30.ヒロカ
家に着くと七時半頃だった。
店番のお父さんは「遅かったな」と一言声をかけてきただけだったので、学校から連絡は来ていないようだ。
学園祭の準備で色々ね、とお茶を濁して茶の間に入る。
いつも通り、私の分の夕食がテーブルの上に用意されていた。
少し冷めていたが、そのまま食べた。
「冷蔵庫にプリンあるよ」というメモがお茶碗の下に挟まっていた。
私は少し考えて、電話台のペン立てからボールペンを取り、「ありがとう、ご馳走様」と書いて、座布団の下にそのメモを隠した。
私が忘れた頃くらいに見つけてくれるとちょうどいい。
プリンとスプーンを持って二階に上がる。
物があふれた私の部屋。
クッションの上に置かれたウサギのぬいぐるみの隣に腰掛けて、プリンを食べた。
当然のように甘くて、美味しかった。
俯いて動かないウサギの横顔がメイと重なった。
帰っても声をかけてくれる人もいない。
ご飯も用意されてなければ、甘いプリンを買っておいてくれる人もいない。
一人ベッドで膝を抱えるメイを想像すると、涙が溢れてきそうだった。
私は食べかけのプリンを畳の上に置いて、スマホを取り出した。
メイからの連絡は何もない。メールアプリを立ち上げた。
『メイが最高に気持ちよく歌えるように、全力で練習するからね。明日、楽しみにしてて!』
メールを送り、残りのプリンを掻き込むようにして食べ終え、私はギターを構えた。
ウサギをメイに見立てて、一音一音心を込めて弾く。
どんな感情も、今は練習への情熱に変換しよう。
メイが果たしたい目的の足を引っ張るなんて許されない。
逆に私が押し上げて、想像以上の結果を二人で掴めるように。
その日の練習は深夜三時まで続いた。




