39.メイ
ホテルに戻って、やっぱり一緒にお風呂に入りたがるヒロカをなんとか説得した。
ヒロカが先にシャワーを浴びている音をあまり意識しないように、私はテレビを付けてそわそわしていた。
ドア一枚隔てた向こう側にヒロカが裸でいると思うと、何だか胸の中がもやもやするような不思議な気持ちになっていた。
前回はそんなことを考える余裕もない時だったから……って、そんなことって何だろう?
一瞬の油断から、ヒロカの一糸まとわぬ姿を想像してしまう。
折れてしまいそうなほど細いウエストや、濡れて首筋に張り付く癖のある栗色の髪。
私は頭をぶんぶんと振ってテレビに集中しようとした。
歌番組なのに、何故か歌手とお笑い芸人がカレーを食べて美味しいだの辛いだのと駄弁っていた。
その内容があまりに下らなすぎて、気が付くとまた意識が浴室の方に行ってしまう。
微かに鼻歌が聞こえてくる。
また私の知らない曲だった。
ヒロカが作った曲だろうか。
気になって仕方がないが、聞き耳を立てると間違いなく胸のもやもやが倍増してしまうので、我慢するしかない。
やがて、蛇口を締めるきゅっという音が聞こえて、水音が止んだ。
続いてやたらとうるさいドライヤーの音が浴室から漏れてくる。鼻歌は聞こえなくなってしまった。
「上がったよー。ガウンとタオル、ありがとね」
「うん、じゃあ、私も入ってこようかな」
上気した肌とか、無防備なガウンの胸元とかを極力視界に入れないようにしながら、ベッドから立ち上がる。
どうも動作がわざとらしいというか、ぎこちなくなってしまう。
私は不自然な伸びをしながら、浴室に入った。
すかさず後ろ手にドアを締め、ツマミを回す。
「あれ?!メイいま鍵かけた?」
ドアの向こうから驚いたような声が聴こえる。
「うん、どうして?」
「どうしてはこっちのセリフだよ!何で鍵なんか締めるの?私締めてなかったよ?!」
「……締めてなかったら、ヒロカこっそり入ってくるでしょ?」
しばし沈黙。
そのあと、がちゃがちゃとドアノブを上下する音が聞こえてきた。
ホラー映画みたいでちょっと怖い。
「なんでそんなに一緒に入りたがるの?!」
「なんでそんなに一緒に入りたがらないのー?!」
「何も楽しいことなんかないってば!」
「それは私が決めることだよ!恥ずかしがるなんて男らしくない!」
「私女の子だよ!っていうかお願いだからヒロカも少しは恥ずかしがって!」
暫くドアノブを抑えていると、やっと諦めたのかがちゃがちゃが止まった。
「ふん、いいよーだ。先にベッド使っちゃうからね」
マットレスの上にヒロカがダイブしたらしい音が聞こえた。
ベッドの下は引き出し式のエクストラベッドがあるのだが、それを伝えたら別々に寝ることになってしまうので、黙っておくことにした。
全く、自分がどうしたいのかが分からなくなる。
一緒にお風呂に入るのは嫌がっているくせに、別々に寝るのは嫌だなんて。
シャンプーとボディソープの香りがまだ残っているバスタブに入って、カーテンを引く。
いつものように頭からシャワーを浴びて、備え付けのシャンプーで髪を洗う。
変な匂いがついていなくて、懐かしい石鹸の香りがするので案外気に入っている。
特に理由もなく伸ばしていた髪だが、少なくともステージの上での見栄えの面で武器になるということで、本番までは切るなとヒロカに釘を刺されてしまった。
更にヒロカは高そうなコンディショナーを持ってきてくれた。使ってみると確かに髪の毛全体がしっとりして、ハリが強くなったような気がした。
毛先までまんべんなく塗り込もうとすると結構な量を消費してしまうが、明後日の分までならなんとかもちそうだ。
コンディショナーを髪に浸透させるまでの間、ボディソープの泡で全身を覆うようにして洗い、最後に頭からシャワーを浴びて全部すすぎ流す。
