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Whatever  作者: けいぞう
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09.ヒロカ

 次の朝、六時半に着くように学校に来た。

 流石に早すぎたらしく、まだ職員室が空いていなくて鍵を借りられなかった。

 七時頃になってやっと佐藤先生が来た。驚く先生を急かして職員室を開けてもらう。

 ひったくるように鍵を借りて、急いで芸楽館へ急行する。


 音楽室のドアに近づくと、昨日のデジャヴのように、また歪んだギターの音が聞こえてきた。

 どうして?鍵は自分が持っているのに。

 鍵のスペアがないと聞いている。ということは、音楽室は夜通し施錠されていなかった?


 私は怒りに任せて扉を開く。

 バス、スネア、ハイハットだけの簡素なドラムセットの周りに、四人の生徒が集まって練習をしている。

 やっぱり室内はタバコ臭い。

 大音量で練習中の彼らは、私が入ってきたことにすら気付いていなかった。


 私は目の前の光景に息を飲んだ。

 私のアンプが使われている。

 しかも椅子代わりに腰掛けられている。

 誕生日に勇気を出して両親にねだって買ってもらったフェルナンデス。

 私が自分から欲しいものを言ってくるのが珍しかったのか、お父さんが奮発して高いのを買ってくれた。


 入り口に佇んで自分たちを見ている視線に気づいたのか、演奏を止めて、四人がこちらを睨みつけてくる。

 「何?」と凄まれて、たったそれだけで、私は何も言えなくなってしまった。

 勝手に使ってるのは向こうなのに、なぜ文句一つちゃんと言えないのか。

 お父さんが自慢げに大きなプレゼント箱を部屋に持ってきた時のことが頭をよぎって、不覚にも泣きそうになった。

 そうなるとさらに言葉が出なかった。

 結局私は逃げるようにその場を離れてしまった。



 二時限目になっても気分は晴れなかった。

 やはりしばらくの間は音楽室は利用できそうもない。

 それどころか、放っておくとあのアンプは部の備品のように使いまわされてしまうかもしれない。

 家からキャリーを持ってきて、回収しなくては。

 あんな使われ方をされるのはもう一日も耐えられない。明日にでも決行しよう。


 教室の黒板側のドアが開かれる。担任の吉岡先生が頭を突っ込んで来て、私を見た。


「紺野、ちょっと」


 私に手招きする。

 全生徒の視線が私に集まった。

 私は戸惑いながら、のろのろと立ち上がり、後ろ側のドアから廊下に出た。

 吉岡先生は教室から少し離れた階段の踊場まで来ると振り返り、忌々しげな口調で呼び出された理由が分かるかと尋ねてきた。

 無言で首を振ると、吉岡先生は目を閉じて眉間に深い皺を寄せた。


「今朝近隣住民から、軽音部の練習の音がうるさいと苦情が入ったんだ。しかもベランダからタバコのものらしい煙が見えたとの指摘もあった。私と本間先生で音楽室を確認しに行ったんだが、鍵がかかっていなかった。教室内には誰もおらず、ベランダにはタバコをもみ消したらしい焦げ跡が見つかった」


 目眩がする。

 創部二日目でこんな分かりやすい問題を起こすなんて……。

 あの部員たちは一体何を考えているんだろうか。


 しかし一方で、何故その件で私が呼び出されたのかが分からなかった。

 混乱している私の表情を睨みつけながら、吉岡先生は更に続けた。


「音楽室の鍵、紺野が借りたまま職員室に戻っていないようなんだが」


 はっとなった。

 アンプのことで混乱していて、鍵のことは完全に忘れていた。

 私がブレザーの右ボケットから鍵を取り出してみせると、吉岡先生はこれみよがしにため息を突いて、面倒なことになったと言いたげな渋面を浮かべた。


 私はそのまま職員室に連行された。

 吉岡先生と学年主任に事情を聞かれるがまま、正直に経緯を話したが、途中でまずいことをしたと気付いた。

 私が音楽室に行ったときにそこにいたのは誰だったか尋ねられて、私は言葉に詰まった。

 勘のいいクラスメイトは、私が呼び出された理由とこの問題の関連に気付くだろう。

 私の証言で犯人が判明したら、どんな逆恨みをされるか分かったものではない。

 四人の容姿は何となく覚えてはいるし、一年生ではないことは確信していたが、「一瞬しか見ていないので覚えていない」と回答することにした。

 やはり軽音部なんていうのは良くなかったんですよと、多部先生が今更なことをぼやく。

 正直、私も全くの同感だった。


「……紺野さん。誰がやったか特定できないからには、君も含めた部全員で責任を取るということになりますからね」

「……え?」


 多部先生の言葉に、どちらかと言えば自分を被害者だと思っていた私は、耳を疑った。


「いきなり廃部よりはいいだろ」と吉岡先生は言う。

 ……廃部でいいのに。


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