポを取ることも面倒に思えたので、博物館に務める事にした。

 夏休みの中の一週間、少し遠くまで自転車を漕ぐ事くらい、運動不足解消の為だと思えばへっちゃらだろう。

 私たち図書館志望ぼ人たちが散らばったところで、集会はお開きとなった。職場体験は夏休みの前半の一週間に入れた。夏季課外の次の週に入れたから、夏休みの前半に仕事を全て終わらせられる。夏休みの後半はゆっくりしよう、そう思った。


 夏休み初日、早速夏季課外が始まった。淡々と流れるように進んでいく授業を受け、みんな帰路に立つ。駐輪場に向かおうとしたところ、太い声に呼び止められた。

 私の彼だった。

「帰りにアイスでも奢るよ、一緒に帰ろう。」

 今日は早く帰って明日の予習をしたかった。しかも、この炎天下の中自転車を漕いでどこかに寄り道だなんて考えただけで吐き気がする。日焼けの事も気にしているのに、正直言って迷惑極まりなかった。

「ごめん、今日は予定があるの。」

 振り払うように自転車に跨った私に、彼は

「なんだよ、最近釣れなくないか、他に良い男でも出来たのかよ。」

 と言って舌打ちをした。

 あぁ、と私は思った。

 何故そうなるのだろう。友達の時はそうじゃなかったのに、何故そんな面倒な事を言うのだろう。私に自由というものは無いのだろうか。

「今日は予定があるんだから、仕方ないじゃない。」

 小さな声で、尚且つ聞こえるように呟いてから自転車を漕ぎ始めた。

 いつもこうである。

 きっと、私が彼に抱いている好きだという気持ちは友達として存在していた方がしっくりくる感情であるのだ。そこに恋愛を絡めてしまっては自分が窮屈になってしまう。私は彼が思っているよりも彼の事を思えていない。

 こんなことは失礼なことだと分かっている。

 分かっていても、これが最後の恋になってくれるかもしれないと願いか、祈りのようなものを込めて交際を始めてしまう。だから、好きでもないのに付き合うわけではない。だからと言って、夢中になれるかと言われると、それは違う。

 私に、恋愛は向いていないのだ。

 そんなこんなで夏季課外の間は彼から話しかけられることも、連絡が来る事もなかった。自然消滅でもするのだろうと思って放っておいた。私としてはどちらでもいい話だった。

 次の週になり、職業体験が始まった。

 私の学校から来ている人は私を合わせて二人しかいなかった。顔見知りで仲の良い子が居たから良かったものの、人見知りの私にこなせるかどうか分からなかった。全てが接客の仕事で、小さい子どもから年配の方まで、幅広い世代の人たちと言葉を交わさなければならなかったからだ。

 よりによって、初日という大事な時に私は友達と違う場所で仕事を任されてしまった。しかも、どこの学校かも分からない、男子と一緒になってしまったのである。彼氏が居るとはいえ、男子と話すことなんてなかなか無いものだから、余計に緊張してしまう。シフト表を見てから、どうやって話をしようか、敢えて話しかけることなどせず、仕事を淡々とこなしていけばいいか、いや、挨拶くらいしないと人として最低だぞ、そんな事を考えていたら担当の人がやって来て、仕事を始めるように指示をしていった。

「こんにちは、どこの高校ですか」

 移動している時から仕事の担当が被ったと思われる男子から声をかけられた。

 私の動揺加減を、悟られたくはなかったが、どうしても声が上ずってしまった。

「こんにちは……えと、○○高校です、すぐそこの。」

 目も合わせられなかった。

 この人はさっきもう一人の男子と楽しそうに大声で会話をしていた人だ。そんな明るい人は、私の苦手とする人だ。そう思ってしまったから、余計に関わりずらい。

「へぇ、そんな高校あるんだ。 実は隣町から来てるんでここら辺詳しくないんですよね。」

 苦笑いしながら、私に困ったような表情を見せた。

「そうなんですか」

 私はこう答えるしかなかった。この人とはこの一週間が終われば、下手すれば今日の仕事が終わってしまえば、もう会うことはないかもしれないのだ。別に仲良くなる必要なんてない。

 それなのに、この人の私に対する会話は止まらなかった。私たちが担当した仕事はお客さんが来る時はすごく忙しいが、波があるので会話をする時間は十分にある仕事だった。私にとっては仕事が無い時が一番、気が気でなかった。

 彼氏は居るんですか、今度の夏祭りには行くんですか、何でこの博物館に来ようと思ったんですか、好きな芸能人は誰ですか、生徒会には入っているんですか、等々……沢山の質問で私の時間を埋め尽くしていた。上手く答えられた気はしていない。会話のキャッチボールどころか、投げかけられた質問に私が答えて終わらせてしまうような、そんな会話ばかりが続いた。私の異常な緊張感が普段の私を押し殺しているようだった。

