14.メイ
なんだかまだふわふわする足取りのまま、私は改札に向かった。
カバンの中からパスケースを取り出して読み取り機にタッチする。
ピッと音がして、改札のゲートが開く。
ふと、私は予感がして振り向いた。
さっき駅の入り口で別れたはずの紺野さんが、改札の向こうからこっちを見ていた。
なんだか留守番を命じられた子犬みたいだと思った。
私は笑って、両手を大きく振った。
「また明日!」
その一言が魔法の言葉であったかのように、ぱっと笑顔を輝かせて、
「うん!また明日!」
大きな声で答えてくれた。
私はエスカレーターに乗って、紺野さんが見えなくなるまで手を振った。
胸が暖かい。明日を楽しみに思うなんて、本当に久しぶりだった。
夕焼けのホーム。火照った頬を秋風が撫でていく。
私はイヤフォンをして、『Whatever』の動画を検索して再生した。
歌詞の意味は完全には分からないけど、自由というフレーズが今の私の気分にぴったりだった。
今までなぜ私は、自分に音楽を聴いたり歌を歌う機会を与えなかったのか。
別に誰も禁止なんかしていないし、それこそ自由だったはずなのに。
何となく、軽薄なことのような気がして敬遠していたのかもしれない。
音楽なんて自分に似合わないし、やってみても楽しめないだろうと決めつけていた。
紺野さんとの出会いは、それが間違いだったと気づかせてくれた。
ホームからは校舎と、さっきまでいたカラオケボックスが見える。
たった数日紺野さん一緒にと過ごしただけで、目の前の風景はガラリと色合いを変えたような気がした。
一曲でも多く、紺野さんのギターに合わせて歌える曲を増やそう。
きっともっと楽しい。
到着した電車に乗り込んで、私はゆっくりと麻生駅から遠ざかっていく。
また明日。小さくなっていくホームを眺めながら、私はもう一度小さく呟いた。
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次の日の休み時間、私の机の上には塔のようにうず高く、大量のCDが積まれていた。
「これと、これと、これがお気に入りのアルバム!あと、こっちも!オススメの曲の番号は付箋で貼ってあるから、参考にしてね」
弾む声で、紺野さんはニコニコしながら曲の説明をしてくれる。私は少し圧倒されながらも、なんだか宝の山を目の前にしたみたいでワクワクしていた。
「あの、凄く基本的な質問があるんだけど」
「え?なになに?」
机の向かい側から身を乗り出してくる紺野さんに、私はおずおずとその質問をした。
「このCDを、どうやったらこれで聴けるようになるの?」
スマホをしげしげと眺める私。
やっぱりCDを挿入するような口は見つからない。
「え?冴木さん、音楽はダウンロードして聞いてたの?」
「……ダウンロード?」
またわからない言葉が出てきた。
「えっと、CDからだと、パソコンに音楽を取り込んで、それからスマホに転送するんだよ」
「え?パソコン……って必ず必要なの?」
「うん、CDからだったら、多分そうするしかないかな」
「……やっぱり、難しいのね。パソコン、買ったほうがいいのかな……」
私は頭を抱える。
せっかく宝の山が目の前にあるというのに。
「あのね、恥ずかしい話なんだけど、私本当にこういうことやったことがなくて……」
すると紺野さんは得意そうに笑って、任せて、と胸を張った。
「私のパソコンでやろう。冴木さん、今日は何か予定ある?よかったら私のうちに来ない?」
「いいの?」
「もちろん。早く聴けるようになったほうがいいでしょ?」
紺野さんの家にお邪魔する……。想像するとなんだか緊張する。
「何か、お土産とか持って行ったほうがいいのかな?」
紺野さんは目をぱちくりさせて、笑った。
「そんなのいらないよ!友達の家に遊びに来るだけなんだから!」
友達。家に遊びに……。
その意味を確かめるように私は呟いた。
カラオケのお誘いメールもそうだったが、最近初体験の連続だ。
「そっか、友達、ね」
「え?うん、友達。でしょ?」
こんな風にわざわざ私のためにCDを持ってきてくれたり、昼休みに別のクラスから会いに来てくれたりする友達も、初めてだったかもしれない。
チャイムが鳴って、紺野さんは慌てて自分の教室に戻っていった。
大人しそうだと思っていたが、彼女が友人に見せる素の性格はあっちの方なのかもしれない。