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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

辞めたからって絡まないでください、勇者。

作者: 九良道 千璃

※注意※

前作があります。抜きでも楽しめるようにした気もしますが、

多分前作を読んだ方がいいです。

申し訳ありませんがこちらをご参照ください:

https://ncode.syosetu.com/n8113ex/

 はじめまして。魔王軍前線指揮官のネグルだ。

 久しぶりだったか?まぁいい。


 要件を言おう。俺のところに勇者が頻繁に来るので引き取ってほしい。早急に。

 正確に言えば、先代の女勇者なんだが。

 見た目は上々だぞ?戦闘力はあまりないが、商人としてやっていけてるらしいから、やりがいも十分だろう。口説き落として連れて行ってくれ。約一名、腐れ縁がついてくると思うけど必要経費だ。




 とりあえず経緯を説明しようか。

 一年ほど前か。勇者が魔王を今度こそ討ち果たした、という噂が立ったよな。そうそう、先代の女勇者。二回の魔王討伐を成し遂げた、だのなんだの。

 そこからしばらく、戦線の動きもなかったから、平和に過ごせてたんだけどな。お前みたいな、人族からの商隊が稀に来ても追い返されないくらいには平和だよな。そっちの方がありがたいよな。死人も出ないし。うんうん。そっちがうなずく気持ちもよくわかる。


 まぁそんな時世なんだが、つい数ヵ月前、新たに勇者が生まれたという噂が聞こえてきた。

 なんでも先代勇者の出身国近くの小国に生まれたというんで、先代の騎士に勇者への忠誠を誓うよう話が来たんだそうだ。

 で、先代の騎士は俺のいる場所、つまりココの脅威を野放しにするわけにはいかない、と丁重にお帰りいただいたんだそうだが。そのあとどうにもきな臭いらしい。


 曰く、忠義の権能持ちとして、新たに勇者付きの騎士に叙任された者がいる。

 曰く、他にも七美徳の持ち主として勇者の下に加わった人間がいる。

 曰く、魔族の脅威を今度こそ討ち払わんと士気を高めている。


 え、七美徳について説明?普通お前たちの方が詳しくないか?まぁいいが。

 七大罪は知ってるよな?魔族側に発現する、嫉妬、怠惰、暴食、強欲、傲慢、憤怒、色欲の七つの強力な権能、および、魔王に忠誠を誓うそれぞれの権能持ち。

 七美徳は、七大罪と対をなす権能、および、勇者に忠誠を誓うそれぞれの権能持ちの事。忠義、慈愛、勤勉、英知、正義、希望、勇気の七つだったよな。吟遊詩人の歌にも謳われてるだろ。それぞれが七大罪と対をなす、強力な権能だ。

 これ以上はまだ噂程度だな。まぁ、確実なのは、それぞれが勇者もしくは魔王を補佐する立場の強者、くらいだ。


 で、これが今、現れたらしい勇者と一緒に、先代勇者の生国近くで、兵を集めつつ士気を高めてる真っ最中と。

 な?危ないだろ?何しにそんなに士気を高めるんだよってな。下手したら人族の国同士で戦争だぞ?

 実際、そういう噂も聞こえてきてるんだよな。かなりギスギスした関係らしいから、周辺の国はとにかく触れないようにしてるみたいだ。


 だからな、お前みたいにここに物を売りに来てくれるのはありがたいけど、戦争に巻き込まれるなんて嫌だからな。先代勇者にもちょっと躊躇ってもらいたいわけだよ、ここに来るのを。

 来るのかって?うん、来るぞ。つい一週間前くらいに来たしな。もう一日か二日待てばまた来ると思うぞ。だから一緒に連れて帰って、しばらく相手しててくれ。

 恐れ多い?そんなこと気にするヤツでもないから、大丈夫大丈夫。






 交渉は失敗に終わった。なぜだ。同じ商人だぞ。人情というものがないのか。まったくけしからん。

「魔族のお偉方から交渉されたら、おいしい話でも裏があると思うのは普通。」

 メリア、そりゃそうだけどさ。先代の勇者だぞ。今起きてることくらいであれば、絶対担ぎ上げられてるのにここに来るって、相当おかしいと思うだろ。むしろ引き取りたいって人族から来るのが常じゃないのか。

「来ないからここに来てる」

 いい加減ここを財源にするのやめてほしいんだけどな。人族の通貨集めるの大変なんだぞ。

「盗賊狩りで貯まってるし、時々稼いでるでしょ」

 まぁ息抜きにお前と一緒に行けるしな。ちょうどいいだろ。

「次はもう少し経ってから?」

 そう。少なくともしばらくは無理。きな臭すぎる。もうちょっと落ち着いてから行こう。






「来ちゃった。」

 だから来るなよ先代勇者!帰れ!

「私も一緒だ。話をさせてくれ。」

 待て、先代騎士。お前今、俺の領地の目と鼻の先にある、人族の砦の指揮官だよな。コイツをお前の砦近くの町に縛り付けとけよ。


 先代勇者も先代騎士も、俺の館の応接間に居座った。全く厚かましいやつらだ。

「お茶を出すネグルも相当。」

 知らない仲でもないからな。早く帰って欲しいが。




 話を聞いたところ、勇者の生国近くの国で、きな臭い噂が飛び交っているそうだ。魔王が現れただの、水面下で魔族との小競り合いが激化し始めているだの。

 実際、家族を失った難民を名乗る人間が、ごく少数ではあるが、先代騎士の砦近くの町に流れてきたそうだ。


 現在の人族と魔族との境界で、軍勢が進行可能なルートは、現在すべて俺の支配下にある。小競り合いの発生なんてありえないし、むしろ人族との交易路が少しずつ出来始めている。先代勇者が道を踏み固めようとしているように見えるからな。

 先代騎士も同意見だそうだ。見える範囲、聞こえる範囲で、魔族との小競り合いは起こってすらいない。この難民は、不自然だと。


 そこで先代騎士が難民を名乗る者たちに話を聞いたところ、見たこともない、太い角の生えた兜と、大きな武器を持つ軍勢に、村を襲われた、との話だったそうだ。武器は不揃いで、直前に魔物の大群が襲ってきていたことも考えると、とても国の軍とは思えなかったと。

 俺が先代騎士に黙って、そういう軍勢をひそかに送り込んだ、ということも考えられたわけだが、俺自身、そんな軍勢には心当たりがない。




 まず、魔物と魔族をひとくくりにしている時点で変だ。

 人族の間にどう広まっているかは知らないが、魔物とは、弱い妖精や精霊が自身の力を高めようとして、他の動物や植物に干渉して主導権を奪い、その性質を変化させて生まれる存在だ。


 魔族の生まれ方とは根本的に違う上に、その性質上、魔力を多く持つ他の生物を襲いに来る特性上、害獣としての見方が強く、飼うなどよりも討伐して食肉にする方が利益となる場合が多い。

 魔物を飼う、操るなどと言ったものは限られているし、そもそもそれ自体に非常に高い魔術的な制御能力を要求されるのだ。ここ一年近くは領地同士の小競り合い程度しか争いごとがないのだから、変な能力を有する者は、すぐに耳に入るはず。

 現時点でそのような能力を持つ者の噂がないのだから、言いがかりも甚だしい所だろう。




 そして次に、魔物や他の種族を操ることの難易度の高さだ。

 基本的に魔物は思考能力こそ持たないが、肉体を精霊が支配しているという関係上、自身への精神的な干渉には非常に高い耐性を示す。ちょっと高位の魔術師が、ある程度修練を積んだからと言って、やすやすと成功できるものではないのだ。

 加えて魔物を支配しようとした場合。魔物としての特性上、制御に欠片でも揺らぎがあれば、即座に魔物は支配者に牙を剥く。支配者が寝ていようが休んでいようが、魔物にとっては関係ない。テイマーと呼ばれる職業が、ほとんどの場合ろくな働きをできないのは、まさにこの辺りが関係している。


 自意識を持たない魔物でこれと考えると、自意識のある人間や魔族を支配することの難しさは、推して知るべし、という所だろう。そういう数々の問題とは無縁に、自意識のある他の種族を意のままに精神的に支配できる力は、七美徳や七大罪といった、勇者や魔王に関係する権能以外には存在しない。




 そして七美徳や七大罪の権能のうち、他人の行動や精神を支配する能力、およびそれに近しいことができるのは、大罪では傲慢と色欲、美徳では忠義と慈愛が該当する。

 忠義は相手の精神的な妨害を強制的に突破し、相手の忠誠の対象をいかようにも書き換えることが可能であり、その気になれば盲目的に従うような兵を作り出すことも可能だ。

 傲慢は忠義の対極としての役割から、相手の精神を折ることで、折った相手の精神を掌握できる。この権能の性質上、自身に従う兵を作り出すことは不可能ではない。


 色欲は言わずと知れた魅了の類で、魔術的な抵抗を無視して相手の精神を支配できるし、慈愛はその対極としての役割から、相手の精神に直接干渉することに長けている。

 これらの四つのいずれか一つでもあれば、先代騎士が言っているような事態が発生してもおかしくない状態ではある。




 だが、それができる人員は、現在軒並みまともな活動をしていないはずだ。

 色欲の座は現在空座で、軍内には色欲の保持者は存在していない。確か先代勇者の覚醒の際に出陣して斬られたんだったよな。もう数年も前の話ではあるし、そもそも俺は顔を見たことがないんだが。


 傲慢は今、暴食の領地で農業に携わっているはずだ。この間暴食が送ってきた手紙に、そんなことが書いてあった気がする。憤怒と競い合って変なことをしているとか。確か食肉の生産量をいかに増やすかだったか。

 そして先代勇者の話だと、慈愛はその権能の全てを勇者に献上したと聞いているから、除外できる。となれば、問題は忠義だろう。


 目の前の騎士の持っていた権能が忠義であることは、話として聞いている。しかし、先代勇者がその権能を返上したと聞いたが、先代騎士がその権能を返上したと聞いていない、かつ、現在新しい騎士が任命されたということは。

 今以前のどこかで、目の前の先代騎士が、自身の権能を勇者に献上したうえで、勇者がその権能を返上した、と考えれば。

 魔王の役割を考えさえしなければ、新しい勇者が生まれることも、新しい忠義の権能持ちが生まれることも、おかしくはない。


 だが今聞く限りでは、先代騎士は今、権能自体はある程度保持しているとのこと。先の魔王戦の最後の戦いで、一度先代勇者に能力を献上したうえで、勇者としての能力を高めようとしたのだが、その戦いが終わった後、砦の防衛に必要だからと、一部の能力の再譲渡を受けたそうだ。

 つまり、勇者が忠義の権能を行使できる状態である可能性は高いが、あくまで優先権は先代騎士が握っているらしい。


 そしてもっと問題になっているのが、魔王の存在だ。

 魔王は勇者と対をなすように生まれてくる。勇者が生まれた現在、どこかで魔王が生まれている可能性は高いと先代騎士は言うが、俺たち大罪の権能持ちが、魔王の出現を感知できないはずがない。

 つまり、現時点で勇者だけが生まれ、その後数ヵ月以上、魔王が生まれていないままという不自然な状態になっているはずだ。




 前例があるかどうかは、魔王城の書庫に潜って調べてみないとわからないが、今の状態はおかしい。

 先代騎士はそれを聞くと思案顔になり、少し詳細を探ってみることを決めたようだ。

 先代勇者の方は、お茶を飲んでリラックスしていたようだが。

「ということで、報酬に回す現金が足りないから、保存食を買ってくれると嬉しいな。」

「つい十日前に買ったはず。備蓄には多すぎる。」

「困ったときはお互い様じゃない、どうぞどうぞ。」

「相場の半額以下なら買う。それ以外なら帰って。」

 メリア、その意気だ。

「はい、目録と値段表。」

 先代勇者、商売しようとするな。帰ってくれ。

「……ネグル、ホントに半額くらいなんだけど」

 え?