時間にすると十分もかかっていない。先ほどヒロカはこの個室の中で五十分間も何をすることがあったのか、気になってしまった。
鏡の前、裸の自分を眺める。
今までそれほど意識したこともなかった自分の容姿。
ヒロカが色々とエッチなことを言ってくるのは、私に興味を持ってくれているからなのだろうが、そういう人が現れて初めて自分の体のことを改めて気にするようになった。
どこか変なところはないか、標準的な体型に対して太いのか、細いのか。スタイルが良いとは言われることがあるが、それは多少上背があるからであって、女らしさという意味でどうなのかの評価が気になった。
いくら細くて背が高くても枯れ木のように無表情では魅力的とは言えない。
女性らしさ、といえばやっぱりバストとか腰回りなのだろうが……どちらも比較対象がないので自己評価のしようがない。
だからといってヒロカと一緒にお風呂に入ったところで、経験値は増えないことも分かっていた。
彼女は私とはまた違う、別の路線を走っている。しかもトップクラスだ。
失礼なことを考えながら、ドライヤーで髪を乾かす。
長い上に量が多いので、お風呂に入っているのと同じくらいの時間をかけてやっと乾かし終わる。
下着とガウンを着て、浴室を出た。
ヒロカはベッドの中に収まって、こちらに背を向けてスマホをいじっている。
なんとなく緊張しながら、ベッドの縁に腰を下ろす。
なんとなくベッドの隣に入り込みそびれて、私は意味もなく髪を弄んだ。
ヒロカが短く息を吐いて、スマホを枕元に置いた。
ゆっくりと仰向けに姿勢を変えると、私の手をそっと握ってきた。
「……こっちきて」
妙に艶っぽい声でヒロカが私を呼ぶ。
またわざと雰囲気を出してやってるんじゃないかと疑いつつも、私は素直に従って掛け布団の下に体を滑り込ませた。
一人で床につくときにはない、誰かの熱に暖められたシーツの感触が新鮮だった。
私たちは手を繋いだまま、二人で並んでベッドに横たわる。
「……温かいね」
私は思ったままのことを口にしていた。
左耳に、ヒロカがクスリと笑う声が聞こえた。
「メイって、いつも寝るときは真っ暗にしてるの?」
囁くような声が聞いてくる。
私は枕元の照明コントローラに手を伸ばした。
ユニットバス側のスタンドライトだけ最小設定で点ける以外はすべてOFFにした。
「……このくらいだけど、大丈夫?」
辛うじて隣に寝ているヒロカの表情が分かる程度の、暖色の灯り。
ヒロカが小さく頷いたのが分かった。
「寝るときに真っ暗にしない人は、寂しがりなんだって」
「……当たってる、かも」
「でも、このくらいがちょうどいいね。見えるか見えないかくらい」
なんだか意味深な発言だがあまり気にしないことにした。
ヒロカがもぞりと動いて、私の手を導く。
頭の下に私の二の腕を通して、寄り添ってくる。
「あぁ、憧れのポジション……」
「……何だか私偉そうだね」
「様になってるよ。右手にタバコかお酒のグラスって感じ」
「……どこ目指してるの?」
「大人の男」
「女の子だってば」
「ほら、いいから、私の頭に手乗せて」
言われるがままに、私は腕枕をしている左手でヒロカの頭を撫でた。
「あ……これいいかも」
「落ち着く?」
「うん、すぐ眠っちゃいそう」
言いながら、すでに口調が今にも落ちてしまいそうだ。
ホッとしたような残念なような複雑な気分だったが、静かな呼吸と確かな体温を感じている内に、私の気持ちはすっかり満たされていた。
私の方こそ、気を抜くとそのまま眠ってしまいそうである。
そういえば、ヒロカの家に泊まった時は、疲れたと言い訳をしてさっさと寝たふりを決め込んでしまった。
実際には全く寝付けず、夜中の三時くらいまで寝返りを繰り返していたのだが。
あの時から、自分は何か変われただろうか?
