ここ、どこだ?
前回までのあらすじ
爆睡
↓
起床「ここどこ?」
殺風景な白い部屋の中に、1人の少女と1人の少年がいる。少女は椅子に座りながらしきりに自分の手首に巻かれた時計を眺め、少年は何もない床の上にそのまま寝転んでいる。
ほとんど何もない部屋の中で、少女の時計が時を刻む音だけが虚しく響いている。
そして数分がたった。少女はその美しい顔に満面の笑みを浮かべると、先程と同様に傍らの少年の頬を叩いた。
「5分経ちましたよ。起きて、起きて」
やはりペチペチという擬音がつきそうな手つきである。
しかし少年は目を覚まさない。
少女は1つため息を吐くと、再び少年の頬を叩き始めた。
少女の十数度に及ぶペチペチを経て、少年はやっと反応を示した。
左目を薄く開くと、右手で顔を覆い軽く身を捩って、傍らの少女には気づいていないのだろうが、ボソッと呟く。
「…腰が痛い」
床に直接寝ているのだから当たり前である。
そして、少女が顔から笑みを消し去り無表情となるのも当たり前である。
普通の者ならば、ここでキレて少年を叩き起こし、罵詈雑言を雨嵐と浴びさせる事だろう。しかしながら少女は優しかった、そうとても優しかったのだ。
少女は無表情を引っ込めて、「しょうがないなぁ」とばかりに苦笑いを浮かべ、少年の横たわる床に手を当てると何事かを早口かつ小声で唱えた。次いで、床に当てた手に軽く力を込める。
一陣の風が、少女の髪を揺らす。
床は、一瞬光を放つとゆっくり揺れて徐々に盛り上がって行く。そして…
少年の寝ている所にマットレスが生えた。
その様子を見た少女は、
「出来た」
と満足そうに頷き、感触を確かめるようにマットレスを二、三度ポスポス叩く。再度少年に目を移すと、まるで猫のように身を縮こませている。恐らく寒いのだろう。そんな少年の姿に、少女は再び苦笑いを浮かべると、先程と同様の手法で毛布を生み出し、少年に掛けてやった。
少年は、マットレスの上で毛布にくるまりぐっすり眠っている。実に気持ち良さそうだ。
そんな少年の寝顔に触発されたのか、少女は小さな欠伸を漏らし、目尻に溜まった涙を指で拭う。
そして自分と少年以外の者が、存在しないことを確かめるようにキョロキョロ部屋中に目を走らせると、やや躊躇いながらもポスン、と軽い音を立ててマットレスに身を預けた。
手首の時計を見やった後、目を閉じた少女は、自分に言い訳するように、
「少しだけ…、5分だけ…」
と言葉を漏らし、意識を手放したのだった。
*****
なんだか柔らかい。そんな感想と一緒に意識が戻ってきた。ある程度目が覚めると、目は閉じたまま当てずっぽうに周囲へ手を伸ばす。
そこで違和感に気づいた。
…おかしい。俺は机の上に突っ伏して寝たはずだ。ならば布団に仰向けで寝ているはずも、毛布にくるまっているはずもない。どういうことだろう?
まさか、無意識に自分の部屋まで行って布団に潜り込んだのだろうか?
ありえなくもないが、今までそんなことはなかったのだ。可能性はかなり低いだろうと思う。
まあ、誰かに運ばれた線だけはないな。両親は旅行中で家にいないし、県外の大学に進学した姉貴は大学の寮住まいだ。そもそも、いくら俺が小柄だと言っても、男子高校生を運ぶなんて無理がある。うちの家族なら、叩き起こして自分で部屋に行くよう小言を言うだけだろう。
なんて考えてみるも、やはり寝起きのぼんやりとした頭では、妥当な結論なんて出せるはずもない。
とりあえず、周りを確認してみようか。というごくありきたりな手段に出る事にした。
まずは上半身を起こし、目を開く。ずっと閉じていたせいだろう、光が眩しくて目が痛い。まるで吸血鬼にでもなった気分だ。それでも徐々に慣れてきた。目頭を指で押さえて痛みに耐える事数十秒、不意に大きな欠伸が漏れた。
眦で滲む涙を指で拭うと、大分光に慣れたようで、もう目は痛まない。
それからピントを合わせるようにゴシゴシ目を擦り、パチパチ瞬きをすると、やっと見えるようになった。
周囲に目をやると、若干不安になるくらい白一色の部屋に、扉と椅子、そして俺が乗っている布団が1つずつある。
むしろそれしかない。
もちろんこんな部屋、我が家には存在しないし、俺の記憶にもない。
どことなく病院のようだが、病室ならばあるはずのテレビやら、棚やらがない。
仮にこんな病室があるのだとしても、俺の体は怪我やら病気やらをした様子もなくピンピンしているし、こんなだだっ広い病室を貸し切れるほど我らが柊木家はブルジョアな家庭ではない。昔、姉貴が骨折して入院した時は、8人の相部屋で寝ていた。
そうするとこの部屋は、我が家でもなく、どこかの病院の病室でもなく、さらにはかつて俺訪れた事のあるどこかでもない、という事になる。
ここ、どこだ?
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