5話 晩御飯のメニュー
「入っていいぞ」
取り込んで置きっぱなしにしていた洗濯物や、放置していた洗い物を片付け、僕は玄関のカギを開ける。
「お邪魔しまーす。なるほど、こういう玄関か」
「寮の部屋はどこも作りは同じだろ?どこかおかしいか?」
「そうじゃなくてね。私男の子の家とか、まぁここは寮だから部屋なんだけど、男の子のプライベート空間?に入るのが初めてだからさ。へーこういう感じなんだなーって思っただけ」
「でも今の感じだと思ってたのと違うって思っただろ」
「まぁね。男の子の部屋は壁一面グラビアアイドルのポスターとかえっちな写真が貼ってあると思ってたから」
ひどい誤解だ。今すぐ全国の男子諸君に謝罪してほしい。
「そんなやついねぇよ、多分。それより上がれよ。玄関で立ち話も疲れるだろ」
「そうだね、ありがと。では改めてお邪魔しまーす」
とたたっと軽い足取りで廊下を渡り、伏路が最初に足を踏み込んだのは僕の部屋だった。なぜその部屋に入ろうとしたかは分からないが、慌てて伏路の首根っこを掴み問いただす。
「何をしてる」
「いやーさすがに玄関にポスターがないなら部屋にはあるのかなーと思って」
「そんなポスターはどこにも貼ってねぇよ」
「残念。楽しみにしてたのに……」
あからさまに肩を落としてガックリとする。
どんだけ期待してたんだよ。
「それより、晩飯作ってくれるんじゃなかったのか?」
「そうだね、うん、そうだった。作ってあげるよ。何かリクエストは?」
「特にない。冷蔵庫の中身で作れるものでいい」
「おっけー。そんじゃ冷蔵庫さん失礼しまーす」
白く輝くボディの中には、何も存在しなかった。三段ある棚にも、野菜室にも、冷凍庫にも。
「あ、こんなところに卵が」
扉に設置されている卵置き場に3つだけ、鶏の卵が置かれていた。
「さすがの私も、食材がないことには何も作れないよ……」
「……すまん、買い物忘れてた」
「お米は?お米もなかったら今日の晩御飯は目玉焼き三つか、極厚卵焼きだけになるけど」
「米はある。今から用意するよ。ちょっとソファに座ってろ」
「はーい」
米櫃から一合分の米をカップで計り、ボウルに入れ水を注ぐ。二、三度米を洗ったら御釜に移して目安線までまた水を注ぐ。炊飯器にセットしたらボタンを押して準備完了。炊き上がりを待つだけだ。
しかしやけに伏路が静かである。僕が米を洗っている間一言も発していない。
何してるんだろ。
「伏路、お前何してーーー」
思わず言葉が詰まる。伏路はソファに座っていた。それだけで言葉が出なくなることはない。問題は伏路が持っていた漫画だった。
「彼方くんはこんな感じの女の子が好きなんだねー。なるほどなぁー」
『ブラコンなお姉ちゃんは嫌いですか?』の1巻。読んで字のごとく、タイトルを読めば9割方の内容が分かるのその漫画は、僕が本棚の奥に隠していたはずのものだった。部屋に誰も来ることはないだろうが、念のためと隠していたその漫画を伏路は読んでいた。
「待ってくれ伏路。そ、それはだな友達に借りてるだけなんだ。読め読めってうるさくて仕方なくなんだよ」
「彼方くん友達いないのに?」
頭に隕石が落ちてきたような衝撃を持つ言葉だった。気を失いかけたのを何とか堪え、伏路に向き直る。
「間違えたよ、それは俺の前にここに住んでた人が置いて行ったんだよ」
「先生とかに言わなかったの?気に入っちゃったの?」
「あ、いや、それはだな……」
「私は別にパートナーがシスコンでも気にしないよ。……まぁ、ドンマイ」
「慰めないでくれ……」
ご飯が炊けたことを知らせる音楽を炊飯器が鳴らし、虚しく部屋の中を木霊した。