 検品、結果。すべてそこそこの品。

 多少味が薄いし、少し変わった香りのものもあるが、この程度なら売り方次第で相場程度でも売れるだろう。何か仕込まれた形跡もない。これを半額というのは、ちょっと不自然だ。

 だが、目録と一緒に、こっそり手渡された手紙で納得した。


 要は、言い値で買う代わりに、外部協力者として協力すること。追加報酬も出るそうだが、そこまで大きい額ではなさそうだ。

 目的は、人族の国同士での戦争になることを防ぐこと。探索者としての身分を、勇者の生国であるローザルテア帝国が保証するそうで、帝国と友好的な国との国境などに敷かれた監査を、魔族でも通れるようになるらしい。他にも、保証自体はいろいろあるが、同行者にも同等の身分を保証するとの大盤振る舞いだ。


 つまり、帝国の近くの小国がきな臭いから、商人越しに情報を集めて来い、というところだろう。先代勇者であれば、国の後押しを受けていてもおかしくない。魔族であっても、護衛依頼を頼んだ探索者という名目であれば、周囲には不自然には映らない。

 先代騎士が情報を集めている間に、こちらでもいろいろ探っていれば、対処は可能なのだろうが、魔王城の書庫を探る役割を担うヤツがいないな。


「万が一ということもあるから、メリアさんにはぜひ魔王城での情報収集をお願いしたいんだけど?ホラ、情報はあっても困らないでしょ?」

 先代勇者、俺の手札を減らそうとするな。何より、商人一人に対して護衛一人とか非効率この上ないぞ。荷物を運ぶんだから、自然な数を言うなら三、四人欲しいところだろう。


「城、行こうか?」

 ダメ。メリアは同行してくれないと俺が困る。情報収集もそうだが、大罪の権能持ちの俺が魔王の出現を感知できない以上、魔王出現の予兆という線は、正直望み薄だ。

 魔王城に人員を割くより、火元を叩く方が早い。


「私が見ない間に随分、先代勇者様と仲良くなっておられるようだな。」

 そんな不機嫌そうに言うなら、お前が口説き落とせよ、先代騎士。一年くらい前から今まで、何も変わってないだろうが。お前の先代勇者への思いはそんなものか。




 その後、旅の始まる直前になって、俺が先代勇者の名前を知らないことを思い出して口に出したら、先代勇者様の機嫌が大変よろしくなくなった。

 俺の陣地では勇者、もしくは先代勇者で通じていたから不便さとは無縁だったし、そもそもの出会いから名乗られた記憶がないのだから、仕方がないと思う。


 先代騎士が名前を呼ばないことも気になったのだが、相当昔から勇者様と呼んでいたらしく、癖がなかなか抜けないのと、そもそも気恥ずかしい、恐れ多いというのがあるようだ。大げさに溜息をついたが、先代騎士は気付かなかった。


 ともあれ、先代勇者はアステリア、先代騎士も自身の名、ユースティルスを改めて名乗って、旅が始まった。同行メンバーは、アステリア、ユースティルス、俺、メリアの四人。目的地は、ローザルテア帝国経由、マスラ王国。行きだけで二ヵ月くらいかかるだろうから、おそらく半年は砦を空けることになる。ユースティルスが同行者に名を連ねているのは、この際無視。


 軍の方は備蓄をそれなりに買い込んだから、俺なしでもほぼ回るだろう。しばらく訓練漬けでも文句はないはず。ユースティルスの砦?知らん。


 なぜローザルテア帝国を経由するのかというと、一応任務に携わる者として、資金提供者と顔合わせをしておく必要があると、アステリアが強硬に主張したからだ。商隊護衛の探索者に顔合わせが必要か?と疑問に思ったが、押し切るつもりだったらしい。

 拒む理由にも弱い上、金を出してくれる人間が、こちらの顔を見たいと言うなら、是非もない。旅費も出してくれるのだから別にいいだろう。






 旅開始から三日後。ユージルト王国に到着。害獣討伐の依頼を受け、猪を狩って帰ってきたところ、ユースティルスが渋い顔をした。

 いいだろ、これくらい。お前たちがちょっと街を歩いてる間の暇つぶしだよ。機会があれば席を外すから、そのタイミングで先代勇者を口説いてくれ。


 あー、人族の町の空気、久しぶりだよな。メリア、息抜いてるか?

「猪肉、もう少し狩っておいた方が喜ばれるかも」

 それもそうだよな。路銀に使ってもいいんだし、時間が浮くようなら少しずつでもこなしていこうか。


 アステリアに相談したら却下された。せっかく路銀が増えると思っていたのに、せっかちなことだ。

「依頼はユスティに任せればいいじゃない。ほら、お茶しよ。」

 そのお茶は今必要ないと思う。メリアは猪肉の換金交渉なんだし、ユースティルスも馬車の調達だけなんだから、二人ともすぐ戻ってくるだろ。

 ふてくされるな。






 旅開始から十日後。ユージルト王国を抜け、峠となっているところにある村を通る前。林の中にある、村に続く一本道で盗賊に遭遇。

 道に丸太が転がっているのを確認して、怪しいと感じたらしい。ユースティルスが剣を抜いて馬車から飛び降り、俺が魔術を用意した直後に、矢が次々と降り注いだ。


 すぐに馬車を球形の障壁で覆い、矢を防ぐ。ユースティルスの前に出た盗賊は、すでに一人が斬り殺されたようだが、まだ四人が残っている。だが、ユースティルスも手練れだ。負けないだろうと射手を探すと、馬車を挟んで反対側から襲ってきたらしい盗賊四人が目に留まる。


 どうやら、ユースティルスの反対側から襲うことで、先に馬車を奪おうというつもりだったらしいが、俺の作った障壁を破れなかったようだ。焦らず剣や弓を構えているのはいいが、俺に相対してそれは悪手だ。

 即座に魔術を構築、相手が警戒して構えなおすが、もう遅い。

 相手全員を円筒状に囲むよう、障壁をもう一枚展開する。これで姿を見せた敵は何もできないだろう。元気に障壁を叩き始めたが、もう手遅れだ。上から火球を放り込み、爆破して一気に片付ける。


 あとは伏兵を片付けるだけだ。権能を使って周囲の魔力を根こそぎ奪い、敵対者らしい存在の場所に見当をつけたら、追撃に行く。ユースティルスも盗賊を片付け終わったらしいが、相手を捕捉できない分、追撃には心もとない。結局俺のみで、直接乗り込んで殴り倒した。


 仕留めた盗賊は、計十五人。魔力を根こそぎ奪われて、抵抗できるものはいなかったらしい。使った分の魔力は回収できただろう。




 死体は術式を刻んで土に埋めた。何をしたか?俺の術式を刻んでおくと、死後に死体が腐る前に魔力崩壊を起こして、魔物にならずに、魔力として拡散する。拡散した魔力は俺に帰属して、時間はかかるが最終的に、俺の権能で扱える魔力になる。

 アステリアとユースティルスには、アンデット化しないための魔除け、として説明した。風に乗って漂う腐った臭いを嗅ぎながら、おいしい食事をしたいなんて変わったヤツは、俺の知る限りいない。


 こう説明したら、魔族領にアンデットが跋扈していないことについて納得された。アンデットの魔物は、魔族なら使役してもおかしくないと思っていたらしい。

 なんだその納得の仕方。戦場ならまだしも、人族の村の近くをアンデットがうろつくようになると、結局飢饉が起きて、魔族領侵攻論が強くなっていくんだからな。何も起きないに越したことはないんだよ。

 死ぬのは末端のヤツで自分は関係ないと、大抵のヤツは責任も取らないクセに好き放題、無茶苦茶を言うからな。




 その日のうちに村につくと、村では商隊の往来が少なくなっていたことを訝しんでいたらしい。盗賊討伐の報を告げると、歓待された。

 村的には、作物はあるが偏っているために、作物を売って肉などの他の食料を手に入れる日々だったらしい。多くは害獣対策の罠に嵌っている害獣が主な食肉だったようで、数日前に依頼で手に入れた猪肉を提供したら歓声が起きた。


 翌日、少しだけ害獣討伐に向かった後、村を出た。

 冬の前だからか、丸々と肥え太った猪を五、六頭ほど確保できたのだから、村としても俺たちとしても上々の戦果だろう。

 出る間際に岩塩を使った、猪肉の炭火焼きを御馳走になったのも大きい。あれは大変美味かった。岩塩、うちの砦でも購入を考えてみるか。






 十五日ほど後。雨の予兆があるからと馬車の調達が難航。仕方がないという名目で探索者ギルドの依頼で荒稼ぎをする。

 いやぁ、メリアの活躍が素晴らしい。鹿でも猪でも一撃だよ。あ、今の熊か?猪かと思った。随分丸いな。冬眠に備えてたんだろう。

 しかしそんなにストレス溜まってたのか。ちょっとは愚痴ってくれてもいいんだぞ。


「アステリアのアプローチが露骨すぎる。」

 あー、それは確かに。ユースティルスを適当な理由付けて使い走りに回すのが上手いよな。おかげでメリアが細かい交渉をしている隙に、アステリアが俺に絡んでくることが多い。

 俺も細かい交渉術を身に付けるべきだろうか。でもメリアの方がよく気が付くし、俺がそこに労力つぎ込んでもなぁ。

「大丈夫。ネグルのそういう所は、私がカバーする所。」

 悪いな。頼む。


 ん?獲物の保管?大丈夫大丈夫。

 砦勤めの間に、ヘソクリ溜めて魔法の袋を買っておいたからな。中に入れてる間、時間経過が起きない優れもの。金貨二十枚もしたが、容量も相当あるからだいぶ楽だぞ。

 砦にいたとき使ってなかったのかって?使ってたぞ。こっそり食べる夜食用に料理や酒を入れておいたり、二人で出かけたときに、こっそり買った物を入れといたりな。


「もっと他のことに使わなかったの?」

 サプライズができなくなるだろ。お前のびっくりした顔見るの割と楽しいんだから。

 おい、黙るなよ。こっちが恥ずかしくなる。


 翌日は雨だったが、ふてくされるアステリアの機嫌取りに費やされた。ユースティルス、相変わらず肝心な時に役に立たん。武器の手入れよりコイツの相手をしろ。

 仕方ないので話し相手になったが、やはり俺の基準だと食道楽な話しかできんな。暴食を笑えん。まぁ機嫌は直ったようだったから、結果だけ見ればよかったが。




 四十日ほどかけて、ローザルテア帝国内の宿場街に到着。到着後、アステリアはすぐに、宿の手配をするからと町中に駆けていった。心当たりはあるようだが、どこ行ったのやら。


 しかし、人族の暮らしって、結構困窮してるように思えるんだが?道中は余裕もないから全て殺したが、盗賊が何人といわず襲撃してきたぞ。口減らしで人を出すにしても多すぎだろう。




「それも、今回の疑惑の一つだ。難民が増えている。」

 ユースティルスがぼやく。そろそろ秋も過ぎ、冬を迎えるこの季節。冬の間、村にある食料だけで食いつなげる程度に、口減らしとして都や他の町に人を稼ぎに向かわせることは、よくある話ではある。農地が少ない、目立った産物がないなどの、貧乏な村や食糧生産力の乏しい村などでは多いはずだ。そういった者が落ちぶれ、盗賊となるのも理屈としてはわかる。


 だが、それにしても多すぎる上に、最近は賊に追われ、積み荷や家族を奪われる者が急増しているのだという。男は、労働力となる奴隷として。女は、身の回りの世話役、兼、性欲処理の道具として。

 許せないことだ、と意気込むユースティルスだが、俺には一つ気掛かりがあるのでそれを告げる。つまり、盗賊の戦闘経験についてだ。




 俺たちが旅を始めた直後、つまり最寄りの人族の国、ユージルト王国を旅している間は問題なかった。賊の襲撃もなく、平和なものだと話していたものだが。

 国境を越え、ローザルテア帝国に近付くにつれ、どんどん襲撃数が多くなっていった。それも、何も考えていない襲撃ではない。

 道に丸太を倒す。長い縄を張る。穴などで段差を大きく作る等の手段で、馬車を足止めする。商隊を襲えば高確率で保存食を奪えるし、一度止まればすぐには動き出せない。よく考えるものだ、と最初は思ったものだが、賊と直接戦った瞬間、相手は剣術を使ってきたのだ。


 普通、農村に生まれた村人が、剣を握ったことなどない。そんなヤツが、ある日いきなり剣を握ったとて、十全に使いこなせるはずもない。刃のついた棒切れを振り回す程度の能力しか、剣に持たせることはできないものだ。

 そういう普通の村人が主に使える武器は限られる。突き出すだけで最低限必要な働きができる槍の類に、武器の重さや長さを利用して押し切る斧や鎌の類。振り回すだけで済むモールやハンマーの類に、鉈や短剣などの至近距離で威力を発揮する武器類や格闘術。

 振り回す、突き出す以外の動作が必要な戦闘手段は、それなりの訓練が必要なのだ。軍人以外のヤツがそれを手に入れたとしても、使える保証はない。普通は口減らしに外に出されるような村人の手には余る。


