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Whatever  作者: けいぞう
14/78

14.メイ

 なんだかまだふわふわする足取りのまま、私は改札に向かった。

 カバンの中からパスケースを取り出して読み取り機にタッチする。

 ピッと音がして、改札のゲートが開く。

 ふと、私は予感がして振り向いた。

 さっき駅の入り口で別れたはずの紺野さんが、改札の向こうからこっちを見ていた。

 なんだか留守番を命じられた子犬みたいだと思った。


 私は笑って、両手を大きく振った。


「また明日!」


 その一言が魔法の言葉であったかのように、ぱっと笑顔を輝かせて、


「うん!また明日!」


 大きな声で答えてくれた。

 私はエスカレーターに乗って、紺野さんが見えなくなるまで手を振った。


 胸が暖かい。明日を楽しみに思うなんて、本当に久しぶりだった。


 夕焼けのホーム。火照った頬を秋風が撫でていく。

 私はイヤフォンをして、『Whatever』の動画を検索して再生した。

 歌詞の意味は完全には分からないけど、自由というフレーズが今の私の気分にぴったりだった。

 今までなぜ私は、自分に音楽を聴いたり歌を歌う機会を与えなかったのか。

 別に誰も禁止なんかしていないし、それこそ自由だったはずなのに。


 何となく、軽薄なことのような気がして敬遠していたのかもしれない。

 音楽なんて自分に似合わないし、やってみても楽しめないだろうと決めつけていた。

 紺野さんとの出会いは、それが間違いだったと気づかせてくれた。


 ホームからは校舎と、さっきまでいたカラオケボックスが見える。

 たった数日紺野さん一緒にと過ごしただけで、目の前の風景はガラリと色合いを変えたような気がした。


 一曲でも多く、紺野さんのギターに合わせて歌える曲を増やそう。

 きっともっと楽しい。

 到着した電車に乗り込んで、私はゆっくりと麻生駅から遠ざかっていく。

 また明日。小さくなっていくホームを眺めながら、私はもう一度小さく呟いた。


---


 次の日の休み時間、私の机の上には塔のようにうず高く、大量のCDが積まれていた。


「これと、これと、これがお気に入りのアルバム!あと、こっちも!オススメの曲の番号は付箋で貼ってあるから、参考にしてね」


 弾む声で、紺野さんはニコニコしながら曲の説明をしてくれる。私は少し圧倒されながらも、なんだか宝の山を目の前にしたみたいでワクワクしていた。


「あの、凄く基本的な質問があるんだけど」

「え?なになに?」


 机の向かい側から身を乗り出してくる紺野さんに、私はおずおずとその質問をした。


「このCDを、どうやったらこれで聴けるようになるの?」


 スマホをしげしげと眺める私。

 やっぱりCDを挿入するような口は見つからない。


「え?冴木さん、音楽はダウンロードして聞いてたの?」

「……ダウンロード?」


 またわからない言葉が出てきた。


「えっと、CDからだと、パソコンに音楽を取り込んで、それからスマホに転送するんだよ」

「え?パソコン……って必ず必要なの?」

「うん、CDからだったら、多分そうするしかないかな」

「……やっぱり、難しいのね。パソコン、買ったほうがいいのかな……」


 私は頭を抱える。

 せっかく宝の山が目の前にあるというのに。


「あのね、恥ずかしい話なんだけど、私本当にこういうことやったことがなくて……」


 すると紺野さんは得意そうに笑って、任せて、と胸を張った。


「私のパソコンでやろう。冴木さん、今日は何か予定ある?よかったら私のうちに来ない?」

「いいの?」

「もちろん。早く聴けるようになったほうがいいでしょ?」


 紺野さんの家にお邪魔する……。想像するとなんだか緊張する。


「何か、お土産とか持って行ったほうがいいのかな?」


 紺野さんは目をぱちくりさせて、笑った。


「そんなのいらないよ!友達の家に遊びに来るだけなんだから!」


 友達。家に遊びに……。

 その意味を確かめるように私は呟いた。

 カラオケのお誘いメールもそうだったが、最近初体験の連続だ。


「そっか、友達、ね」

「え?うん、友達。でしょ?」


 こんな風にわざわざ私のためにCDを持ってきてくれたり、昼休みに別のクラスから会いに来てくれたりする友達も、初めてだったかもしれない。


 チャイムが鳴って、紺野さんは慌てて自分の教室に戻っていった。

 大人しそうだと思っていたが、彼女が友人に見せる素の性格はあっちの方なのかもしれない。



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