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Whatever  作者: けいぞう
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05.ヒロカ

 次の朝、一階の居間のちゃぶ台に純和風の朝食が用意されていたが、オレンジジュース一杯だけを飲んで家を出た。

 後でお母さんに文句を言われそうだが、年頃の女子高生に食べさせたいならサラダとフレンチトースト位用意してほしい。

 どうしてああ意固地に和食に拘るのか。


 重苦しい鈍色の雲と、木枯らしの子分のような風が冬の気配を匂わせる。

 この地方の冬の風は山からの吹き下ろしで、ちょっと尋常ではない強さなのだ。

 これからの季節だけは、自転車通学の生徒に同情したくなる。

 途中、前を歩く友達の背中を見つけて、私はスカートの裾を片手で抑えながら、駆け寄った。


「頼子さん、おはよ」

「あ、寛ちゃん。おはよう」


 おでこを出したおさげ頭にそばかす顔という純朴を絵に描いたようなこの娘は、澤田頼子さん。

 私の入学以来の友人だ。

 紺野と澤田で出席番号が続きだったことがきっかけだったが、引っ込み思案同士で馬が合って付き合いが続いている。


「あれ、今日はギター、持ってきてないの?」


 頼子さんは私の趣味について知っている数少ない友人だ。


「音楽室に置いておくことにしたの。あれ担いでると大変なんだもん。目立つし」

「そっか。あのギター大きいもんね。寛ちゃんチビなのに」

「何をー!この前測ったら、頼子さんのが二ミリ小さかったでしょ?」


 私がふざけて軽く肩をぶつけると、頼子さんはころころと笑いながらあっさり降参した。


「あ、音楽室っていえばさ」


 頼子さんは、ナイショ話をするように声を落とした。


「新しい部活が出来るって話、あったでしょ?」

「え?そんな話、あったっけ?」

「寛ちゃん、掲示板見てないの?確か、文芸部と、軽音楽部が出来るって」

「……え?軽音楽部?」


 どきっとした。高校生がバンド活動に憧れるのは、子供がおたふく風邪にかかるようなもので、ほとんどのケースで避けられない。

 それは我が校の生徒も例外ではなかった。有志が生徒会に働きかけているとは聞いていたが、何度も却下にされていた。

 うちのような校則のうるさい進学校では結局創部にはこぎつけられないだろうと思っていた。


 頼子さんに聞くと、少子化で高校も生徒獲得の努力が必要な時代なんだそうで、軽音部そのものが客寄せになるというより、生徒の意見を汲むことのできる校風ですよということをアピールしたい狙いがあるようだった。

 頼子さんが勘づくということはほぼ全校生徒がその背景を感じ取っているだろう。


 それにしても生徒獲得とは。

 そんな目的のために創部を?そして軽音部というからには活動場所は音楽室になるのではないだろうか?


 歩調が早くなる。

 頼子さんが慌てるけど気にしてられない。第一月曜は学年朝礼があるから、何か連絡があるだろう。


 長く実りの少ない学年主任の講話の後に、予想通り文芸部と軽音部の創部がアナウンスされた。

 体育館内に黄色い歓声が上がる。

 騒いでいるのは文芸部員でないことは確かだった。

 学年主任の多部先生が大きいお腹を揺らしながら嗜める。

 それでもしばらく歓声は止むことはなかった。

 念願叶っての創部だけに、熱心に活動が行われるだろう。

 そうなると休日も音楽室が占有されるのは予想に難くない。

 私の胸に黒いモヤが湧き上がる。

 せっかく手に入れた練習場所は、もはや失われたも同然だった。


 私の活動はあくまで個人的なものでしかないが、先に使わせてもらっていた立場としてはなんともやり切れないものがあった。

 音楽室を借りるときに相談した佐藤先生が軽音楽部の顧問らしい。ダメ元で、あとで相談を持ちかけてみようと思った。


 集会を解散する直前、多部先生は思い出したように手を打った。またお腹が揺れる。


「全員、ちょっと、もう一回座って。えー、皆さんに転校生を紹介します」


 生徒たちがどよめく。


「静かに!」


 また多部先生が嗜める。

 そのやりとりは転校生が紹介される時のテンプレート通りという感じだった。


 ――転校生?まさか、昨日の?

 私は頬杖から顔を上げて、体育館の入口を見やった。


「佐藤先生、連れてきて」


 果たして、佐藤先生に連れられて体育館に入ってきたのは、彼女だった。

 抹茶あずきカラーの制服と長い黒髪。

 相変わらずの優雅な動作で、六列縦隊に並んで座る私達の正面に歩み出た。


「冴木芽衣です。今日から、よろしくお願いします」


 先生に促されるより先に、よく通る声で必要最低限の自己紹介をして、軽く低頭する。

 珍しいものを見るような視線を飛ばしながら、ヒソヒソとささやき合う生徒たち。

 隣に頼子さんがいたら、もしかしたら私も似たような反応をしていたかもしれないが、何となく今日は同級生達のその反応に嫌悪感を覚えた。


「えー、冴木さんはお父様のお仕事の都合で、都内の高校から本校に編入ということになりました。何でも、今まで引っ越し続きでご苦労なさっているそうですので、皆さん優しく迎え入れてあげてください」


 多部先生がいつもより三割増丁寧な口調で紹介を付け足す。

 「都内」というワードと彼女の美貌が相まって、好奇の視線は更に熱を帯びた。

 冴木さんは体の前で手を組んで、軽く俯いて微動だにしなかった。


 私は転校どころか引っ越しも経験したことがないけど、引っ越し続きということは何度もこんな思いをしてきたのだろうか?

 人前に立つことと目立つことが何より苦手な自分としたら、こんな仕打ちはきっと耐えられない。

 同情してしまうが、冴木さんのように毅然としている人ならこんなのはへっちゃらなのかもしれない。

 やっぱり堂々としていて実にかっこいい。

 私なんかでは十年経ってもあそこまでの落ち着きを身にまとうことは出来ないだろう。

 同じ人間でどうしてこうも違うのか。私は一人不公平を嘆いた。


 クラスはC組とのことで、私とは別だ。残念。


 一足先に、先生に連れられて体育館から出ていく冴木さんの横顔を盗み見る。

 自分と全く正反対のはずの彼女の表情に、親近感のような感情を抱いていることに気づいた。


 何故だろう。彼女を見ていると、胸の奥がさざめく気がする。


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