 武器を振り、敵を斬るには、斬るための動作を熟知していなければならない。ただ振り回すだけで扱えるほど、武道の道は優しくない。俺自身が、武器を扱うことを諦め、魔術でのサポートを積極的に行う理由でもある。


 つまり最近の賊には、剣の鍛錬を日常的に行ってきた者が、一定数紛れ込んでいる可能性が高い。被害が多くなっているというのであれば、護衛として雇われた探索者程度の剣の腕なら、ある程度追い散らせる、もしくは押し切れる腕前が必要。その程度となると、軍に所属する兵士くらいしか、思い当たるような人員はいなくなる。




「つまり、他国の兵が、盗賊の真似事をしている、と?」

 簡単な推測としてはそうなる。だが、国が滅んだという話も聞かないし、戦争が起こったという話もないから、亡国の兵隊という線も薄い。どこかの国が、何らかの理由で兵隊を雇ってある程度育成し、何らかの形で兵をどこかへ派遣し、それがそのまま盗賊となっている。

 想像以上にきな臭い。争乱を起こすぞ、とでも言いそうな布陣だ。まぁ、さすがにこんな薄っぺらい計画ではないと思うが。


「捕まえて、吐くと思うか?」

 吐かないだろう。やってみてもいいが、十中八九何かの情報が得られる前に死ぬと思う。こういうことをやる輩なら、捕まった時点で自殺するように指示を出すだろうからな。奴隷扱いできる駒なら、そう言う手は使い放題だろう。

 忠義の権能で相手の支配を上書きできるのであれば試してもいいが、その場合は食い扶持が増える。タイミングを間違えると困ったことになる案だし、余裕ができたら、だな。


「報告に入れておくか。なんにせよ、マスラ王国に行かんと話が始まらん。」

 そうだな。ちょっと調べ物だけしてすぐ発てば、商人の動きとしては問題ないはず。ちょっと情報収集するためにあれこれ嗅ぎまわってから、襲撃されたら生け捕り、で大丈夫だろう。

 あぁそうだ、メリアを連れてちょっと近場の依頼をこなしてくるから、頑張って先代勇者様を口説き落としてくれ。

 待て。俺に殴りかかって来ても先代勇者様は口説き落とせないぞ。

 剣を抜くな。




 結局すぐにアステリアが戻ってきたので、先に宿をとる羽目になった。向かった先はアステリアの従兄の家で、婿入り先が代々宿場を経営しているとのことだ。

 アステリア自身は従兄の奥さんと積もる話があるそうだ。なんでも昔から随分と仲が良かったらしい。仲がいいようで何よりだ。存分に話して来てくれ。


 そして荷物を置いて早々、アステリアの従兄さんはユースティルスに聞きたいことができたらしい。長くなりそうな気配を察したので、メリアと共に外出することにする。

 外堀を埋めるチャンスだ。意地を見せろユースティルス。

 激励したら殴られた。全く恩知らずなヤツだ。せっかくお前の前任の爺さんの真似をしてやったというのに。




 適当に依頼をこなした後の夕刻、人通りの少ない路地に入り、魔力を飛ばす。案の定、近くにいたらしい伝令用の使い魔がパタパタと近付いてきた。通信用の魔道具を携えた、暴食からの連絡だ。

「ネグ兄、久しぶり」

 聞こえてきた声に適当に挨拶を返す。声に随分張りがあるようだ。元気でやってるみたいで何より。

「でも、やっぱりたまには会いたいよ。ついていけば良かった。」

 傲慢と憤怒をコントロールできるのがお前しかいないから、たぶん無理だよ。また手紙でも書くから、時間ができたら遊びに来ればいい。


 まぁ、メリアがあまりいい顔しないから、そのあと少しメリアに配慮する必要はあるが。

 そこはどうでもいいから置いておく。それよりも聞きたいのは、大罪持ちとして、魔王の出現が感知できているかどうかだ。そこがどうなっているかで随分と変わる。憤怒や傲慢も何も感じてはいないか?


「オレだ、ガスタだ。少なくとも何も起きてはないぞ。」

「コーヴェルだ。権能での知覚にも、何も引っかかってはいない。」

「私も、変な感じはしないかな。魔王様みたいな人はいないと思う。」

 憤怒持ちのガスタはともかく、傲慢持ちのコーヴェルが感知なしか。嫉妬の持ち主の声がないが、おそらく権能を制御しきれていないから、そちらの権能を扱うための訓練中なのだろう。

 ということは俺を含め、現在密かに顔合わせが済んでいる大罪持ち全員が、魔王は生まれていないと判断した状態だ。人族の陰謀の線が強くなったな。


 ともあれ、状況はわかった。何かあったら、また伝令でも飛ばしてくれ。メリア宛でもいいぞ。

「ネグ兄、気を付けてね!」

「ミルマはオレが守るから、安心して死んで来い!」

「ガスタはともかく私がいる。問題など起こさん。」

 そうか。仲良くな。




 依頼と、仲間との秘密の情報交換を終えて帰ってきたら、ユースティルスが燃え尽きていた。アステリアの従兄さんも倒れた状態で見つかった。こっちは痙攣しているから燃え尽きてはいないようだが、重い一撃でも食らったのだろうか。

 犯人はユースティルス?でも初対面のヤツと殴りあうほど打ち解けられるヤツでもないだろう。残念ながら真実は闇の中に葬ろう。起きてから聞けばいいし、聞けなくても別に困らないしな。


 アステリアと従兄さんの奥さんは、それから程なくして戻ってきた。何やら豪勢に買い込んでいるが、何をするつもりなのだろうか。

「あら、ネグルさんでしたか。夕飯は腕によりをかけて作るので、期待していてくださいね?」

「ちょっと時間かかるかもしれないからね?」

 楽しみにしています、と無難に返したが、まさかアステリアが手伝うのか。宿屋の食堂を手伝えるとか、商人って器用なんだな。




 ユースティルスが辛うじて起きてきた。何やら酒を求めていたので水を与えておいた。

「味方がいない。敵陣で孤立した遊兵の気分だ。」

 アステリアの従兄さんと何を話したんだ。

「腹を割って話したんだ。味方になってくれると思っていたんだがな。」

 良いことだろうが。

「奥さんと話していたところで、奥さんに拳一発で沈められていた」

 弱いなー、アステリアの従兄さん。奥さんが強いのか?

 それにしても随分ダメージが大きいらしい。まぁ、頑張って立ち直ってくれ。夕飯は腕によりをかけて作ってもらえるそうだぞ。アステリアも手伝うらしい。




 夕飯ができたらしい。ユースティルスも立ち直ったようだ。現金なヤツ。

 食堂に移動するかと思っていたら、せっかくだからと従兄さんと奥さんが、料理を俺たちの部屋まで届けに来てくれた。

 簡素なテーブルを従兄さんが出し、奥さんが配膳。そのまま従兄さんは部屋を出て行った。具体的に、倒れていた理由を聞きたかったのだが、聞かないほうがいいものだろうか。まぁ、宿を放り出すような真似をさせても悪いだろう。


 内容は豪華だったが、特に取り立てて引っかかるものもない、極めて普通で平和な食卓だったように思う。奥さんが妙に俺の話を聞きたがっていたが、適当にユースティルスに投げつつ食べ物を腹に入れ続けていた。

 チーズとかの乳製品はそこまで積極的に食べたことなかったが、非常に美味かったな。メリアも堪能していたようだし、何よりだろう。




 その後は普通に部屋に戻って床に就き、朝に買い出しに回った後、帝都に向かって発った。朝食は随分とボリュームがあったが、スルッと入ったな。卵と乳製品の力はすごい。

 出発までの間、何やら従兄さんがチラチラとこちらを見ていたようにも思えるが、特に気にしないことにした。こちらから用があるわけでもない。何かあれば話しかけてくるだろう。また会う機会があればだが。






 宿場街を発って一週間で、帝都に着いた。まだ昼前だからか、門番の詰め所で出入りの手続きをしている者も多い。

 聞けば、盗賊の被害が多くなった影響で、出入りの警戒が厳格になっているとのことだった。魔族であることを自主的に明かし、アステリアの護衛であることをきちんと説明したにもかかわらず、意外なほどに時間を取られた。まぁ、四人組の内、二人が魔族なら警戒もするだろうが。


「これでも、随分と短い方だぞ。お前たち二人にはわからないだろうが。」

 そりゃ来たことないしな、俺もメリアも。それでも、前のヤツの倍くらいは掛かってたけど。それだけ警戒しているということだろう。アステリアのお供でよかった。…いや、よく考えたら、アステリアが俺に絡んでこなければ、今頃悠々と砦で生活できてたのか。


「もうちょっと私に感謝してくれてもいいんだけど?」

 ちょうど今、お前のおかげというべきか、お前のせいというべきか悩んでたところだ。

「あなたが原因でここまで来てるんだから、このくらいは当然。」

 メリア、いいこと言うなぁ。




 アステリアに案内されたのは、街の中でも上流階級の者が住んでいるであろう区画だった。豪気な奴だ。今日は適当な宿場で体を休めて、明日にでも支援者との顔合わせか、と考えていたのだが。

「私のお父様が支援者だから。ちょっと挨拶して泊まっていくだけでいいんだって。」

 ユースティルス。じゃんけんをしよう。勝ったらアステリアについていく。負けたら自腹で、普通の宿場に宿泊。俺はグーを出す。

「私もグー。」

「ちょっと待て。魔族二人連れで泊まれるとでも思っているのか。」

「ユスティ、チョキを出しなさい。」

「勇者様!?」

 余計なことをするな。これは真剣勝負だ。




 くだらない言い争いをしている間に着いたらしい。もう少しでじゃんけんの結果を強行できたのだが。甚だ遺憾である。結局全員で同行している。

 着いたのは教会。なんでもアステリアの父親は、教会の神父様なのだそうだ。勇者は神光教会で祝福を受ける関係上、教会関係者から選ばれる場合が多いらしい。

 アステリアが勇者に選ばれたのも、その辺りが関係しているようだ。


「修行の一環で体を鍛えたりもするから、これといった成績を収めれば勇者に選ばれやすくて。」

 結構、俗なもんなんだな。魔王も神託を除けば、そんなに変わったものでもないから納得できるが。魔族の神託って主に強さだから、直接間接問わず、武力があって、勇者が存在してれば、神託が下るらしいからな。

「つまり、アステリアは体を鍛えてたと。」

「…いいじゃない、体を動かしてる間、無心になれるのは好きだったし。」

 メリア、それは言ってやるな。勇者にもいろいろあるんだろう、多分。




「お父様、私がお世話になっている方と、私の婚約者です」

「初めまして。ユースティルス・リストテル・ラ・グランテです。」

「ネグルです。護衛をしております。」

「メリアです。」

 おいアステリア。すごい顔でこっちを見るな。婚約者ってユースティルスの事じゃなかったのか。何をしようとしてた。

「どうも、初めまして。娘がお世話になっております。砦を任されていらっしゃるとか。」

「最近は大規模な戦いもないので、気楽なものですが。」

 いいぞユースティルス。そのまま外堀を埋めに行ってしまえ。


「しかし、帯剣しながらも、拳を使った格闘をお使いになるとか。珍しいですな。」

 あ、マズい。ユースティルスの剣術はすごいが、徒手空拳は微妙な方だ。アステリア、なに余計なことを報告してやがる。

「いえ、まだまだ未熟者です。剣の腕と共に、まだ磨くべき部分が多々あります。」

「ほほう。大したものですな。これからも娘をよろしくお願いいたします。」

 よし、そのまま押し切れ。


 しかし、アステリアの父君はユースティルスとの会話はそこで打ち切り、俺に話しかけてきた。

「あなたが、アステリアの見出した者ですね。これは珍しい。」

 なぜバレた。とりあえず視線をユースティルスに向けるように手を振り、とぼけながらも一歩引く。ほら、将来有望な人材ユースティルスは向こうですよ。向こうに持ち掛けてくれ。

「アステリアの態度を見ていればわかります。」

 そう簡単にはいかないか。心の中で舌打ちしつつ、案内に従って教会の奥にひっそりと建つ屋敷に入った。




 ちょっとした雑談と、質素だが量はある夕飯の後。ある程度の情報共有と、今後の行動方針を話し合った。主にユースティルスと、アステリアの父君とが。

 その後、腹ごなし兼、こちら側の戦力の確認という建前の元、アステリアの父君が訓練を持ち掛けてきた。主に俺に。なぜだ。

 作戦のすべてはユースティルスが持ち掛けたはずだぞ。俺からは何も話が出ていない。俺よりもユースティルスの方に、アステリアの気が向くように誘導してくれという願いも込めて、すべてユースティルスが立案したように話を運んだはずだが。


