9話 英雄の帰還
小竜を退け続け、一週間が経過していた。二日前より小竜の襲来はパタリとなくなり、民兵たちも十分な休憩を取れていた。
スワンは急な止み方に違和感を覚えずにはいられなかった。
「スワンさん、どうしたんですか?難しそうな顔して。」
カンナがスワンに問いかけてきた。
「妙な胸騒ぎがするのです。もし、今の状態で竜の襲撃があれば…いや、いつかはあるだ…そうしたらまたあの爆発が起こるのでしょう。あの時はサモンが何らかの手を尽くして我々を守ってくれたから助かった。だが次は…」
スワンたちはサモンたちと竜の対決を見ていない。故に、竜の姿も、なぜ強大な爆発音が轟いたのかもわかっていなかった。しかし、この村にいる全員で向かっても敵わないことだけは本能的に察知していた。
「…スワンさん、確かに厳しい戦いになると思う。でも、諦められないでしょ?私たちが諦めたらそこでこの村は終わりなのよ。後ろに下がれないならやることは一つしかないじゃない。命がけよ、私たち2人の命で足りないなら全員分かけましょ。」
そういってカンナは複数の民兵で押しながら巨大な筒を持ってきた。
「ビッグ・リボルバー!この機構の名前よ。基本は火薬で鋼の弾を撃つ。でも射出部に通じるこのミスリルに魔力を通せば、火薬のみより何倍も速い弾が打てるのよ。サモンやお母さんの魔力には到底追いつけないでしょうけど、全員で一発の弾に魔力を込めれば…もしかしたら竜だって貫けるかもしれない!」
なんて強いのだろうかとスワンは思っていた。カンナは戦闘時以外ほぼすべての時間、鍛冶場に籠っていた。絶望的な状況でここまで前向きになれるのは並大抵のことではない。
「カンナさん…本当にお強い人だ。」
「私はサモンの隣に立ちたいの…ずっと一緒に。だから強く、前向きに。サモンのような英雄になりたいわ。」
「カンナさんなら英雄でなくとも、サモンの隣に立っていられると思いますよ。サモンはあなたと喋るとき基本顔を赤くしていますしね。」
スワンは思ったことを素直に口に出していた。実際、サモンは確実にカンナに対して普段のしゃべり方が出来なくなっていた。人生で感じたことのない感情に免疫を作れずにいたのだ。
「そそそそそ…そうかな!?ええ、でも、うーーーん。」
小竜襲撃から以降一度も頭を抱えていなかった少女が頭を抱えた。
「…うらやましい奴だ。早く帰って来いよ…サモン。」
スワンはぼそっとつぶやきながら剣の柄に手を置いた。
「兵士たちよ!カンナさんが我らの為に用意してくれたこのビッグ・リボルバーを中央口高台付近に設置するぞ!竜の襲来はそう遠くなく現実となる。だが私たちは負けるわけにはいかない。最後の一兵まで最善を尽くす!」
スワンはその後数時間で中央口付近に陣を構えた。竜を落とすには現れた直後、あの爆発が起こる前にこちらから攻撃するしかないと考え、周到に準備した。
――――竜―――――
二日後、昼。警鐘が鳴り響いた。
「北より飛行物体あり!竜の可能性あり!」
スワンは即座に行動を起こす。
「北にビッグ・リボルバーを向けよ!!!スパイラル部隊は壕の内部を北側に移動。竜が降り立った場所から近い入り口より地上にでて竜にスパイラルを食らわしてやれ!」
カンナが竜と思しき影に狙いをつけ、魔ミスリル鋼をセットした。魔ミスリル鋼は魔力を溜めることのできる特殊なミスリルだ。スワン一家の家宝として代々引き継がれてきた物らしい。普段からスワンは魔力をミスリルに溜めていたので結構な量の魔力がミスリルに保存されていた。スワンはカンナの機構を見て少しでも勝率を上げるため、カンナに渡していたのだ。
「魔力充填完了!いつでもいけるわ!」
竜の影はどんどん大きくなっていた。かなりのスピードだ。そして目視で姿をとらえることができる距離まで竜が来た。
「スワン!まだなの!?」
「まだだ!失敗は出来ない!!」
スワンは竜が飛行以外のモーションをした瞬間を狙おうとしていた。
竜は村の北門あたりで飛翔を止めこちらに向いた。
「今だ!!発射!」
瞬間カンナが発射した。弾は竜の頭を狙い、超高速で飛んだ。
竜の一部がはじけ飛んでいた。しかしそれは頭ではなく首だった。
「っちい!」
カンナが次の弾を装填する。しかし、それよりも早く竜がビッグ・リボルバー周囲に存在する水を一か所に集め水球を創成した。カンナと数名の民兵、そしてリボルバーが水に飲まれる。竜は水球を空中に移動させ、魔力を加えながら内部でカンナたちを固定した。
「ごボ…ごボボボボ」
カンナと民兵がもがいていた。
「っクソ!パワーエンハンス・フット!」
スワンが足先に全力まで魔力を込め、上空の水球に突っ込む。剣で水球を切り裂くつもりだった。しかし、竜はスワンすらも水でとらえ、拘束した。最早絶対絶命の状況下であった。
――――――
瞬間何かが水球を切り裂いていた。カンナたちが解放され、地面へと落ちていく。
「エア・ストリーム」
やさしい風が落ちるカンナたちを浮き上がらせ、ゆっくりと地上へ降ろした。
「…ゲホッ…サ…モン…」
目の前に降りたった黒く輝く鎧に身を包む英雄にカンナは目を向け愛おしそうに話しかけていた。
「大丈夫だ。」
その言葉だけで、カンナの絶望が安堵に変わる。サモンは再びカンナの前に立つ。