 しかし、彼は疲れる素振りも、嫌になる素振りも一切見せなかった。

 仕事の後半になり、お互いの恋愛事情について話すようになった。私の態度は相変わらずだったが、少しずつ打ち解けられたからこんな話が出来た。

 その人は顔が整っていたし、こんな気さくな性格なのだから、私よりずっと経験が豊富で恋愛というものを知っているのだろうとと思っていた。しかし、その人は前に付き合っていた彼女がひとり居るだけだ、と言った。いつ付き合っていたのかは知らないが、その人はその彼女と別れた事を後悔している様だった。自分の過ちにより別れが来てしまったのだと、その日一番の暗い表情を見せて私に話してくれた。

 私は、本気でなんて言ってあげたらいいのか分からなかった。遊んでそうに見えて、とても誠実な面があるのだと思ったら、私の中で見る目が少しだけ変わった。


 一日目はあっという間に時間が過ぎ、緊張していた時間も終わってしまったらなんとなく名残惜しくなってしまった。

 夕立が来てしまう前に早く帰ろうと、急いで駐輪場に向かった。友達はみんなバスだったから、自転車で帰るのは私だけである。駐輪場に向かうと、見覚えのある影がそこに立っていた。

「職場体験、お疲れ様」

 そこに立っていたのは、私の彼だった。私はここに職場体験に来るとは一言も彼に告げていない。もっと言ってしまえば、職場体験をすることすら告げていなかった。なのに、ここに彼が来ている事に、私は悪寒を覚えた。とてつもない暑さなのに、掻いた汗が一気に冷めていくようだった。

「何でここにいるの」

 私は冷静を保つようにして彼に訊いた。

「クラスの奴に聞いてさ、ここで働いてるって。 この前の事もあったからちゃんと謝っておこうと思って。」

 彼の言っている事は傍から見たら普通の事なのかもしれなかった。付き合っている彼氏が、少し気まずい雰囲気を謝ろうとクラスメイトから彼女の居場所を聞いて待っててくれる……きっと私の友達にこの事を聞かせたら羨ましがるだろう。何でそこで悪寒が走ってしまうのか、理解できないだろう。

 しかし、ここで私は悟ってしまったのである。私は本当にこの人の事が好きなのではない。世間一般で言えば、お遊びで付き合ったのだろうと咎められるくらいの気持ちで、私は彼の告白を受け入れ、この日まで来てしまったのだ。

「ごめん、私……もう、付き合ってられない。」

 私は俯き、消え入るくらいの声で言葉を発した。耳に届く蝉の鳴き声は、私の頭痛をより大きく響かせているような気がした。

「何言ってんだよ……俺が釣れないなんて言ったからか?」

 怒りと焦りが混じるような声で彼は私に訴えた。しかし、私はこれ以上の声を発せられる気がしなかった。私が答えない事に我慢しきれなかった彼は私の肩を掴み、

「なんとか答えてくれよ……」

 と言った。

「ごめん、もう一緒にいたくないの」

 私はまたも彼を振り払うように自転車に跨って漕ぎ始めてしまった。中途半端だった挙句、綺麗な終わり方すら出来ない私は、人間としてきっと、最低だった。


 私はその日から、誰かと交際をするのは自分が死ぬほど好きだと思った人だけにしようと誓った。

 死ぬほど好きな人に出会えれば、私の中の何かもきっと変わってくれる。その恋が実らないとしても、私はその人に、と心に決めてこれからを歩もうと思った。


 私はそれからの夏休みをほとんど勉強に費やした。誰かと関わりを持つ事に抵抗があったからだ。友達とは普通に連絡を取り合い、遊びに行く事は無くても通話をしたりメールをしたりして過ごした。職場体験で知り合った人たちも、私と連絡先を交換してくれていた。あの気さくな男子からも時々あのテンションのままでメールが送られてくる。私は口下手だが、文面を書く事は顔を見なくて済むので、職場体験で会った時よりも明るく、話が繋がるように努めていた。

 秋になり、冬になり、私たちのメールのやり取りは途切れながらも何故か続き、夏に会ってからずっと会っていなかったのに、段々メールを夜に返す事が日課になり、メールを交わす事が当たり前の存在になっていた。

 その年が終わろうとしていた時、あの何十分かで今年が終わろうとしている時にメールが届いた。今年は沢山関わってくれてありがとう、という内容のメールだった。絵文字も多く含んでいたが、長文で書かれたそれを見た私は何とも言えない気持ちに包まれた。

 いやいや、と私は思った。

 私もこの年になれば恋愛い感情を抱くのはどんな時か、分かっているつもりだ。しかし、この気持ちを恋だと思ってしまっていいのだろうか。とても優しく接してくれているのは事実だ。私もその優しさに救われているのは分かっている。毎日メールのやり取りをしていて楽しいと思える。だが、また後悔をしてしまうんじゃないか。小さなトラウマがぶり返してしまうんじゃないか。そう考えてから、その感情に蓋をするように、見て見ぬふりをするようにして、今までのやり取りを続けた。


続く

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