「アステリアの事は良く知っています。言い出したことは、何があっても実行する娘だ。」

 あぁ、それは良くわかる。魔族領に商売に来るなんて常識はずれな真似は、アステリア以外にはできそうもない。

 ユースティルスにその情熱を向けてほしいものだが。


「親として、常識を説き、後悔するだろうことを念押ししました。」

 まぁ、そうだろうな。普通は、家長の権限でもって止めるべきだろう。それでも止まらなかったということだろうか。

 重ね重ね、ユースティルスにその情熱を向けてほしいものだが。


「ですが、あの子はその道を選んだ。なら、その相手がどれほど不実であろうと、我が娘の行く道を、全力で応援したい。少しでも、幸多からんと。」

 …待て。不実か?俺はアステリアに帰れと言い続けてるはずだが。


「あなたが不実であるかどうかは、神が裁いてくださいます。」

 あ、わかった。脳筋だ、この人。殴りたいだけか。

 時々いるやつだ。自分の行動に対しての審判を神にゆだねて、自分のやりたいようにやるヤツ。自分が負けたら、その時点できっちりと線引きして相手の言い分を全面的に認めるヤツもいるんだが、大抵のヤツは負けたことに納得しないで好き放題を繰り返すからな。

 昼間からずっと見てる限り、身なりや振る舞いがいいということは、そこそこ話が分かると考えてもいいだろうが、こういう手合いは折れるまで大変なんだよな。

 関わりたくないが無理なんだろうな。




 修練場で殴り合う羽目になった。

 教会に併設されてる家に修練場があることにも驚いたが、木剣や刃引きしてあるものとはいえ、多種多様な武器をそろえてあることにも、神父とか修道士とかいうべき人が魔術をフル活用して襲い掛かってくることにも、当の本人がかなり高い斧矛ハルバードの腕前を持っていたことにも、斧矛を殴り飛ばした瞬間、暗器も拳もなんでもござれの乱闘になりかけたことにも相当驚いた。というかあの服、暗器仕込みすぎだろう。そんなに必要ないだろう。

 最終的には殴り合いの末、それなりに痛みが残る程度に殴り飛ばしたが、これは初見だとユースティルスには絶対無理だったろうな。体力で押すのも手ではあるが、さすがに暗器から飛び出す薬品とかとなると、ユースティルスの意識に上っていたかどうかは怪しいところだ。




「やり手ですね。いやはや参りました。」

 なんでもありの乱戦仕掛けてこの態度。いっそ清々しい。この直情はアステリアにも似たところがあるな。

「うちの娘をよろしくお願いします。孫の顔を早く見せてほしいですね。」

 メリアがいるから無理。引き取って欲しいんですけどね。


 腕試し第二回、勃発。正直に言っただけだろう。何が悪い。




「ネグル、お疲れ様。」

 ありがとうメリア。

「ネグル、お風呂沸いてるよ。背中流してあげようか?」

 ユースティルス、背中流してくれるそうだぞ。

「貴様私にこの御仁と戦えと!?」

 お前を認めさせるいい機会だろう。ほらアステリアの父君も笑ってるし。


 その後寝る前まで、ユースティルスはアステリアの父君と殴り合っていたらしい。勝てなかったそうだ。そりゃまぁ、あんな何でもありの戦闘って普通訓練しないもんな。街中でやる喧嘩に近い。

 ちなみに夜半、夜這いでもかけようとしたらしいアステリアをメリアが止めたようだ。さすがメリア、いいタイミングでいい仕事をする。




 その後は軽く挨拶をし、帝都を発った。目的地はココから西の方向にあるという、マスラ王国。だが、賊の出没が頻繁に起きているらしい。捕縛しようにも動きが素早く、捕らえることが難しいのだそうだ。

 情勢がきな臭く、あまり軍備を外に向けるわけにもいかない今、かなり厳しい状態にあるらしい。


 何が悲しくて人族の治安維持に、俺たち魔族が協力せねばならないのか、とも思うが、ここで協力しておけば、しばらくは勇者や魔王様の関連で戦争になることはない。

 溜息をつきつつ、アステリアの操る馬車に揺られておく。






 帝国を出て十日。散発的に組織的な襲撃を受けているが、現在すべて返り討ちにしている。やはり、気を遣う必要がない相手っていいな。思い切りやれる。

「おい、なんだ今の、地面が軒並み燃え尽きるような魔術は。」

 あ、悪い。前に誰もいなかったから、つい使ってみたくなったんだよ。ちょっと前に新しく覚えた、指定範囲内への多段攻撃。魔力を大量に使うが、こう、大波が砂を飲み込むように次々と、数多の極小の火球がだな。

「私が前に出ている間は、絶対使うなよ、その魔術!」

 わかってる。無差別だしな。魔術での保護が使えない今、味方がいない場所に向ける以外、撃つことができん。

 魔力消費も激しいから、あまり撃ちたくないしな。


「ネグル、撃ちなさい」

「勇者様!?」

 盗賊を、だよな?ユースティルスを、じゃないよな?

 さすがにそこまで非常識ではなかったらしいが、ユースティルスの反応が面白かったらしい。盗賊の襲撃に対してユースティルスが前に出る度、アステリアが楽しそうに号令を出す姿が何度も見られた。

 元勇者の付き人も大変だな。




 帝国を出て十五日。マスラ王国に到着。

 道中は随分と物騒なものだったが、マスラ王国はそこまで面積の大きい国ではない。首都からの警備隊が、十日もあればどこであっても駆けつけるという地理感からか、さすがに盗賊が出没できる状態ではないようだ。

 十日あれば着くなら、ある程度巡回ルートを軍隊に往復させてれば、治安維持にも行軍演習にもなるからな。理由としては十分だろう。


「怪しいと思うか?」

 パッと見、怪しいところはないさ。難癖だって言い訳だって、いくらでも思いつく。今から色眼鏡で見たって、仕方ない。

 ホラ、内緒話より衛兵の相手頼むぞ、ユースティルス。俺たち余所者に対して風当たり強いみたいだからな、この国は。




 この国で確認したいことは主に三つ。

 一つ目。周辺国に出没する腕のいい盗賊が、この国の兵であるかどうか。まぁ、これは確認が困難なため、目標としては最後の最後でいい。


 二つ目。周辺国に流れてきたという難民の存在、およびその難民が口にしていた、奇怪な装備の軍隊について。商人として集めるべきは、この情報だろう。奇怪な兜や武器というのは、作成するのも容易ではない上、高い金属加工技術を要求される。

 それはすなわち、作成者か、その依頼元を突き止めることができれば、事態の解明にある程度の目途が立つということでもある。しかし、高い技術を持つ職人、および特異な装備を扱う商人は、大抵の場合、国やギルドが囲っているものだ。情報を得たいと思うなら、素材の流通量や、装備についての特異な注文があったかどうかを調べる方が堅実だろう。


 三つ目。勇者、および勇者の付き人に関係する、何らかの情報。情報が集まるとは思えないが、現時点で忠義の持ち主が新たに生まれたという不確定な情報が出回っている現在、勇者としての能力が関係した、何らかの企てが進行している可能性が高い。可能であれば、出回っている新たな忠義の権能の持ち主について、何が起こっているのかを調べたい。

 この情報の優先度は低いが、重要度は高い。権能の一部をユースティルスが保持しているという話があるからこそ、想定外の相手に勇者の権能が渡ったまま、魔族軍との戦闘状態に入った場合、魔族としてのアドバンテージが崩れる可能性がある。アステリアやユースティルスには明かせないが、早めに情報として仕入れておきたいところだ。




 メリアには酒場での情報収集を頼む。絡んでくる輩を締め上げれば、ある程度は情報を入手できるだろう。あとでキッチリ言うことを聞く必要はあるが、必要経費だ。

 ユースティルスと俺はアステリアに同行。ユースティルスとアステリアに、別方向からそれぞれ雑談で情報収集を頼む。俺はアステリアに同行して、基本的に護衛兼、人足。早い話が力仕事を含む雑用係だ。まぁ、魔術でかさ上げできる分、適任といえば適任だろう。

 本当は俺の役目をユースティルスに任せて、俺自身がメリアとは別口で出歩いて聞き込みした方が良かったのだが、どうやらこの国は魔族への風当たりが非常に強い。俺よりもユースティルスの方が、雑談相手には向いている。


「じっくり聞き込むから、傍にいて話を聞いててね?」

 荷物運びにそんな余裕があると思うな。聞き耳は立てるが、基本的には聞き流すぞ。あとで報告書を書け。お前の話を元に、ユースティルスが仕上げる。

 睨むな、メリア。




 商人ギルドの建物に寄り、ある程度の情報交換を行う。ここでは魔族に対する風当たりもそこまで強くなかったが、やはり何らかの区別はあるようだ。話しかけて逆効果になっても問題なので、アステリアの情報交換を小耳にはさみながら、荷物の移動を手伝う。

 やはり食料の類は、需要が高いらしい。あちらこちらから運んだものを、割といい値段で買い取ってもらえたようだ。


 アステリアが仕入れたものは、銀細工などの装飾品や小物、反物の類。

「マスラ王国は神光教会のお膝元だから、こういう品が安いんだよ。こういうのを地方で売れば、それなりに儲かるから。」

 なるほど、納得した。俺への風当たりが強いのも、その辺りが影響してるか。

「私の身分保障があるんだから心配しないでいいって。」

 叩くな。整理がまだ終わってないんだぞ。


「残念ですが、この後にも少し用がありまして。お誘いはありがたいのですが、申し訳ありません。」

 どこぞの商人だかの持ち掛けに、アステリアが丁寧に応対している。コイツ、ホント普通に腕はいいんだから、早くユースティルスが口説き落としてくれればいいんだけどな。

 と、思っている間に変な反応を感知する。たしか馬車にかけておいた、障壁の魔術だ。やはり、商人相手の取引が多いとはいえ、馬車から離れると余計なことをする輩は出てくるな。念を入れておいてよかった。

 馬車への手出しができないだけだ。そのうち諦めるだろう。




 しばらく商人相手の交渉が続き、ある程度商談がまとまったところで、荷物の積み降ろしのために馬車を置いてある場所に戻ると、ちょうど見知らぬ人間が数人、アステリアの馬車に群がっているところだった。

 即、権能を開放。馬車に群がる連中の活力と魔力を根こそぎ奪い、行動の自由を奪って一網打尽にする。普通は障壁があると理解した時点で諦めるものと思っていたが、粘り強いことだ。


 捕まえた輩は縄で縛って、アステリアに引き渡す。この国はいわば、教会のお膝元だ。アステリアが指示したことにしたほうが、厄介事は少なくなるはず。

「ネグルは私の奴隷ってことにしたほうがいい?」

 却下だ。首輪付けられるのはごめんだからな。何か細工でもしてそうだし。

 クスリと笑うアステリアを無視し、馬車の荷物の整理に戻った。片隅に縛って自由を奪った不審者の簀巻きも積んでおく。

 コイツらにユースティルスの権能が効くかどうか、試してみるのもありだよな。




 しばらく商人相手の交渉を続け、ある程度積み荷から食料がなくなった時点で、メリアと合流。適当な宿を紹介してもらい、そこに宿をとった。念のためとアステリアがごり押しし、積み荷はすべて、俺の魔法の袋の中。早く自分で買え。もしくはユースティルスに買ってもらえ。


 とりあえず落ち着けるようにはなっただろう。盗聴防止のため、部屋に遮断障壁をかけてから、情報を共有する。




 メリアが集めてきたのは、噂の類。最近の物騒さに伴って、神光教会の聖騎士が、各地の巡回に出るだのという噂があるらしい。食べ物、主に保存食の類を、教会が高値で買い取っているそうだ。

 教会の聖騎士といえば、治癒と強化の魔術に長けた戦闘集団だ。数こそ少ないが、魔族軍の精鋭にも引けを取らない、実力者集団でもある。盗賊の討伐に出るというのは、少々大げさな部分があると思うのだが、そうも言っていられないということだろうか。


「あとは、勇者がついに出陣するとか。」

 なにやら非常に大げさな大盤振る舞いをするつもりらしい。本当にきな臭いな。確か、教会の総本山が、どこだったかの山の中にあるんだろう?

