04.メイ
学校の最寄り駅から一つ隣の駅へ。
電車は一時間に二本ほどしかないため、タイミングが悪いと三十分程度ホームで待ちぼうけすることになる。
今日はそういうタイミングだった。
ビルの三階くらいの高さのところに設けられた駅のホームから見えるのは、駅前の広場と駐車場。
五百メートルほど先にはさっきまでいた高校の校舎が見えた。
明日からあそこの生徒だ。
登校にちょうどいい電車を調べて、その電車の一、二本前に乗ることにしようと考えた。
あまり人が多いのは得意ではない。
沈みかけの夕日から身を隠すように、陽の当たらない位置のベンチに腰掛けた。
転校前に利用していた都内の駅と比較するとホームはかなり短く狭く、そして人も少ない。
壁やベンチの広告も数年前から張り替えられていないのではないかと思うほどに色あせていて、逆に新鮮だった。
都心では一週間もしない内に広告もコロコロと変わっていた。
この町にも何ヶ月いられるのか。
すべては父の仕事次第だ。中学の三年間で九回の転校を繰り返した。
一向に父の仕事は落ち着く気配を見せない。
養ってもらっている立場としては、黙ってついて行くしかない。ただそれだけだ。
ポケットからスマホを取り出して、また何をするでもなく適当に操作する。
こうしていれば、女子高生として不自然ではない気がする。
何故か、芸楽館のそばで聞こえた歌が頭を離れなかった。
あれはなんという歌だっただろう。
何かのCMで使われていた気がするが、思い出せそうにない。
パソコン?それともお酒のCMだっただろうか。
珍しく熱心に思い出そうとしている自分を自覚する。
あっという間に三十分が過ぎていて少しだけ救われた気分になった。
驚くべきことにその電車は一両編成で、移動した駅数に応じた額を降車時に払うというシステムだった。
こんなバスのような電車は生まれて初めてだった。
二人がけのシートが向かい合わせになったボックス席に一人で座る。
乗客は私の他に二人しか居ない。
三人は車両の前、真ん中、後ろの席に落ち着いた。他人との距離が十分にあるということはありがたい。
たったひと駅の移動を、妙に長く感じた。
実際駅の間の距離が広いのかもしれない。窓の外を流れていくまばらな住宅街の風景。
しばらくすると堤防が見えてきて、電車は川を横断する。
川沿いの道を部活帰りらしき男子生徒の集団が歩いている。
楽しそうにじゃれあって、ふざけあって、なんというか青春真っ盛りという感じだった。
あっという間に堤防は見えなくなって、今度は枯れすすきのひしめく空き地や裸の田畑が視界を覆った。
人が多いのは嫌だと思いながら、人の気配が減っていくと今度は不安になった。
どうして私はこう我儘なんだろう。
公衆トイレを少し大きくした程度の駅舎が近づくと、電車は大げさな音を立ててブレーキをかけ始めた。
お金を払って電車を降りる。
改札をくぐると、駅前であることが信じられないような景色が待ち構えている。
その形状である必要性を疑いたくなるような小ぢんまりしたバスターミナル、人が住んでいるのかも怪しい平屋建ての住宅、雑草で荒れ果てた駐車場。
そんな中に小綺麗な五階建てのビジネスホテルが紛れている様は、取って付けたようとしか言いようがない異様さだった。
ここ薊橋駅は父の取引先の工場の最寄り駅ではあるが、その工場はここから車で三十分ほど山道を行ったところにあるらしい。
ホテルに入る。無人のフロントを横目に、エレベーターに直行した。
302号室が私にあてがわれた部屋で、301は父が使っている。
ツインの部屋もあるようだが、父は二部屋抑えることを迷わなかったようだ。
年頃の娘の扱い方がわからない、というよりは、接することや話し合うことを放棄しているように感じる。
プレートの付いた鍵でドアを開けて、壁にプレートを挿すと電気のスイッチが入る。
電気ポットに水を入れて仕掛け、制服を脱いで椅子の背にかけ、ガウンを着てベッドにうつ伏せに体を投げ出した。
マットレスのスプリングがぎしりと鳴った。
昼間に聞いた歌を少し口ずさんでみて、酷く虚しくなった。
歌詞の中に何度も登場するfreeという単語。
自由ってなんだろう。
家族の干渉がないという意味では今の私は間違いなく自由だ。
でもこんな田舎の片隅のホテルで一人、そんな自由を与えられたって何をすれば良いのかなんてわかるはずもない。
お湯が湧いたことを知らせるブザーが鳴ったが、なんだかもう動く気になれなかった。
夕食も食べていないがもういい。このまま眠ってしまおう。




