06 Snow
修行スタート!
エイワズの仲間達を葬った四日後の朝、大粒の雪が降り、レイモンドが目を覚ましたときには既に外は積もった雪で外は一面真っ白だった。
村の家々には屋根の上に雪が積もり、道も空の雲が降りて来たかのように真っ白だった。
「さてと、今年も来たか」
村に降り積もり雪は確かに美しい。しかし、雪が屋根に降り積もれば、その重みで家や建物を潰す。道に積もった雪は放置すれば凍結し、氷となる。凍結した雪の上はとても滑りやすく危険だ。だから村では、神様にもしものことがあってはならないと、冬の間、村人達はその全勢力を挙げて雪掻きをしてきた。
そして雪掻きを通して、村人達は独自の武術まで編み出した。
かつて、神様は雪を司る神であったが、地上に降りたことで霜の神となられた。それでも雪を蔑ろにするのは忍びないが、神様の安全のため、村の中に積もった雪は全て空き地か村の外に移してきた。
今はもう、村に神様はいないため、家の屋根に積もった雪だけを下している。でなければとても手が足りない。
「エイワズ、朝食を食べたら今日からさっそく剣術の稽古をしよう。我が村の伝統武術、雪掻流十字剣術を伝授する」
朝食を暖炉で焼いた蜂蜜芋で手短に済ませ、俺はエイワズを連れて家の外に出た。外は寒いので騎士の装束を着ていく。エイワズには家にあった白い毛皮のコートを与えた。白は保護色となり、雪の中でも襲われ難くしてくれる良い色だ。
「我が村の伝統武術はその昔、一人の騎士が神様のために雪掻きをしたことから始まった」
村の歴史を話したら、エイワズは突然疑わしそうな目でこちらを見て来た。
「続けるぞ。体力と力には自信のあった騎士であったが、彼は気づいた。神様の家の前に積もった雪をどかしただけで疲れ果ててしまった自らの弱さに嘆き。そして、騎士は仲間達と工夫を凝らし、雪掻きにおける最も効率的な身体の動かし方を編み出した。
そして騎士達は春、自分達の剣の腕が格段に上がっていることに気付いた」
「騎士様、それはつまり、雪掻きで強くなったと」
「いや、違う。効果的な雪掻きで強くなったんだ。それ以降、雪掻きは歴代の騎士達によって更なる研究がなされ、ついに我が村は国家最強とも謳われる騎士を輩出するまでに至った」
説明を終えてなおもエイワズは俺に疑いの眼差しを向けて来た。
「まあ、手本を見せよう。
雪掻きにはシャベルを使う。シャベルを手に持つときは、必ず利き手ではない方の手を中心に持つ。利き手は後からだ」
そして、体制は低く、重心を安定させた状態からシャベルで目の前に積もった雪を刺す。
ここで腰に力を入れて雪を持ちあげると、足腰に負担が掛かり、疲労が溜まる。そのため、上に持ち上げる力を僅かに留めながら、手首と腰の動きでシャベルを横に回転させ脇にずらす。こうすることで体力の消費がかなり軽減される上、雪が綺麗にとれる。
問題があるとすれば、技術を習得するのにそれなりの修練を要することだ。
「さて、この修行を繰り返すことで習得できる技がある」
エイワズは雪掻きで強く成れるとは思ってはない。ならば、そのやる気を起こさせてやれば、今後の修行も身が入ることだろう。幸い、この技は派手だ。
今度は二本の木刀を出し、一本はエイワズに渡す。
「技を見せるためだ。その木刀でどこからでも打ち込んで来い」
「はい、騎士様!」
ようやく剣の稽古らしくなったからか、エイワズからは先程よりも強くやる気が窺えた。
「行きますよ~」
彼は右手で木刀を握ると、下段から切り込むと見せかけて、木刀を切り上げ、俺の額目掛けて振り下ろした。
素早く、そして器用にフェイントを混ぜた面白い攻撃だ。
「だが、罠を警戒することを知らない」
雪掻きと同じように姿勢は低く、重心を安定させた状態から木刀を柔らかく前に構え、エイワズが打ち込んできたときに、手首と腰とを腕の動きに連動させ、木刀の先は円を描いた。
円を描く途中、エイワズの打ち込んで来た太刀を弾き、彼が大勢を立て直すよりも先に俺は元の構えに戻っていた。
「エイワズ、俺はこの技を連続して使える。この意味が分かるな」
「はいっ!」
エイワズは木刀を持っていた手を抑えながら答えた。
少し強くやり過ぎただろうか、木刀を弾いた拍子に手を痺れさせてしまったようだ。
「この技は雪掻きを通して会得することに意味がある技だ。それ以外の方法で身に着けるのは邪道だ。そして雪掻きは身体と精神力も鍛えてくれる。雪掻きは何よりの修行だと思って今日一日、家から教会までの道の雪掻きだ」
「はい、騎士様!」
「よろしい、ならば掛かれ!」
「はい!」
その後、少しの間、エイワズに雪掻きの指導をした後、俺は村の仕事をすることにした。
家の上に雪が降り積もると倒壊の原因になる。また、倒壊せずとも、家を傷めることに繫がる。道路の雪掻きはエイワズに任せ、俺は屋根に上り、屋根の上の雪を落とす。村には教会を含めて大小五百ほどの建物がある。一人では絶対に手が足りないため、去年から魔法を使って仕事を手早く済ませることにしている。
神様は日常生活に魔法を持ちこむことを嫌ったが、これをしなければ、今の俺だけでは村は守れない。自分の家と神様の家だけは魔法を使わずに雪を下し、それ以外の家は魔法で済ませる。
「冬雪降りて大地覆えど、我が神は大地と共にある。我が神は農民に恵みを与えし神。我が神は生命の息吹を呼ぶ神。春の訪れと共に大地を覆う雪は溶け、流される」
長い詠唱によって完成したのは、霜の結界と対を成し、それを中和する力を持つ、春の属性魔法だ。あまり得意ではなかったが、去年散々使ったのでかなり上達した。
この魔法を使うと局所的に気温を上げ、ゆっくりと雪を溶かすことができる。
俺の魔力では村全体にこの魔法をかけるのは不可能だが、一度の建物の屋根分までなら余裕だ。一軒、一軒、村の家を周りながら、この魔法を使い、屋根に積もった雪を溶かし、流していく。
雪掻流十字剣術:その昔、神様が雪に足を取られ、転んでしまったことに責任を感じた騎士がいた。彼はそれ以降、神様のために熱心に雪掻きをし、そこで磨き上げた技を仲間の騎士達や村人達に教え、皆で雪掻きをした。春が訪れ、雪がなくなった頃、騎士達の剣はそれまでになく冴えていた。
彼等の動きには雪掻きで培った技術が生かされていたのだ。
それ以降、騎士達は雪掻きを通して武術を学び、武術によって雪掻きの腕を高めた。
国家最強の騎士と君主にまで認められた騎士は、一日にして村中の雪掻きを一人でこなしたと言う。彼は国の首都でこう語った。
『騎士の道は雪の道。道は果てしないが、雪掻きによって着実に前に進む。騎士の通った道は民も転ぶことはなかろう。これぞ騎士道!』