「ヌヴェルタ聖山だ。いい加減覚えろ。」

 人族の地理だろう。俺たちが覚えることじゃない。まぁ、このマスラ王国からは目と鼻の先だ。軍が集まるにしては手頃なところだな。こうなると、教会も相当うさん臭くなってくる。




 ユースティルスが集めてきたのは、傭兵やギルドに対しての噂だ。最近の盗賊出没と共に、魔族の軍勢が出没している地域があるとのことで、警戒を強めているらしい。

 襲われた人々が口にしているのは、一様に同じ。角が生えた兜。見たこともない曲がりくねった武器。数は数十名規模で、自警団程度では歯牙にもかけない程度には腕が立つ。


 ここで一番気になったのが、兜に付けられた角の形状だ。なんでも、曲がりくねり、凶悪そうな形をしていたらしい。

「何でも、角も含めて、全てを覆うような鉄の兜だったらしい。魔族には、角を保護する兜をつける習慣があるか、少し気になったが。」

 妙な特徴だな。そもそも大半の魔族にとって、角は髪の毛や爪、皮膚の延長線上にある身体的特徴にすぎない。例外もあるが、そういう種族は鎧をつけないからな。


 そもそも、兜の構造からして、角のある種族には向かない。角のある魔族が普通の鉄の兜をつけようとしても、角が邪魔して被れないからな。

 角だって、大体の魔族は切っても折れてもまた生えてくるし、それでどうこうなるものでもない。兜を被ることを第一に考える場合、角を切る方が安上がりで確実だ。


 そして、数少ない例外というのは、角が種族的な能力を蓄える、ある程度の魔力操作術の起点となる等の種族だ。これらは基本的に身体能力的にも、魔術能力的にも、非常に優れた特性を持つ種族が多く、大抵の場合は兜を被っても被らなくても、大して変わらない。

 兜に穴をあけて被る酔狂な奴もいるが、並んで歩けるほどいないからな。百人いる部隊に一人いるかいないか程度。三人もいれば多い方だ。




「あれ。ということは、ユスティ、当たり?」

 多分そうだろうな。魔族のフリをして町を襲っているのは、高確率で人族だ。あとは武器の生産元と、黒幕を暴ければ上々だろうが。

 一応俺たちも得た情報を話すが、情報量は少なかった。何せ、一応捕まえていた輩も、商人ギルドの護衛に引き渡そうとした途端、突然死したからな。

 間違いなく、七美徳の権能だろう。俺の権能を使って魔力を吸い上げている状態から、無理矢理に起動するような代物だ。別口で外部から魔力供与を受け、強制的に起動する以外に、突然死する理由がない。勇者の権能を、行使できる存在がいる。


 強いて言うなら、鉄鉱石の需要が不自然に増え始めていること。購入者はまちまちで、かなりの多岐に渡るとのこと。金属細工の方に鉄鉱石が回らず、やりくりに苦心しているらしい。

 これもユースティルスの報告の裏付けが取れた程度だな。武装を揃えて、魔族のフリをしている人族がいる。そういう輩のために、角付きの兜や、変わった武器を注文している黒幕がいる。盗賊の討伐のためと、教会が保存食を買い集めていて、近々討伐に派遣され始める。勇者も近々、出陣するらしい、と。


 ユースティルス、報告任せた。ゴネるな。お前の手柄だろ。

 アステリア、お前は書かなくていいぞ。さっき積み荷と一緒に自分の荷物を俺の魔法の袋に突っ込んだのが悪い。諦めろ。

 なんだメリア。魔法の袋を渡せ?理由は耳を貸せって……湯浴みをするから、勇者の袋がないと勇者が何をするかわからない、と。よし、任せた。必要なものは渡していいけど、報告書は書かせるなよ。






 一夜明け、保存食を買って町を出る。本来は帝都に戻る予定だったのだが、報告書はユースティルスが探索者ギルドを通じて帝都に届くようにしたということなので、大きく行き先を変えるよう提案。

 行先は、ヌヴェルタ聖山の教会。魔族は警戒されるだろうが、それはそれでユースティルスがアステリアを口説く機会を作るための、いい理由になる。表向きの理由は、教会から離れた場所に売る物が、教会で祝福を授けてもらった物であれば、何かいいことがあった場合に信仰されやすくなり、信者が増えるかもしれない、という打算。


 聖山近くの山道ともなれば、盗賊にも遭いやすくなるだろう。魔族排斥の信仰を謳う教会の近く、しかも近々武装した者たちが集まるらしいともなれば、現れる賊はまず間違いなく、何らかの企図をもって放たれている賊だ。ユースティルスの権能が効く相手か、確かめるにもちょうどいい。


 ついでに、できればアステリアとユースティルスの仲を取り持ってもらいたいが、難しいだろうな。なにせ、アステリアが勇者として活動している間から、ずっと今と同じような言動を続けてるらしいユースティルスの想いが、今も成就していないわけだし。




 アステリアもユースティルスも、割と乗り気だった。アステリアはわからないが、ユースティルスはアステリアとの仲の進展を神に祈るいい機会だろう。

 メリアは微妙そうな表情だったが、どうせ俺とメリアはアステリアたちと別行動になる可能性が高い。近場の街で依頼でもこなしていればいいだろう。

 それを話したらアステリアの士気が上がった。なぜだ。

「絶対、護衛だから大丈夫って押し切るつもり。」

 先んじて教会関係者に護衛役を押し付けてやる。絶対にだ。




 ヌヴェルタ聖山までの距離は、とにかく急げば一日、普通にいけば野宿をはさんで、翌日には着ける程度という距離らしい。野菜なども鮮度を保てる距離だということで、色々と食料を他に買い、保存食は帰り道用に回した。

 色々と魔族領にはない食べ物を試す機会だ。魔族領、あまり食材の種類が豊富でもないからな。まぁ、人族の領土で育つものは、魔族領でうまく育たないというのもあるが。


 道中は賊の襲撃もなく、予想外に平和だった。せっかくユースティルスの権能を試せると思っていたんだがな。まぁいい。

「…ネグル。これはお前の手柄を増やすための行動ではないのか?」

 権能を使うのはお前なんだから、お前の手柄だろう。どうして俺の手柄になる。

「…よくわかった。お前は馬鹿だな。」

 そう思っておいてくれ。この寄り道自体、報告書の上では誰の発案でもいいんだからな。




 この寄り道には、先にアステリアとユースティルスに話した目的とは別にもう一つ、二人には話せない俺自身の目的がある。発生した難民の出所だ。

 ユースティルスは気にしていないのか忘れているのか、難民が発生したからその原因を探る、という目的の下に行動しているが、難民はただ発生するわけではない。


 多くは、元居た場所が、何らかの理由で、ただ暮らすという状態ができなくなるから発生するものだ。例えば、建物が壊れ、魔物に終始襲われるようになったことで、暮らしていくことができなくなったなどだ。

 今回の情報収集で得られた結果としては、賊の襲撃に魔物は関係していない。だが、ユースティルスの砦近くの街を訪れた難民の話から推測するに、不自然に魔物の出現が多くなったという噂の後に、賊の襲撃が起こっている。

 つまり、魔族領と関係ない場所で、最低一回、魔物が不自然に増加しているのだ。人族の領土近くで危険な魔物が発生していたのであれば、その原因をはっきりさせておいた方がいい。




 こういう危ない事象は、実は魔族が出現した際によくあらわれる現象でもある。ある程度魔力の濃い地域に、ある程度以上強力な妖精や精霊の類が生まれ、それが現地の者と契りを結ぶ、祝福を受ける、婚姻して子を作るなどすると、生まれた子の多くは、魔族と呼ばれる種族になる。

 生まれながらに、高い魔力適性を持っていることが多く、他にも様々な点で人族の平均を凌駕する力を持つが、人族の多くは、自分と違う異質な存在を、快くは思わない。他の者と違いが顕著であればあるほど、迫害を受けやすくなる。


 そして、そういう精霊や妖精への親和性が高い存在は、付近への精霊や妖精の出現を誘発する。弱い精霊や妖精が、存在を維持するため、魔力を欲して動物や植物に憑依し、魔物化してしまうのだ。

 周囲に戦う能力を持たない存在が多ければ多いほど、魔族への迫害は強くなっていく。


 勇者とはまた違い、こういう過酷な状況に生まれることで、魔族としての能力が磨き上げられるという変な論説を垂れ流すヤツもいるにはいるが、魔族出現の可能性があるのであれば、同じ魔族として、助けられるものなら助けておきたい。

 まぁ、これはあくまで念のためだ。魔物が大量に出現するという話があるのであれば、探索者としても稼ぎ所だ。既に噂は広まっているだろうし、既に調査の人員が派遣されていてもおかしくない。他の探索者に紛れてちょっと調査をするくらい、怪しいとは思われないだろう。






 ヌヴェルタ聖山にある町に到着。出入りを監査する聖騎士らしき人員に一応の事情を説明したところ、聖騎士はかなり気さくで、アステリアの言葉をそのまま受け入れ、俺たちを護衛として認めてしまった。いいのかそれで。

 思わず突っ込んでしまったが、どうやら近々出征するための準備で忙しいとのことで、商人の護衛というのであれば、お供を一人つければ問題はないらしい。


 監視の人員は予想していたが、こんなに少ないと思わなかった。これではアステリアの護衛を任せてメリアと二人で調査に出向くという方便が使えるかどうか怪しい。

 しかもお供に付けられた聖騎士も、歴戦の、という冠詞がこれでもかと言うほど似合わない好々爺だった。まぁ、見た目で判断するわけにもいかないが、警戒するにも背中を任せるにも一抹の不安が残る。

 アステリアはご機嫌だった。にこやかに話しかけてくるが、もっとユースティルスの相手をしてやれ。

 メリア、ちょっとこっち。細かい交渉はユースティルスに任せよう。




 聖騎士と独自に交渉した結果、俺とメリアの探索者としての活動が認められた。監視の人員もなし。割と自由に動き回れるということでもあるが、こんなに緩くていいのか、教会。

 何か起こったら魔族のせいに出来るという打算もあるだろうが、間諜の類もつけられていないのは相当に豪気というか不気味というか。

「本当に何もかけられてない。不用意だけど、ありがたい。」

 だよな。まぁ、アステリアと別行動にしてもらえたのはありがたい。まずは聞き込みから。






 その日の晩。聖騎士に、アステリアとユースティルス、それぞれの泊まっている部屋を聞き、訪ねて情報を共有する。軽く聞いた話では宿で個室四つをとる予定だったのが、普通に男性用と女性用に二人部屋を二つあてがわれたらしい。

 なんでも、既に到着している聖騎士には宿をとるものが多く、個室はすでに残り少ないのだとか。勇者は部屋割りを決められなかったことに不満そうだったが、ここは聖騎士に感謝しておきたい。


 それはそれとして情報共有したところだと、既に聖騎士の出立が数日後に迫っており、商品への祝福という些事は後回しになりそうということだった。場合によっては数日かかるということだが、そこは不都合ではないので了承しておく。


 一番面倒くさいのは、勇者の情報が、ここに来て全く入ってこなくなったことだ。マスラ王国では、勇者の出陣がこれ見よがしに語られており、勇者が聖騎士を率いて盗賊を駆逐するとかなりの者が信じ込んでいたにもかかわらず、聖山に入ってからは聖騎士の噂ばかり。

 こうなってくると勇者の存在が疑わしくなってくるのだが、現に俺たちが遭遇した、妙な執着を見せた挙句、引き渡そうとした途端不自然に突然死した賊の存在が説明できない。


「勇者に関わりがあったのではなく、魔術的な何かで支配していたということか?」

 ユースティルスはそう言うが、それだと俺の権能で魔力を奪っている状態で、賊を突然死させるほどの出力を期待できない。たとえ一人を殺すために十人がかりで魔力を注いだとしても、死に至るには程遠い。せいぜい苦しむ程度で終わる。

 この時点である程度は見えたが、正直なところ、後手に回っている感触がある。




 推測では、敵はマスラ王国だ。

 勇者の権能を何らかの形で行使できる存在を手に入れ、それを起点に軍勢を増やす。賊の出没を理由に王国軍への入隊志願者を募集し、鍛え上げたうえで忠義の権能で支配。遠方へと派遣し、戦死扱いとすることで、書類上は軍隊に存在しない遊兵とする。公的機関に引き渡されることを認識した時点で、自殺するような状態で、ある程度の期間、盗賊として活動させる。

