08 Hot-Spring
今回はエイワズの視点でお送りします。短めです。
エイワズは昼食を食べた後、レイモンドから与えられた毛皮のコートを着て、飛び出すように村の裏にある温泉を目指した。腰のベルトからは愛用の短剣を下げ、手には大きな籠を持って。
騎士様が与えてくださるこの村での暮らしはとても豊かだ。全てが本当はただの夢なのではないかと疑ってしまうほど幸せだ。
今までに寝たこともないような柔らかなベッドで毎日寝起きし、家の中はいつも温かい。食事は一日三食のおやつ付き。ほぼ毎食のように卵を食べさせてもらえる上、お肉が出ることもしょっちゅうある。騎士様の作る料理はどれも美味しい物ばかりで、甘い物もたくさん食べさせてもらえた。
故郷の村は騎士様の村ほど豊かな場所ではなかった。土地は痩せ、不作が多く、農業や畜産以外にも魔物の出る森へ食べ物を求めることもしていた。そうやって苦労して得た食べ物も質ではこの村の物と比べ物にならない。
卵だってそう安々と食べられる物ではなかったし、食事は一日二食あれば良い方だった。
それと忘れてはいけない。騎士様は騎士様なのだ。
故郷の村には騎士はいなかった。村を治める領主様が暮らす町まで行ってようやく一人いるだけだ。騎士とは強くて、特別な人を意味し、その身分は貴族に近い。本来であれば、僕のような平民には相手にもされない。
だが、そんな身分の高い騎士様が、僕を気にかけてくれる。
そして今度はその騎士様から剣を教えてもらえるのだ。これほど幸運なことはあるだろうか。
僕にそこまで良くしてくれた騎士様が、今度は僕に仕事を任せてくれた!
騎士様の期待を裏切らないためにも、絶対にやり遂げてみせよう。
意気揚々とエイワズは村の温泉へと向かったが、そこは小高い場所に築かれた池ほどの大きさをした露店風呂であった。木製の立派な屋根が温泉を覆い、周囲には風よけのために藁葺の柵まで設けられていた。
温泉は清潔で、ゴミが浮いているようには見えず、その辺の清んだ池よりも綺麗だ。
そして村の外だから用心するように言われたが、ここはとても安全そうに見えた。
「おーい、エイワズ!湯加減はどうだー!」
村の中から騎士様の声がした。
家を出るとき、騎士様に持たされた籠の中を見てみてば、卵の他に大きな手ぬぐい、おやつの林檎、そして水を入れた水筒まで入っていた。
つまり、風呂にでも入っていろということですか、騎士様………
「大人しく温泉に入ろ」
独り言をつぶやき、僕は一人ゆっくりと温泉に浸からせてもらった。
温泉は温かく、とてつもなく気持ちが良い。ベッドとはまた違った温かさで骨の髄まで温められているようだ。
そしてこの温泉は景色が抜群に良い。
村は山に囲まれ、今は山に雪が積もっている。雪に覆われた真っ白な山はとても綺麗だ。普段なら見ているだけで寒そうだと感じる雪山だが、温かい温泉の中から見ると普段と違って見える。
しばらく温泉に浸かっていたら、雪掻きの仕事を終えた騎士様も疲れを癒しに温泉に入りに来た。
並んでじっくりと温まった後、家まで一緒に帰った。
帰り道は寒かったが、温泉で温まったおかげか、身体はずっとホカホカしていた。
露店風呂:人類が地上で見つけた楽園。冬の寒さの中であろうが、目の前に雪降り積もる山があろうと、湯船の中は温かい。身体の疲れや老廃物は勿論のこと、心の疲れも癒す大地の恵み。