隣の芝生は青い12
「まぁ、好きな女って言っても名前も知らない相手だけどね」
貢物のようにたくさんあった愛情タップリの手作り弁当などをたらふく食べたイケメン天王寺はプゥーと息を吐き、食べすぎたーと言いながら、屋上の柵に触れて校庭の様子を眺めていた。
てか、よくあれだけの量を食べきれたな。
「え?」
念のために言っておくが、天王寺の言葉が聞き取れなかった訳じゃない。
「うーん、オレさ子供の頃、体弱くて小学一年のその年田舎の祖母の家で暮らしてた事があったんだけどさ」
天王寺とは長い付き合いだがそれは初耳だった。
小学一年生…?うん?
すぐに疑問を感じて問い掛けた。
「おかしくないか?オレ達出会ったのは小学一年生の頃だろう?」
そうだ、天王寺と初めて会ったのは小学一年生だった。
「言ってなかったっけ?オレ病気が原因で小学校留年してるんだ、だから本当はお前より年上、ちゃんと敬えよ」
オレの額をポンと指で弾きながら言われた。
そんな大事なこと全く知らなかった。
「天王寺もイケメンの割に苦労してんだな」
「イケメンの割にって何だよ?まぁ、その一年の療養のお陰で今はすこぶる元気さ」
これまた昭和ちっくに両手を使って、まぁ、その話しは置いといて、と表現した。
「病室のベッドから見える景色はいつも同じで退屈で、でも、そんな生活の中で院内を走り回る元気な女の子を見るのが唯一の楽しみだった」
イケメン天王寺のそんな不自由な生活、想像できなかった。
ちょっとだけ天王寺が身近に感じられた。
「まぁ、看護師さん達はめちゃくちゃ優しい人ばかりで、何故かオレの食事だけ豪華だったりしたけど」
前言撤回だ。
「誰かのお見舞いに来てたんだろうな、麦わら帽子に白のワンピース、一見おしとやかそうな女の子なのに、木登りまでして、ああ、動けるっていいな、オレも早く外に出たいな、そんな風に思ってた」
そこで、天王寺はグィと、愛のメッセージが書かれている缶コーヒーを飲み干した。
…、…、…。
ん?
数秒の静寂。
校庭にいた女子生徒が天王寺の存在に気付き、黄色い歓声を上げ始めた。
「で?」
下に向かって手を振っている天王寺にしびれを切らし、話しを促した。
「え?」
「で?それからどうなったんだ?」
「それで終わりだけど?」
「は?」
「オレの初恋さ」
意味が分からない…。
たったそれだけ?
病室の窓から見ていた、麦わら帽子の白のワンピースの女の子?
田舎の病室…?
ん?
「田舎ってどこの病室だ?」
「え?G県だけど…」
G県の病院…、お見舞い?木登り?まさか、まさか…。
小さい頃、オレは祖父が入院しているG県の病院へ何度かお見舞いに行ったことがあった。
女の子が欲しかったうちの両親は、三人目も男だと知った時、相当ショックを受けたらしい。
次こそは女の子だと願掛けのつもりで買っていた女服を、幼きオレによく着せていることがあった。
中でも白のワンピースはよく着せられていた記憶がある…。
ああ、間違いない、その女の子はオレだ。
天王寺、すまない。
ああ、神様、真実を打ち明けるべきなのでしょうか?