ヒロカと一緒に時間を過ごして、ずっと距離が縮まった気がするけど。
ヒロカが私のためにしてくれたことに対して、どれだけ報いているだろう。
こんなに素敵な親友がすぐ隣にいて、しかもその人は自分のために出来る限りのことをして尽くしてくれる。
自分がそうまでしてもらえるだけの価値が有るかなんて考えだすと、今のままじゃダメなんじゃないかという焦りが滲んでくる。
ヒロカの手のひらが私の胸の真ん中に置かれたことに気づいて、思考を中断した。
「なんか、難しいこと考えてるでしょ?」
「……分かるの?」
「……前も言ったけど、分からないと思う?」
手のひらが、とんとんと優しく心臓の上を叩く。
腕枕しているのに、私が寝かしつけられているみたいだ。
「メイのこと、何でも分かるんだよ。どんなことが嬉しくて、どんなことが辛いのか」
温かい。柔らかい。優しい。
そんな言葉でしか表現できない自分がもどかしい。
その声と手のひらの感触。
その言葉の通り、私の焦りを見ぬいて、そのしこりをほぐして、少しでも安心させるように。
そんなに慌てなくていいよと、私の心臓に語りかけるように、ゆっくりとその愛撫は続く。
本当に、ヒロカという人は不思議だ。
何故私の心をこうも見透かして、私が欲しい言葉と優しさを届けてくれるんだろう。
「……あのね、ヒロカ」
「うん?」
「私、怖いんだ。楽しければ楽しいほど。ヒロカと大切な時間を共有すればするほど。いつかそれが終わっちゃうことが、怖くてたまらないの」
「……うん」
何も飾らず、ただ頭の中の言葉をそのまま口から吐き出すようにして、言葉を紡ぐ。
ヒロカの前でだけは、素直になることにも少し慣れたと思う。
「前にここで言ってくれたこと、試してみてるんだ。できることを全部やって、あとは結果を受け入れるって。でも、上手く出来る自信がないんだ。私、欲張りなんだよ。音楽もそうだけど、ヒロカと過ごす時間も、楽しいことがいくらあっても満足できなくて」
「うん」
「今まで、ヒロカと会うまでは、大切なモノなんて何も持ってなかったのかもしれない。なのに突然こんなに素敵な宝物をもらっちゃって、どうしていいのか分かんないんだよ。誰かに汚されたり壊されたりしたくなくて、どんどん臆病になる。ただ幸せな気持ちでいればいいのに、それが出来ないの」
こんなにも素晴らしい経験を共有できて、こんなにも思いやってもらえることが嘘みたいで……頭の何処かで、またそれを突然奪われるんじゃないかと怯える気持ちが拭えない。
もしかしたら、そんなことは言葉にしなくてもヒロカにはもう伝わっているかもしれない。
伝えたところで、どうにか出来る問題じゃないかもしれない。
でも、私が言葉にする想いを、ヒロカに聞いて欲しいと思う。
「欲張りって、いけないことじゃないと思うよ」
迷わずに、ヒロカはそう答えた。
「楽しいことなら、いくらでも欲しくて当たり前だよ。楽しいことがなかったら生きていけないもん。それに……」
ヒロカの体が、私の左半身に重なる。
「誰にも邪魔させたりしないよ。どんな障害があったって、私達はいっぱい楽しい思い出を作るんだから」
「……本当に?」
「本当に。気安くこんな約束したりしないよ。これからずーっと、何年でも一緒にいたいって思えるから、言えるんだ」
「……」
「焦って変わろうなんて思わなくていいよ。抱えてる不安とかも全部含めて今のメイで、私はそのそばにいたいんだから。少し危なっかしいところもあるけど、私はメイのそういうところすごく魅力的だと思う。この人との関係を大切にしなきゃって、胸が切なくなるの。あのね?」
ヒロカが私の顔を見上げる。頬に触れる前髪の感触がくすぐったい。
