念じた相手を社畜にするチートで世界最強~もう俺を社畜だなんて呼ばせない~
豪華な調度品に囲まれた一室。
俺は自分専用の椅子に腰かけながら書類に目を通していた。
すると、手元にある通話用の魔道具がコール音を響かせる。
『タカアキ様、ホワイト国との提携条約を結んでまいりました』
通話先の声は弾んでいた。
どうやら色よい返事を貰えたらしい。
OKを貰うまで帰ってくるな! なんて心を鬼にして怒鳴った甲斐がある。
「ん、ご苦労、外交大臣さん。今日は直帰でいいよ」
『あ、ありがとうございますっ! 一月ぶりに家に帰れる!』
「おいおい、先月なんてお前一度も休みなかっただろ? それよりマシだって」
『そうですね。タカアキ様の革新的偉業に関われるなんて、恐悦至極です!』
「じゃ、気を付けて帰れよー」
――今、俺がいるのは、ブラック国っていう国家の執務室。
まあ、所謂異世界ってやつだ。
ほんの数年まで日本のしがない社畜でしかなかった俺だが、今ではこの国のトップクラスの執政官である。
もう、誰にも俺のことを社畜だなんて呼ばせない。
……何があったって?
まあ、簡単に説明するなら百文字ぐらいで充分だろう。
元の世界で過労死したところを、哀れに思った女神様に転生させてもらったんだ。
お約束でチートを貰ったんだけど、この力の前に敵うやつなんているはずもなく、ギルドを足かけにどんどん成り上がって行ったってわけ。
――以上。
今ではこの国自体、俺抜きじゃ成り立たない。
国王の覚えもめでたく、どうやら姫さんを俺を結婚させるつもりらしい。
ただでさえ四人の妻を持つハーレム状態なのに、これ以上奥さん貰ってどうしろっていうんだよ。
嬉しいことに半年前第一夫人に息子が生まれ、一月前に第二夫人が身籠ったばかり。
そんなタイミングで「婿養子になれ」なんて言われても困るしな。
力関係も面倒くさいし。
さて、俺のチートがなんなのかといえばこれまた単純。
――「俺が念じた相手を社畜にする能力」だ。
このチート以外に能力はもらえなかったけど、これさえあれば世界征服だって夢じゃない。
これを使われた相手は、働くこと――特に俺に対して奉仕することが至上の歓びになっちまう。
俺に労わられれば、どれだけ苦しかろうが幸せで仕方がない。
一種の洗脳能力に近いな。
初めて冒険者ギルドに向かったとき、俺に対していちゃもん付けてきたCランク冒険者がいた。
そいつらは今でも社畜状態。
でも、そのおかげで殆ど毎日冒険に出かけることが出来て、夜遅くまで依頼をこなしてランクもガンガン上がってるようだしいいこと尽くめだよな。
このチートをギルド中の冒険者に施した結果、疲れを知らない無敵の戦士たちが誕生した。
Sランク魔物も数の前じゃ刃が立たないほど。
そのおかげか、新しく冒険者になった人口が過去数倍を突破したらしい。
んで、気まぐれでマヨネーズ作ったら何故か料理店を経営することになっちまった。
とりあえず、元の世界の料理を作ってみたら大ヒット。王都一の料理店の出来上がりってわけだ。
だけど俺がやったのはそれだけじゃない。
経営者である俺に対する朝礼での礼賛を徹底づけた。
感謝の心を持てないやつがお客を笑顔に出来るわけないからな。
「お客様は神様です」ってやつだな。
勿論最初は反発も大きかった。
先祖代々貴族に料理を作ってる自分が平民に頭を下げるわけにはいかない――なんて言い出すシェフもいたしな。
でも、チートの力は偉大だった。
一瞬にして平身低頭して接客応対できる人間に早変わり。
次第に料理店全体にその空気は根付いて行って、今じゃチートを使う必要なんてない。
みんな心から頑張ってくれている。
国中にチェーン店なんかも作ったけど、ウェイターとシェフ、それぞれ一人に店を任せてるところもあるぐらいだ。
こんな感じで色々な功績を立てていった結果、俺のことが王侯貴族の目に留まりついに王宮入りを果たしたんだ。
……俺が初めて登城したとき、この城は酷い有様だった。
そりゃそうだ。
あまりに士官たちが怠惰だったんだから。
週休二日が前提になったスケジュール。
最低限の仕事を済ませたら定時上がりしていく怠けっぷり。
外交官に至っては国同士の契約を結ぶノルマすらありゃしない。
これじゃ腐敗が蔓延るのも当たり前だ。
だから俺がチートでメスを入れた。
休日出勤に不平を漏らす文官はいなくなったし、仕事場を後にする前にやることがないか尋ねる声掛けは義務になった。
ノルマ達成できない外交官は身分差に関わらず土下座してもらうことになっている。
城にある仮眠室は毎晩すし詰め状態で、世話係から嬉しい悲鳴が聞こえてくる。
兎も角、俺のおかげで国益は急速に回復し、ブラック国は大陸一の大国になったってわけ。
さっき外交大臣さんが結んできたのは、隣国であるホワイト国への労働条件改正の契約だね。
◆
「ふぅ~。俺もそろそろ仕事終えて帰るかな……」
すっかり暗くなり、警備兵以外いなくなった執務室で俺は肩を伸ばす。
いつの間にか日付が変わってやがる。
首も肩もばっきばきに堅くなっていて、少し身じろぎをするだけで軋むような音を立てていた。
「ここ最近忙しかったからなあ」
ギルドマスターに委託された冒険者への特別訓練プラン。
経営化にある飲食店の材料の買い付けやメニューの開発、および試食。
そして城全体の書類管理に外交雑務――その他諸々。
家に帰れるのは何か月ぶりだっけ……?
久々に息子と遊んでやれるな――なんて部屋のドアノブに手をかけたあたりで、ぶつりという何かが千切れる音が聞こえた。
酷く目が霞む。
ぐるぐると地面が回っている。
足から力が抜け、倒れ込みそうになるのをドアにもたれ掛かることで押しとどめた。
立ちくらみか……?
こんな、症状、いつ以来……ああ、元の世界にいたころ以来だな……。
何故か、やけになつかしくて笑いが零れた。
『――タカアキ。私が与えた能力はどうですか?』
突如、頭の中に響く涼やかな声。
この声を聴くのは二度目だ。
確か、俺を転生させてくれた女神様……。
「あぁ……さぁいこう、だょ……」
身体から力が抜ける。
呂律が回らなくて上手く言葉が話せない。
視界がどんどん暗くなっていく。
『そうですか。今までお疲れ様でした。あなたのおかげで、この世界の文明が数段発達しましたよ。ゆっくり休んでくださいね』
本当に労わるような響きに、心が癒される様な気がしてくる。
瞼が抗えないほど重い。
こんなに穏やかに眠れるのはいつぶりだろう……?
――そして、俺の意識は完全にフェードアウトした。