 これを繰り返し、ある程度の数が遊兵として確保できた状態となれば、賊の脅威は深刻なものとなっており、何らかの形での大規模な軍事行動が行われてもおかしくない状態のはず。


 そこで大規模に行われる征伐に、勇者出陣の噂を練りこめば、勇者の存在は嫌でも諸外国に知れ渡る。賊を討伐しに向かう、という英雄譚のような出来事であれば、なおさらだ。

 つまり、数日後に控えた聖騎士の出陣を合図に、遊兵を終結させ、何らかの形で軍事的な行動を起こすことが、今回の目的である可能性が高い。行動目標は不明だが、この状態であれば、遊兵が集結しさえすれば聖騎士を相手に大立ち回りもしやすいだろう。




「問題は、遊兵がどこに集まってるかと、それを相手できるかどうか。」

 メリアが指摘する。そうなんだよな。俺たちはこの辺りの地理に詳しくないし、最終目標がどこにあるかで、集結する際での利便性など変わってくる。例えば目標が、打倒帝国、なら帝国近辺だろうし、打倒教会、なら聖山近辺。例に挙げた二つの目標は、方向的には正反対だ。

 当然、遭遇戦を行おうにも、敵が遊兵も同然という状態であれば、探すだけでも山ほど時間がかかるだろう。そんなことをしている間に、相手に目標を達成されてしまう。


「目標は、聖山じゃないかな。勇者を擁してるなら、聖山確保は絶対必要だよ。」

 ここでアステリアが口を挟んだ。なんでも勇者としての契約を正式なものとするためには、聖山に祀られた、聖剣の試練を突破する必要があるとのことだ。

 そういえばそんなこと聞いたことあったな、程度に考えていたのだが、考えてみれば当たり前だ。ユースティルスの七美徳の権能が部分的に生きているということは、アステリアが返上した勇者としての契約が、完全に消え去ってはいないということ。それはつまり、アステリアが返上した勇者の能力を、誰かが悪用しているということだ。




 魔王が出現していない今、勇者としての能力は消えかけているはず。しかし、勇者の勇名を利用する目的があるのであれば、何らかの形で勇者としての能力を取り戻すことは必要だ。

 必然、聖剣の能力を完全な状態にすることは必要になるだろう。しかも今は賊の討伐のため、聖騎士が聖山に集まりつつある。俺たちも体験したように、今は大半の聖騎士が出陣の準備に明け暮れている。聖騎士が出陣してしまえば、これほど攻めやすい状況はなくなるだろう。


「聖山は地理的な状況から、国として成り立ってはいない。あくまで所属はマスラ王国だ。称号と権能の返上も、マスラ王国に住む大神官が、勇者の出身国にある神殿で儀式を行うのが通例。それを利用されたというわけか。」

 ユースティルス。ついにアステリアを勇者呼ばわりすることを卒業したんだね。ふざけて感激に浸っていると殴られた。隣でアステリアはジトリとした目でユースティルスを眺めていたが、すぐに切り替えたようだ。




 何はともあれ、これで相手の行動目標に目星がついた。あとはこれを、聖山のお偉いさん方にどう伝えるかだが。

「私とアステリア様が行こう。お前たちは聖騎士たちと一緒に、この部屋で待機していてくれ。」

 そういうわけにもいかない。もう一つの目的、魔物の発生原因について、調査しておきたい。魔物が異常発生しているわけではないという証拠を押さえるために、あちこち動き回りたいからな。部屋に拘束されるのは困る。


「じゃ、ユスティはメリアさんと一緒に調査に行ってきて。私とネグルで報告に行く。」

 さりげなくユースティルスを調査に回そうとするな。油断も隙もない。俺とメリアで調査に行くから、聖騎士一人つけるよう話しておいてくれ。お前ら二人で、お偉いさん方に報告な。

 むくれるな、アステリア。






 夜が明けて、朝食をとったので行動を開始する。ユースティルスが聖騎士に依頼し、聖騎士が二人来ることの許可を取った上で、二人につき聖騎士一人がついてくるように割り振る。

 俺たちは麓の調査だ。昨日の聞き込みで、近くにあった村が最近、村を捨てざるを得なくなったと聞いている。


 近くにあった村は貧しい農村らしい。教会の援助で辛うじて食いつないでいる程度で、例の賊の襲撃を受け、撃退もままならなかったことから、町を捨てざるを得なかったそうだ。難民の出所の一つであることは疑いようもない。

 村からいなくなった者にもいろんな話があったが、一人だけメリアの聞き込みに引っかかった者がいたのだ。さすが本職の情報収集量は違う。


 軽く探したところ、聖山を囲む森の中で、行き倒れている子供を発見。

 見つかったのは、男の子。山の麓近くの森で、餓死寸前で倒れていた。体に擦り傷などは多く残るが、致命傷を負ってはいなかった。メリアが少し水を飲ませ、意識が戻らないまでも、息は落ち着いた。




 しばらく経って目を覚ましたその子は、俺たちを見て相当怯えていたが、飲み物とパンを差し出したメリアを相手に、ポツポツと話し始めた。メリアに気を許したのだろう。あとはメリアが捨て子を保護したという体裁で、このまま魔族領に連れ帰ればいいだけだ。

 聖騎士の方でも引き取り手を探そうと申し出てくれたが、こちらで引き取れることをきちんと伝えると、安堵したらしい。頭を下げてお礼を言ってきた。


 魔力の保持量だけから見ても、この子が魔族であるのは確定だろう。加えて権能の感知が薄く働く。この感覚は確か、前魔王に権能が反応した時と同じ感覚だ。ここまで近くに来ないと働かないというのは、勇者の能力がほぼ失われているからだろう。

 ということは、能力さえ磨き上げられれば、新しい魔王としてこの子が即位することになる可能性が高いのか。あとで暴食の所にでも預けて、立ち居振る舞いを勉強させる必要があるな。嫉妬の持ち主がどう思うかは知らないが、背丈は近そうだし、何とかなるだろう。


 そういえば嫉妬の持ち主の名前、結局聞いていないな。急ぐことでもないが。






 周辺の調査をある程度進めて、魔物の数の調査を終わらせてから、聖山の町でとった宿に戻る。ざっと調べた限り、魔物の数に今のところ変動はない。少し多い気もするが、許容範囲内だろう。

 この子が触媒となり、精霊や妖精の出没を促すような環境が付近に作られていたのであれば問題だったが、俺の権能でそれらしい魔力は根こそぎ奪っていったからな。当分、近場に魔物が出現するということもないはずだ。


「ごめん。説得できなくて、ちょっと厄介になった。」

 合流早々、アステリアがこちらに申し訳なさそうに言う。視線はメリアが連れている男の子に流れがちだが、まずは報告をしてもらおう。


 確認したところ、今更聖騎士の出立自体を止める手立てはないらしい。話自体はある程度納得してもらえたが、教会の名を出して援軍に向かう以上、派遣する兵を減らすということも現時点で不可能、との結論に達したらしい。時間がかかっていたのはここか。

 つまり、現有戦力で何とかするしかないわけだ。万一のことを考えて教会に残る聖騎士も、百名をちょっと超す程度。相手の数が不明ながら、場合によっては押しつぶされる数だな。





「せめて相手の数が分かればいいんだけど、たぶん無理でしょ?」

 だろうな。必要となる情報を集めるのに時間がかかりすぎる。集結するであろう時期がわからないのに、時間をかける必要がある時点で無理がある。

 今思いつくだけなら、兜や武器の発注数を数えるという手もあるが、鉱石の買取元が漠然としすぎていて、どの程度が武具に、どの程度が装身具に使われたかという指標がないのだ。


 加えて、アステリアが勇者の称号を返上した時期を聞くと、大体九ヵ月くらい前だという。最悪、その時点から計画が始まっていたと考えると、万を超える軍勢を相手にする可能性も視野に入れなければいけない。

 さすがにそこまで大きくない国が、万を超える軍勢を指揮する能力を持っているとも思えないが、教会を攻め落とすことのみを考えるなら、人数を揃えるだけで脅威だ。

 下手したら、この時点で詰んでるよな。




 気楽な商人の立場なのだし、調査という最低限の依頼は達成した。あとは報告書を帝都に届けて、適当に過ごしてお茶を濁すというのはどうだろうか。

「義理のお父さんを見捨てるわけにはいかないでしょ?」

 お前とあの人、血がつながってなかったの?…違うって何が。

「アステリアの父君を死なせるわけにはいかんと言うべきだろう。」

 お前が言ってやれ、ユースティルス。アステリアの、は抜いて構わないぞ。…アステリア、うるさい。

 魔族としては、この件にこれ以上関わる必要がないように思えるんだがな。

「報酬は私ということで!」

「お気を確かに、アステリア様!」

 ここでその言葉が出てくることにビックリだよ。受け取りたくないぞ。






 次の日、荷物への祝福を断って、聖山の町を発つ。現実的に、今の時点で何者かに襲撃されるわけにはいかない。尽力する理由もない上に、まともな戦力が俺、ユースティルス、メリアの三人しかいない。

 加えて、変な密告をした状態で聖山に留まれば、下手をすると手引きをした等という形で変な疑いをかけられかねない。どのみち忠告はしたのだから、後は聖山の人員に何とかしてもらいたい。


「…お前は心が痛まないのか。」

 ユースティルスがそう問いかけてくる。確かに、これから異変に巻き込まれるのは、何の罪もない者たちだ。思うところがないと言われれば嘘にはなるが。


 まず、俺とメリアは魔族だ。聖騎士がいかに気さくだからと言って、教会が唱える魔族排斥の意識が、俺たちに全く向かなかったわけではない。

 連れている子供を引き取る話だって、実は遠回しにアステリアの実家を匂わせて、大身の貴族の下に預けるという旨を伝えたからこそ、無下にはされないという意識を聖騎士が持ってくれ、実現できたものだ。


 魔族討つべし、と謳っている聖山の教会を、人族が制圧しようとしている事態なのだから、魔族としては傍観するのが賢明だろう。

 何しろ、勝手に争って戦力を減らしてくれるのだから、魔王軍に所属する者としてはむしろ好都合だ。


 そしてアステリアとユースティルスに話してない、三つの条件。今俺たちが連れてる、この子が魔族ということ。預けようとしている先が魔族の貴族。さらにはこの子が、魔王となりうる素質を持つ者。

 これだけの条件を教会が掴んでいたら、確実にこの子の命はない。


 さすがに二人にそのことを言う気はないが、これがなくとも、魔族討つべしを謳っている教会の近くに、魔族と、魔族に協力的な人間がいる。

 この点だけをとっても、危ないということは理解できるはずだ。距離をとるのが賢明だろう。




「…お前たちのみ先に帰る、というわけにもいかないか。」

 ユースティルスは落胆して道の警戒に戻った。個人的には、むしろそれが最適解だとも思ったのだが、アステリアがどう動くかがわからない。

 俺への執着が何かしら引きずっているらしいが、下手をすれば、子供を含む俺たち三人に、ついてこようとする可能性も捨てきれない。元勇者としての何らかを云々というのであれば、聖山で色々と手助けをしていた方が楽だとは思う。

 心配せずとも、並の賊なら寝ていても障壁を破られることはない。アステリアの心配は杞憂だとは思うが。




 アステリアが操る馬車はゆっくりと山道を下る。来た道とは全く違う道筋なのだ。慣れないにしても、まぁ二日か三日あれば次の町には着くだろう。賊の襲撃こそ警戒する必要はあるが、それこそ片手間に処理できる程度だ。のんびり帝都に向かってくれればいい。

 そう伝えると変にスルリと納得された。妙には思ったが、あまり根を詰めるわけでもないのだ。そのうち元に戻るだろう。




 その日の晩は野宿。野宿を始める前、話に出ていた妙な賊の襲撃があった。結果的に一人を生け捕り、残りは殺して、騎士の忠義の権能が生きているかを確かめる。

 その結果、忠義の権能で相手の洗脳を解けることが発覚。ユースティルスが権能を使った際の反応から言うには、おそらく慈愛の権能と忠義の権能の複合使用らしい。


 洗脳を解いた賊を詰問したところ、今回の目標は聖山。今は最終的な出陣を待つばかりの状態とのこと。しかも既に大半の人員はこの先にある町に潜伏しており、号令次第ですぐさま攻勢に出るつもりということが発覚した。