「私達の関係は、メイ一人が作ってるものじゃないんだよ?私の気持ちだって、半分は入ってるんだからね。メイ一人の悩みだけで、この繋がりは簡単に変わったりしないよ。私だって大切にしてるんだから。忘れないで」
反省させられた。
確かに一人でまるごと抱え込んでしまっていたかもしれない。
それで勝手に落ち込んでいたことを思うと、恥ずかしくなる。
「っていっても、簡単には安心できないのも、分かってるからね」
次の私の思考を先回りしたように、笑いながら言うヒロカ。
「ごめんね。これから、何度もこんな堂々巡りみたいなことに付きあわせちゃうかもしれない」
「いいんだってば。何回でも確かめて。何回でも、同じこと答えるから」
「……ありがとう」
「うぅん、ごめんも、ありがとうも、いらないよ。私だって、何回でも言葉にしたいもん」
穏やかなヒロカの口調。
その言葉の一つ一つから、ヒロカがどれだけ私達の繋がりを大切に思ってくれているのかが伝わってくるようだった。
「出来る限り、一緒にいようね。そばにいるのが当たり前になるくらい。今日みたいに楽しいこといっぱいして、寂しいなんて感じる暇ないくらいに」
一緒に高岡に行ったこと。
二人でカフェで昼ごはんを食べたこと。
そしてなにより、初めて路上で演奏したこと。
今日一日ずっと一緒に居た時間は、私達にとって特別な思い出になった。
こんな記憶がこれからも増え続けていくなら、私の不安も少しずつ薄らいでいくのかも知れない。
「あ、メイ」
「……ん?」
「今日、おまじない、してないよね」
「あ、うん、そうだね……」
「だから寝る前にちょっと寂しくなっちゃったんだね……」
メイが上半身を起こして、顔を近づけてくる。
私はいつものように、少し目をそらして照れくささに耐えながらもその感触が訪れるのを待ちわびる。
「あ」
私の頬の直前で、ヒロカの唇がブレーキをかける。焦らされた私は視線で軽く抗議する。
「……今日は、特別バージョン」
そう言って、ヒロカは私の胸元に唇を寄せて……。
「え?……あっ!」
ガウンの胸元、少しはだけたその隙間に顔を滑りこませる。
さっきまで手のひらを当てていた心臓の部分に、ヒロカの唇は着地した。
どくっと音を立てて、大量の血液を体中に向けて放出する心臓。
意識ははっきりしているのに、突然電気ショックで蘇生処置を叩きこまれたような衝撃だった。
「……あぁ……ぁ……ぁぁっ……」
頭の天辺から漏れ出るような、聞いたことのない声が私の喉の奥から出てきた。
酷くはしたない声だと思った。
それ以上ヒロカに聞かれたくなくて、ヒロカの顔を胸から引き剥がそうとしたはずなのに、意志に反して私の両腕は彼女の頭を抱きしめていた。
どうして……。
「……っ」
その反応に呼応するように、ヒロカの両唇が胸の皮膚に吸い付く。
あれだけ鍛えたはずの私の声はいとも簡単に裏返った。
心臓から直接血を吸いだされようとしているかのような錯覚。
背中が反って、顎が上がる。呼吸が止まる。
酸素を求めて喘ぐように開いた口からは、蚊の鳴くような声が出て行くばかりだ。
五秒くらい、そのままの姿勢で固まっていただろうか。
ちゅぅっと、いつものおまじないの可愛らしい音とは全く違う、それだけで赤面してしまいそうないやらしい音を立ててヒロカの唇が離れる。
糸の切れた操り人形のように脱力した私の体はベッドの上に落下する。
同時に、息を吐き続けていた肺に、一気に酸素が流入した。
頭の中が真っ白で、視界にも白い靄がかかっているかのようだった。
「くすぐりは効かないメイも、これは効いちゃったのかなー?」
上から私の顔を覗き込むヒロカ。
おどけようとした声が少し上ずっている。
私は顔を隠したいのに、思うように腕が動かなくて、焦点の定まらない目でヒロカの顔を見返すことしか出来なかった。
