07 Work
村の家々に魔法をかけて歩くこと五十軒、そろそろ休んでおいた方が良さそう。魔力は余裕があった方が回復も早い。
それにエイワズのことも心配になってきた。
「エイワズ、家に入って暖炉に火を入れてくれ。休憩だ!」
俺が声を挙げると、離れた所で何かがどかりと雪に倒れ込む音がした。
恐らく、エイワズだろう。倒れ込んだということは、真面目に雪掻きをしていたと診てまず間違えないだろう。あの年頃は皆半日しない内に雪に倒れる。俺自身も倒れた経験があるし、空き地に積み上げられた雪の上で寝てしまったこともある。
あの時は偶然通りかかった神様に救出してもらったのだった。確か、神様の家で温かいアップルサイダーをご馳走になった。
アップルサイダー、林檎を磨り潰し、香辛料を一緒に煮た飲み物だ。酵母を使ってアルコール飲料にすることもある。
昔は村でも良く作ったが、アレは中々手間が掛かる。それに良い味を出すには熟練の技と感がいる。
俺では、アップルサイダーは無理だな。それに林檎はあっても香辛料がない。村のレシピでは、香辛料にはシナモンが欠かせないのだが、シナモンは村の周りでは手に入らない。そのため行商人を頼っていた。
次に行商人が来たとき、頼んでおく他に入手方はない。
アップルサイダーは無理だが、代わりに焼き林檎なら作れる。輪切りにした林檎を、油を引いたフライパンの上で軽く焼き、上から樹液から作ったシロップなどをかけて食べると美味い。神様は分厚く切った林檎をじっくりと焼いて食べるのが好きだった。
「さて、おやつのメニューは決まったが昼食が決まらない」
まさか、また蜂蜜芋とはいくまい。
しかし、手の込み過ぎた物を作り、エイワズを待たせる訳にも行かない。エイワズの歳は育ち盛りの食べ盛りだ。それが朝から雪掻きをしていたのだから、さぞ腹を空かせたことだろう。
となると、大麦の粥だな。大麦の粥は手軽に作れる上、消化も悪くない。ついでに卵も入れるか。卵なら鶏の数が二年前よりも増えている関係で有り余るほどある。
家に帰ると、既にエイワズは暖炉に火を入れる作業に入っていた。
最初は乾燥した小さな枝や枯草を燃やし、少しずつ大きな薪を入れていく。朝、火種を残しておいたので火はすぐに付くだろう。
「エイワズ、火を頼む。俺は鍋に水を汲んでくる」
「騎士様、水汲みなら僕がやりますよ」
「いや、君はそのまま暖炉の前にいろ。すぐに戻る」
エイワズを少しでも温かい家の中に残し、井戸で水を汲み、帰りに家の裏の食糧庫から昼食の食材を選ぶ。今は二人分の食事を作るので、持ち出す量もこれまでの倍だ。ずっとストックが溜まっていく一方の食料だったが、エイワズが来たことで少しは消費に転じてくれると嬉しい。せっかく作った食料なのだから、美味しい内に消費したいのだ。
料理は暖炉で行う。釜土を完備した厨房がないわけではないが、暖炉の方が何かと手軽なのだ。ここ二年間、料理はもっぱら居間の暖炉で済ませてきた。もしも母が生きていれば、見苦しいと苦言を言われていたことだろう。いや、もしかしたら死後、神様のもとでアレコレと言われるかもしれない。細かいことには目を瞑ってもらえることを祈るばかりだ。
材料を鍋に入れ、暖炉の火にかけた後、火を見ながらエイワズに話しかける。
「エイワズ、雪掻きはどうだった?」
「もう、くたくたです、騎士様」
「そうだろうな。俺も昔はそうだった。だが、苦労しなければ力も技も実に着かない。なによりも地道な苦労は後々、自信につながる」
「そうですね。頑張りもしないで、強くなれるはずありませんよね」
エイワズは鍋の様子を見ながら前向きな言葉を紡いだ。
「そう、その息だ」
「ありがとうございます、騎士様。ああ、そうだ。これ食べたら僕また雪掻きに戻りますね。まだ教会まで雪掻きできてないんです」
「いや、その必要はない。雪掻きは昼までだ」
雪掻きは丸一日することではない。そんなことをすれば翌日は筋肉痛で動けなくなる。それに本来、道の雪掻きは神様が転ばないようにするために村が総力を挙げたことだ。だが、今はもう神様はいない。俺とエイワズだけなら注意して歩けば良いだけだ。
エイワズの雪掻きはあくまで剣を修めるための雪掻き。建物の保存のためにやっている俺の雪掻きのような仕事ではない。
「じゃあ、この後僕はなにをすればいいんしょうか?」
「そうだな…基本的にやることもないから、今日は遊んでいていいぞ」
「遊ぶって、じゃあ、騎士様は何をするんですか?」
「俺は雪掻きの仕事がある。今日の内に後50軒は済ませておきたい」
一日で500軒は無理だ。だが、100軒なら何とかなる。優先順位を付けて、雪掻きが必要な建物から毎日順番にやっていく予定だ。
「そんな…なら騎士様の手伝いをします」
エイワズは働き者だ。もしも神様がまだ地上に居られれば、真っ先に騎士に選んでいたことだろう。
「気持ちは嬉しいが、俺のは建物の屋根に魔法をかけて歩くだけだ。別に手が足りないわけではない」
「なら、僕も騎士様についていきます」
と、言われてもな…
どうしたものだろうか?あれだろう、子供は遊んでいていいと言われたら暗くなるまで遊んでいるものだろう。なのにどうしてエイワズは俺の後について来たがる!?
「んん…エイワズ、君はもう半日も雪掻きをした。身体を休めなければ明日に障る。だが、どうしてもと言うのなら、一仕事頼まれてくれ」
「はい、任せてください」
「村の裏に行くと、一か所だけ湯気が上がっている場所がある。それは温泉だ。そこに卵を十ばかり持っていき、温泉の中でじっくりと温めてくれ。温めるついでに温泉の掃除も頼む。服を脱いで、温泉の中にゴミが入っていないか念入りにだ」
「卵を温めて、掃除をすればいいんですね。分りました」
「気をつけろ、温泉に長く浸かり過ぎるとのぼせる。それと一応、村の外だから護身のために武器も持っていけ」
俺の与えた仕事は温泉卵作りと温泉の掃除だが、実際には温泉に浸かっていればいいだけのこと、これは言わば方便だ。
村の温泉:村の裏から湧く名湯。筋肉痛や腰の痛みに利き、美肌効果も期待できる。整備し、温泉宿を建てれば村は観光客を集めることも出来たが、神様が静かに温泉を楽しめるようにと、温泉を村の外に対して秘匿した。
この温泉に数百年間、毎日通った神様のお肌はいつもツルツル。
なお、神様が入るということもあり、その守りは砦のように堅牢だ。設計は遠方の軍事国家が作る国土防衛要塞を参考に行われた。