 その後、即座にアステリアとユースティルスに事の次第を詰問。結果、聖山の被害を最小限にするためにも、俺たちで先に偵察、あわよくば撃退するつもりだったことが判明。




「アハハ、えっと、私たちとしては、ネグルの強さは身をもって体感してるわけだしさ。ちょっとだけ、数を減らしてもらえれば、すぐさま逃げるつもりだったんだよ?それにほら、食糧を奪えば、軍隊としてはほとんど意味をなさなくなるでしょ?賊なら馬を調達する手段がないし、食料さえ奪えば、援軍や伝令が間に合う可能性も出てくるし、利益も出るし、ね?」


 アステリアが少し早口に説明するには、この先にある町は聖山を攻める際には非常に都合のいい立地の農村で、食料の補給もそれなりに可能な規模らしい。ある程度の軍事行動の基点ともなる、重要な町なのだそうだ。

 そして、賊として活動する者を集める都合上、馬を使えばそれなりに後ろ盾があることが分かってしまうため、相手は馬を使えないものとみていい。つまり、相手の食料を奪ってしまえば、相手の軍隊の行動の自由度をかなり狭めることができる。


 ロバや牛などの、荷運びができる生物はいても、結局後ろ盾があることが分かってしまえば意味がないのだから、そういう生物もほぼ使えないはず。ならば一番の問題である食料を襲い、大きく損害を与えることができれば、帝都からでも他の国からでも、援軍が間に合う。

 そういう判断だったらしいとのアステリアの言葉に、俺は頭を抱えた。




 先ほど洗脳を解いた兵の言葉を信じるならば、敵の数はおよそ五千。つまり、この先に下手をすれば五千近くの軍隊が駐屯していて、アステリア自身はその軍隊を支える兵站に損害を与えるつもりだった。

 だが、それは向こうとて理解しているはずだ。相手が食料を奪おうとしているなら、かなりの質の防衛線を敷くことは容易に想像できる。単純に襲い掛かっても、大したこともできずに追い散らされるだろう。


 そして、今ここに、妙なタイミングで俺たちを襲い、俺たちに殺され、または捕まったヤツがいるということは、おそらくコイツらが担っていた役目は、偵察。聖騎士やその側近の手の者に、聖山を攻める軍がこの先の町に集まっていることを、知られないように派遣されているものと考えていい。

 ということは、コイツらを殺した以上、遅かれ早かれ進軍してくる可能性が高い。俺が指揮官なら、偵察兵が戻ってこない事態に陥れば、遅かれ早かれ事態は露見すると考え、先手を打つことに集中する。そして相手がそういう手を打つならば、結局俺たちは聖山にいるのと変わりない。

 むしろ、他の手助けの類を全く受けられない現状の方が危険だ。加えて、ここで俺たちが聖山に戻ったとて、逆賊の手引きをした等という濡れ衣を着せられるのは確実。




 即座に捕虜を魔術で氷漬けにして殺した後、アステリアに、道を逸れて即座に帝都方面へ向かうことを提案。アステリアも快諾し、即座に撤収準備を始めた。さすがにこの状態で、道の近くで野宿をするようなことはしないつもりらしい。子供には、アステリアの傍を離れるな、と命令した。ちょっと怯えられただろうが、仕方ないだろう。

 だが、それも少し遅かったようだ。撤収準備が終わる少し前に、松明を掲げた人影が遠くに見え始めた。それも、一つ二つではない。見えるだけでも百は下らない数だろう。夜襲に特化した軍隊などではないだろうが、それでも夜目が利く集団なのは変わらない。


 即座にユースティルスは警戒して帯剣。アステリアと子供は撤収準備を横に置き、馬車を走らせる準備を始めたようだ。俺たちも荷物を片付ける余裕もなく、アステリア達の荷物は馬車の荷台にぶち込んだ。多少乗りづらかろうと、逃げられないよりはいい。

 ちなみに、俺とメリアの荷物は即座に俺の魔法の袋の中に放り込んだ。こういう時、楽でいいと常々思う。




 辛くもユースティルスも俺たちも馬車に乗り込み、馬車を出す直前。魔力の感知能力に反応。即座に馬車の横側に障壁を展開すると、障壁の表面で炎が爆ぜた。

 馬車の後方から迫る行軍とは別に、横側から襲撃をしてきたらしい。数からいって、魔術師は多くて二人だが、背の低い茂みの陰にそれなりの数隠れているらしく、正確な数が掴めない。加えて、こうなると茂みのどこかに、弓兵も隠れていると考えた方がいい。即座にアステリアを急かして、馬車を走らせ始める。




 しかし、そううまくはいかなかったようだ。遠目に見える集団から、突出してくる集団に気付いた。さすがに松明なしで動けるのは少数らしいが、照らされて見えるだけの数だけでも十以上。加えて騎乗している者も二、三人。この数に接近されれば、どの道追いつかれる。


「ユスティ!後ろの先鋒を追いつかせるな!残りはやる!指示したら下がれ!」

 ユースティルスを後方の集団への牽制に向かわせる。もうこの際、細かいことを言ってられない。子供を馬車の荷物の奥に隠れさせた後、権能の魔力の三分の一程を一気につぎ込み、低位の魔術を無数発動させた。


「常夜に眠る者よ、我が声を聞け。汝は従僕、汝は剣。兜持て集い、剣持て払え。」

 直後、次々と地面に描かれた魔法陣から、武器を持った骸骨がその身を引きずり出してくる。低位の魔術、骸骨兵スケルトン召喚。本来は駆け出しの魔術師が、兵の扱いに慣れるためによく扱う魔術。だが今は魔力をそれこそ過剰なほどに注ぎ込み、数千にも及ぶ数の暴力を作り出す。


 そして勿論、ただそれだけでは済まさない。

「我が従兵よ、命を燃やせ。」

 権能が蓄えている、残りの魔力を余さず注ぎ込み、自身の持つ怠惰の権能と魔術の強化を、骸骨兵に対して起動する。即座に変化は訪れた。数千にも及ぶ骸骨兵が、次々と声なき声を上げ、その身を振るわせて剣を振り上げる。




「ユスティ!下がれ!」

 骸骨兵が、骸骨兵らしからぬ迅速な動きで隊列を整えたのを見るや、すぐさまユースティルスに退却の指示を出す。下がりかけたユースティルスは、背後に並ぶ骸骨の軍勢にギョッとした表情を向けた後、横方向に逃れた。

 ユースティルスの牽制を警戒していた集団は、たかが骸骨兵と侮ったらしい。すぐさま骸骨兵に斬りかかるが、骸骨兵はまるで熟練の兵士であるかのように軽々と、斬りかかってきた兵士をいなし、瞬きほどの間に斬り伏せてしまった。続けてもう一人、また一人と、骸骨兵に斬りかかった者から、次々と倒れ、斬り捨てられていく。




 怠惰の権能の一つ、従兵強化。

 自身の権能により蓄えた魔力を使用し、自身の能力を従兵に付与する。それだけの能力ではあるが、その効果は折り紙付き。能力を付与されたものは、俺の権能による自身の能力の強化と、俺自身が従兵に対して使う強化魔術の、二重の強化を受ける。

 加えて、権能による庇護の下にあるうちは、俺自身の戦術知識をある程度継承し、自身の活動に対する糧とすることができる。


 言い換えてしまえば、兵を育てる能力だ。この魔術の庇護の下にあるうちは、新兵だろうとなんだろうと、ある程度の期間軍で経験を積んだ兵士のように、戦いに関するノウハウを、俺の権能を介して、自身の意のままに引き出すことが可能となる。

 魔術で俺の支配下に低位の兵を無数作り出し、俺の権能と魔術で二重の強化を施す。俺の基本戦術かつ、俺が魔族軍で前線指揮官の役を任じられた理由であり、人族と一部魔族の間で、不屈砦の蒼氷と呼ばれることになった一因だ。

 自身の支配下にある兵士の能力が強ければ強いほど、この権能がもつ意味は強くなる。




 骸骨兵に剣を向けた先鋒の集団は、鎧袖一触と言わんばかりに死体の山と化した。今や道の周囲を軒並み埋め尽くす、数千にも及ぶ骸骨兵が、隊列を組み、夜道を進む軍勢を待ち受ける。

 この時点でユースティルスがこちらに合流した。言葉を失っているようだが、ここからが本番だ。どうせ援軍は望めない。一息に、押し潰す。


 横方向にいるであろう、先の攻撃を仕掛けた者に対応するための一握りの兵を、隊列を組ませて警戒させる。残りの骸骨兵は後方に向けて隊列を組ませ、前進の指示。両翼を広げる、典型的な構えだ。

 相手の指揮官は行軍中に、まさかこちらに向かって隊列を組む、正規軍のような武装集団と、事を構えることになるとは思っていなかったらしい。軍勢が隊列を組み始めるが、その動きは随分とバタついている。

 その油断を突かせてもらおう。即座にこちらの骸骨兵の内、弓を持つ者がその矢を放ち始めた。相手の軍に矢が降り注ぎ、徐々に悲鳴や怒号が大きくなり始める。




 この時点でもう趨勢は見えたようなものだ。骸骨兵をさらに前進。なりふり構わず骸骨兵に斬りかかってくるような輩を、次々と骸骨兵が斬り伏せる。だんだんと抵抗が強くなってくるが、骸骨兵はお構いなしだ。どんどん死体が増えていく。

 ここで、死体から兵士を作ってしまえばもっと戦力の増強になるのだが、いい加減こちらも、ありったけの魔力を注ぎ込んだ影響で、倒れそうなくらい集中力がなくなっている。先程骸骨兵に斬りかかり、斬り伏せられ、今はこと切れた先鋒の死体に、おもむろに歩み寄る。




 アステリアとユースティルスの視線が気になるが、ここで魔力の補給をしておかないと倒れそうだと割り切る。死体の流した血で死体に魔法陣を描き、権能を起動。血でできた魔法陣が淡く光り、即座に死体を包んだかと思うと、一気に肉体を分解し、魔力へと化した。後には服や鎧などの身に付けていたものと、骨のみが転がるだけとなる。

 驚くような声を漏らす二人を尻目に、次々と死体を魔力へと分解していった。傷が浅かったのか、辛うじて生きているような者が分解される際には、身の毛もよだつような断末魔の叫びをあげるが、運が悪かったと諦めてもらう。


 分解したのは十八人。それなりに当座をしのげる程度には確保できただろうか。そう考えるうちにも、後方の軍勢は一方的に相手の兵を斬り殺していっている。

 もともと骸骨兵には肉がない。刺さるものがない以上、矢の雨の中でも意に介せず動き回ることができるわけで、その一点のみでも脅威だろう。何せ相手は、矢が雨のように降り注ぐ中で、斬りかかってくる兵士を迎撃する必要があるのだから。




 しばらく時間が経ったが、相手の抵抗はまだ続いている。さすがに五千もの数を、あっという間に片付けるというのは、俺の権能では無理だ。弓兵の立ち位置を細かく変えつつ、骸骨兵で押し潰す。

 俺にとってはこれだけのことではあるが、相手はさすがに士気を根こそぎ持っていかれたらしい。骸骨兵を前に、武器を捨てて逃げ出す兵士がちらほらと出始め、骸骨兵が進むにつれて、どんどんと逃亡者が増えていく。

 しかし全員が逃げ出すということもなく、相当数が未だ隊列を保持していたのだが、ある程度数が減ったのであれば、もはや躊躇の必要もない。横方向に潜むであろう伏兵の方向にちらりと目をやってから、ゆっくりと視線を後方に向け、骸骨兵の陣形を変える。進軍から、包囲へと。


 両翼が広がり、相手の後方で敵を囲む形になる直前。横合いから魔術が飛んでくるが、障壁で防ぐ。もう趨勢は決まったのだから、逃げればいいものを、勤勉なことだ。いや、忠義や慈愛の権能で従わされているのなら、仕方がないか。

 障壁で身を守る俺に、障壁を囲むよう近付いてくる者たちだが、俺が軍勢を指揮する合間に、一人、また一人と、どんどん数が減っていく。数が減っていることに気付いた者もいるようだが、そんな戸惑いの反応も、すぐさま夜闇の中に消えていく。




 それはそうだろう。メリアは諜報員であり暗殺者。しかも影を媒介にした魔術を得意としており、影や闇の中に自身の身を潜ませることで、転移などの様々な高等魔術を使えるようになるのだ。この夜闇の中でメリアの標的になったら、大抵の者はなすすべなく殺される。