「仕返しするって言ったでしょ?わ、私の知らない誰かとお風呂とか行ったら、その痕、見られちゃうからね」
「…………」
イタズラ心のつもりでやったことなのに、私の反応が想定と違いすぎたらしく、ヒロカは慌てているようだった。
「ご、ごめん……。メイ、ちょっとやりすぎたかも……」
私は、大丈夫、と返事をしたつもりだったが、吐息しか漏れなかった。
代わりに、ヒロカの手をとって、心臓の上に導いた。
「う、うわ、凄い。ばくばく言ってる……」
自分がそうした癖に、ヒロカは私の脈拍の激しさに引いている。
体がふわふわして、今日の路上ライブを終えた直後のような浮遊感だった。
「も、もう……らない」
「え?メイ、何?」
私は一つ息を飲み込んで、身を守るように胸の前で腕を交差させながら、なんとか意味の通じる言葉を絞り出した。
「ヒロカとは……絶対、お風呂……一緒に入らない」
「な、なんでそうなるの?!」
「ヒロカ……いくらなんでも……やることがいやらし過ぎ」
「め、メイこそ、なんなの?!反応エロ過ぎ!私までドキドキしちゃったじゃん!」
「……」
「……」
「じゃあ、ヒロカにも、やってあげようか?くすぐったがりのヒロカは、どうなっちゃうのか、試してみる?」
「ごめんなさい。許して」
平謝りのヒロカに、私は一つ浅いため息を付いた。
やっと心拍が落ち着いてきた。
「ねえ、どうやったらあんなことしてみようって発想が出てくるの?」
「えー……。なんか、本能的っていうか、直感的っていうか」
「根っからエッチなのね」
「ひどーい!……そこまで言わなくても」
しゅんとなったヒロカを、私は仕方ないなという顔を作って、ぎゅっと抱き寄せた。
「……急で、少しびっくりしただけだから」
「え?」
「なんていうのかな……。嫌では、なかったよ」
おでこをくっつけて、私の熱を伝えようとしたが、ヒロカも私と同じくらい熱かった。
「そうなの?」
「ヒロカと一緒にいて、エッチが伝染ったかな?」
「えー、私のせい?」
膨れるヒロカを見ていると、こうして体を寄せているだけでは足りないと感じてしまう。
どうしていいのかは分からないけど、もっと近くに行って、もっと深く繋がりたい欲求がどんどん膨らんでいく。
きっと、ヒロカも同じ気持ちで、勇気を出して行動に移してくれたんだ。
私だって、その思いに応えたい。
「嘘だよ。私達似た者同士だし」
「そうだね。今ね、メイが考えてること、分かるよ」
「私も。今同じこと考えてるよね」
「……せーのっ」
『キスしたい』
「……」
「……」
自然と、私達の唇同士が引かれ合っていった。
磁石同士がくっつくような、それは本当に無理のない接近だった。
女の子同士だって、まったく不思議なんかじゃない。
むしろどうして今までそうしなかったんだろうと思うくらい。
ゆっくりと、私たちは唇を重ねた。
ただ触れ合うだけ。
お互いの想いを唇で交換しあうだけ。
一線を越えたことに対する感慨みたいなものがあるのかと思っていたら、ただただ穏やかに気分が落ち着いて、あるべき姿に戻った安心感だけが唇から全身に広がっていった。
十秒よりは長く、十分よりは短い時間、私たちは思いつく限り最も自然な形で繋がっていた。
手をつなぐこととも、抱き合うこととも違う、愛しいという想いを伝えるための器官同士の接触。
何かの間違いでその結合が解かれてしまったら、その理由を視線で問いかけあう。
そして、もう一度繋がればいいだけだと二人で答えを出して、また唇を重ねる。
この狭い部屋の中では、誰も疑問など抱かない。邪魔するものは何もない。
永遠とも思える時間がまどろみの中に溶けてしまうまで、私たちは声のない会話をするように、ただキスを繰り返した。
その土曜日は、私にとって忘れられない休日になった。




