6話 パートナーだから
「私の自慢の目玉焼きはどうかな?彼方くん」
テーブル越しにずいっと伏路が顔を近づける。「美味い。白身が固まり過ぎず半熟なところとか特にいい。でも気をつけないと袖にご飯がつくぞ」
僕の注意が聞こえていないかのように伏路は何度も頷いている。そして彼女の右袖にはご飯粒達が必死にしがみついていた。
「彼方くん今何時?」
「何だよ急に。えっと……七時十二分か。それがどうかしたのか?」
「あのね……私、酔っちゃったみたい……」
伏路の表情が唐突に艶やかになる。しかし彼女には思い出して欲しい。お前は水道水しか飲んでいない。
「漫画でも炭酸飲料で酔うキャラがいたが、水もありなのか」
「そうなの、私水で酔う体質で……」
上目遣いで見つめる伏路を見つめ返す。なるほどなるほど。
「じゃあ部屋の場所教えてくれ。送って行ってやるから」
「え、いや、あーちょっと酔ったせいで思い出せないなー」
棒読みをするな。嘘なのがバレバレだぞ。
「あ、そうそう。終電なくなっちゃったみたいなのー」
「まずこんな時間に終電来ねぇよ。あと何でお前が寮に住んでること知ってるのに見え見えの嘘吐くんだよ」
伏路は無言で俯く。何かぼそぼそと小声で言っているようだが上手く聞き取れない。
「悪いけどもう少し声出してくれ。聞こえない」
「だって、恥ずかしいもん……」
「恥ずかしいって、何が」
言わせるな、そんな目をしている。眉間にしわを寄せ、柔らかかった目つきが鋭くなっている。
「パートナー、なんだろ。……仮だけど。パートナーなら何でも言えよ。一人じゃないんだからさ」
すぅ、と息を吸う音がした。
「今日……泊めてくれる?」
「……は?」
「今何でも言えって言ったし。……パートナーだし」
思わず僕はため息を吐いた。
盤上学園の校則では、パートナー同士は出来る限り共に過ごすことが推奨されている。あくまで義務ではないことが重要だ。
この校則があることで同居している組も少なくない。寮の全ての部屋が二人部屋になっていることもこれが大きい。
「いや、でもお前今日会ったばかりだし、それに男同士とかじゃないんだぞ?分かってるか?」
「分かってるもん……。でも、やっと出来たパートナーだもん。ずっと、ずっと一人だったから……!」
伏路の目尻に涙が見えた。泣くほどのことか?とはさすがに言えなかった。いくら僕でも彼女の心情が理解できないほど馬鹿ではない。
「……いつから一人なんだ?」
「中等部の頃から、三年間……」
「はぁ……ったくお前はなぁ……」
三年間一人だっただと?分からないな。全く分からない。
「いいか伏路。お前が三年間一人だったって言うなら、僕は少なくとも六年は一人だ。二倍だ二倍!それでも僕は今でも一人でいいと思ってる」
「……。」
伏路は黙ったままだった。こいつが何を思ってるかは知らないが言ってやる。
「それでも、お前が僕のパートナーだと言うのなら嫌でも一緒にいることになるんだ。お前が望もうと。僕が望まざろうと。だからその、上手く言えないけど、安心しろ。僕がついてる」
僕は何を言っているんだか。今日どころか出逢って一時間の相手に。今まで人を避けてきた僕が。
「彼方くん……ありがとう」
伏路の目は輝いていた。涙が明かりに照らされながら、彼女の頬を伝う。
「とりあえず……今日は泊めてやる」
伏路に会って、僕はおかしくなってしまったのだろうか。