 横合いから襲ってきた伏兵は次々とその姿を消し、後方の軍勢の包囲殲滅が完了したときには、全員が死体となっていた。


 もう無理。後始末はアステリアとユースティルスに任せて寝る。メリア、お疲れ。

「ん。」

 ありがとな。






 おいアステリア。なんで隣で寝てる。

「戦闘能力のないか弱い女性に、夜番押し付けないでよ。」

 馬車の中で適当に眠りについて、夜が明けた。目が覚めた時にアステリアが俺の腕を枕に寝ていたが、肘でつついて無理矢理起こして、事情を聴いた。ユースティルスは徹夜で夜番らしい。今日の日中はゆっくりしてもらうか。

 メリアは荷物の奥で、子供の面倒を見ている。先程まではアステリアと同じ状態だったのだが、こちらは俺と同じくらいには目が覚めたらしい。すぐに預かっている子供のことに気付いて、様子を見てくれている。


 アステリアもメリアを見習ってほしいものだ。いや、見習ったら見習ったで面倒くさいことになりそうだから見習わなくていいか。追い払う理由にも使えなくなる。




 アステリア達も、さすがに人の死体の山の中で夜を明かす気はなかったらしい。今は、戦場となった場所から少し距離を取った場所にいた。

 骸骨兵の一部は、確か夜が明けるまで周囲の警戒をさせていたはずだ。残りは魔術を解いたので、すぐに魔術的な支配が解かれ、塵になって消えた。見渡すと骸骨兵の姿はなかったので、既に魔術的な支配は消えたらしい。


「起きたか。」

 ユースティルスは少し疲れたような顔でこちらを見た。一徹で随分死にそうな顔をしてるな。砦暮らしで体力が落ちたか。

「あれだけの死体の山を築いて、近くで眠れる方がどうかしてる。」

 そうか。まぁ、アンデット化したらと思うと、おちおち気を抜いてもいられないからな。障壁を張るから休め。死体の処理でもしてから出発だ。






 その後、死体の群れを魔法陣でまとめて魔力にしてからその場を出立、その日の夕方に町に着いた。町で軽く話を聞くと、昨日まで軍事行動を名目に軍が駐留していたものの、夕方に急いで町を発ったという話らしい。

 そのことについて他の話はないかと聞いて回ったが、どうやら俺が召喚したアンデットの軍は、前に噂として流れていた、奇妙な魔族の襲撃の噂と結び付けられてしまったようだ。そろそろ聖騎士様が出立するらしいという話に、上手く上書きされてしまったらしい。


 好都合なので適当に相槌を打ち、聖山を出るころには出立までもう数日という所だ、そろそろ出立しているのではないかと適当に噂を流しておく。

 預かった子供を含めた五人で賊軍にぶつかって撃破した、などと言う荒唐無稽な話など誰も信じはしないし、聖山の連中にはせいぜい肝を冷やしておいてもらおう。




 その後、帝都でユースティルスがアステリアの父君に報告書をまとめて渡し、その内容にアステリアの父君が苦笑いをしながらその内容を認めた。

 俺とメリアはその時点で、探索者ギルドを通して報酬の受け取りをするよう要望。アステリアの手引きで、無理矢理賊軍と正面から戦うことになったことについて、その報酬としての要望を紙に書いてユースティルス経由で報告書と共に渡した。

 さすがにこれだけのことを表向きアステリアの手柄として報告しているのだから、お願いしている内容にも文句はないだろう。表向きにもかなり納得できる内容を押し付けたと自負している。


 その報酬とは、王宮や教会が適当に人員を補充したうえで、アステリアの商隊を商会として設立、帝室もしくは教会の保証と共に帝都に店を構える許可を出すことだ。

 アステリアはそれなりに商人としてやっていけてるのだから、後はバックアップさえ何とかなれば、普通にやっていけるだろう。


 この案が通れば、アステリアが俺の支配する土地に立ち入ることが、おそらく不可能になる。商会の会長という立場は、そう軽いものでもないからな。

 忙殺されて俺の支配地域に近付くことも不可能になれば、必然的に言い寄る人間が増えていくだろう。ユースティルスがアステリアに思いのたけをぶつけるにしろ、他の者がアステリアの心を奪うにしろ、何かしらの出来事が起こってくれることを切に祈る。




 その後、帝都を発って砦に戻るまでの間、メリアと預かった子供、三人でゆっくりと息を抜きながら帰った。探索者として依頼を受けながら、あちこちを転々とする。

 遠回りも旅の醍醐味だ。今回は相当な修羅場を潜り抜けたのだから、これくらいの息抜きはあってもいいだろう。

 子供の方も、ぎこちなかった態度がだいぶ軟化してきた。この分なら、ミルマの実家に預けても、すぐに仲良くなるだろう。


 その間、時々噂を聞くことには、勇者の出立はいつの間にか立ち消え、聖騎士が賊軍を追い払ったのか、賊が一気に減って平和になったという話だ。聖騎士はあちこちを飛び回っているのか、相当余裕がない感じで、歓待する余裕もなかったという噂も聞こえてきたが、まぁ俺たちが関与することではないだろう。

 人族の騒動の尻拭いを魔族にやらせた報いとして、せいぜい神経をすり減らしてくれ。




 ユースティルスは俺たちとは別に先に砦に戻ったそうだが、伝え聞く限りでは砦の後任を誰かに譲り渡すべく、後任の育成に精を出しているとのことだ。

 まだ若いのに後継者の育成に熱心で、有望な若者が次々とユースティルスの指揮下に入るべく鍛錬を積んでいると、相当な高評価を受けている。

 アイツ、アステリアの護衛になるつもりかな。まぁ頑張ってくれ。




 探索者ギルドで依頼を受ける際に名前を伝えると、時々アステリアの父君からの手紙が手渡されるようになった。なんでも、個別に報酬としての話を持っていきたいから、ぜひ帝都に来てくれとのことだ。

 私程度が恐れ多いと思うので辞退いたします、と毎回代筆をギルドにお願いしているのだが、そろそろ諦めてはくれないだろうか。アステリアの商会の設立で相当忙しいはずなんだが。

「何か企んでる。ちょっと気を付けた方がいいかも。」

 メリアもそう思うか?やめてほしいよな、そういうの。






 ちょっと以上に遠回りして、砦を出てから半年後、砦に戻ってきた。


 砦ではここ一ヵ月ほどで、人族の砦が訓練を派手にし始めていることから、少しずつこちらも訓練の量が増えてきたようだ。ちょうどいいのでこのまま訓練を続けてもらおう。


 先代の勇者について何か情報はないかと聞いたが、しばらく来ていないまま、という答えが返ってきた。まぁ、しばらくは帝都に縛り付けられてる、ということだろうと思う。

 とりあえず、権能全力で使う羽目になったから、しばらくは俺の権能の魔力を貯める方向で動かないといけないだろう。無駄遣いを強いられるような羽目にならないといいんだがな。


 預かった子供については、ミルマの実家に預けて、礼儀作法について叩き込んでもらうことにした。

 最初、預かった子供を見たミルマがショックで倒れるなどと言うハプニングも起きたが、魔王の素質を持つ者と説明すると、ガスタもコーヴェルも相当驚いたようだ。いまだ覚醒までは遠いことを知ると、露骨に安堵していた。


 ミルマも、倒れた理由がびっくりしすぎた、という程度だったし、預かった子供の方はミルマを見て露骨に挙動不審になったので、そのうちほほえましい光景が見れるようになるだろう。

 まぁ、未熟な者に王座を渡すわけにもいかないからな。しっかり補佐してやってくれ。


「ネグ兄、あの子の様子を見るために時々遊びに来てね?」

 いや、お前の親に預けたんだから。あとは適当にそっちでやってくれ。ガスタもコーヴェルも、嫉妬の持ち主もいるだろうに。

 むくれられた。扱いに困るぞ。反抗期も近いということだろうか。






「来ちゃった。」

 帰れ、アステリア。


 門前払いしようとしたが、結局押し切られた。

 なんでも、アステリアの父君に商会長の座を準備された直後に、護衛としてユースティルスが名乗り出てきたので、商会長代理として交渉に関する全権を渡してきたらしい。おい、砦の指揮官はどうなる。

 聞けば前任の爺さんが一時的に大目付として復帰、後継者の育成を任せてきたとのこと。それでいいのか、人族。適当すぎるだろう。まぁ、相手が弱い分にはこちらも楽出来ていいのだが。




「ところで、聖剣が行方不明なんだけど、何か噂が流れてきてない?魔族を襲う不埒者が出没しているから注意せよーって感じで。」

 知らん。自分で探せ。


 と口では言ったが、実は知っている。聖山を下りてから戦闘を行った後。死体の山を魔力化して回ったときに、前にアステリアが振り回していたはずの剣を拾った。

 死体の山に埋もれていたということは、持ち主がこれを使う間もなく、骸骨兵に斬られたことを意味する。俺自身、あの時は相当精神的に余裕がなかったところもあるので、魔族に対しての特攻を持つ武器が使われていたら、なすすべなく斬られていただろう。危ない所だった。


 それはそれとして、聖剣があの状態で放置された場合、どんな影響を及ぼすかもわからなかったのだ。魔法の袋に放り込んだ後、後日改めて物を検分。布を巻いて厳重に魔法の袋の奥底に安置した。俺から魔法の袋を奪わない限り、誰にも聖剣の所在は確認できない。




「勇者の適格者として、神託が下ったんだよね。ネグルの下にあるって。」

 神託?

「そう。神の権能を代行する神器が、神託を受けうる人間の手元にないのは望ましくないって。現在魔族としては穏やかな者だから、急ぐ必要はないかもしれないけど、頑張れって。」

 そうか。頑張って探してくれ。とりあえず帰れ。


 目星はついているようだったし、これはまた理由をつけてここに来るだろうな。ユースティルスが来たら渡した方がいいかもしれん。だが適格者がアステリアである以上、神器を渡すと戦争になる可能性が高くなる。しばらくは保留だろう。

「最悪、私が持って隠れとく。渡しちゃダメ。」

 いや、俺が持っとくから大丈夫だよ。なんで危ないことをしようとするかな。

「ネグルが言わないで。」

 苦笑しながら言われてしまった。別にいいだろ。




 そうこうしているうちに、次期魔王の能力を持つ者のお披露目会として、軍属の上層部と貴族連中が呼ばれて、盛大なパーティが開かれた。基本的には立場のお披露目と、どこの貴族がその補佐に回るかの宣誓だ。四天王の座にある者の宣誓は、魔王に正式に就任してから行われる。今回は楽出来ていいだろう。


 ついでとばかりに、長い間凍結気味だった、俺の領土について正式に認められ、俺は領爵という、貴族の端くれに指名された。まぁ、男爵より下の、領土を持ってるだけで本質は貴族じゃないという立場なのだから、気楽なものだが。


「時期魔王カルム様の要望として、カルム様の婚約者に、ミルマ・ロームコーデルング・エシス・ヴィルトが指名された。異議のある者は、この場にて宣誓せよ。」

「ミルマ・ロームコーデルング・エシス・ヴィルトです。私は領爵ネグルに嫁ぐつもりですので、婚約指名に異議を申し立てます。」

 え?

「ネグル領爵付きの側近、メリアです。ミルマ様の宣誓は立場的に釣り合いが取れません。再考を具申いたします。」

「オイネグル、いつの間にミルマを誑し込んでいやがったコノヤロー。」

「ちょっとこちらに来い、ネグル。なに、少し語り合うだけだ、肉体で。」

「今ならお前を超えられる気がする!勝負だコノヤロー!」

 おい、誰か儀式を止めろ。




 悲報だ。しばらく俺の心の安寧は得られそうにない。

広く認知されてるであろう七美徳との差異について。


基本的にオリジナルです。

七美徳、で調べられる権能の種類が結構幅広いなと思い

一つに絞ろうとすると対極の関係を考えづらく、

七元徳をベースに派生したように、オリジナルで考えました。

勇気とか希望とかが権能として存在してないとかおかしいでしょ。

本作の七大罪との相関は以下のように設定してます。

→:派生 / ⇔:対極


七元徳  七美徳  七大罪

知恵 → 英知  ⇔ 暴食 

勇気 → 勇気  ⇔ 憤怒 

節制 → 勤勉  ⇔ 怠惰 

正義 → 正義  ⇔ 強欲 

信仰 → 忠義  ⇔ 傲慢 

希望 → 希望  ⇔ 嫉妬 

愛  → 慈愛  ⇔ 色欲 


他の作品への転用はお好きにどうぞと言いたいですが

多分、自分で考えた方が納得できる気がします。

調べて分かる方の七美徳でも問題ないはずですしね。

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