1話 授業をサボって見る空が好き
空を見ていると心が落ち着く。果てしなく大きな存在に包まれている安心感、みたいな。まるで空が自分母親のように思えるのだ。
でも僕は母親の愛情なんて知らない。それどころか自分の家族のことを知らない。と言うよりは憶えていない。記憶がないのだ。
家族のように育ててくれた人ならいる。でもその人は本当の家族ではないと聞かされた。
その人のおかげで今僕はこの盤上学園に通えている。男女共学の全寮制。基本的には普通の学校だけど、ただし一つ他の学校と違うところがある。『鍵』と『錠前』。そう呼ばれる少年少女がこの学園には集められている。『鍵』と『錠前』はペアを組み、共に生活する中で絆を深め、力を高めあっていく。というのがこの学園の方針らしい。しかし残念ながら僕にはパートナーがいない。一応僕は『鍵』として学園に入学したのだが、入学以来一年間『錠前』がいたことがない。作ったことがない。
また空の存在を感じようと目を閉じかけた瞬間僕の上に影が出来た。
「そろそろパートナーを探したらどうだ、白鍵」
出た。僕の天敵と言ってもいい、担任の衣笠先生である。僕の記憶のことを「正確」に理解している数少ない人物なのだが、会うたびにパートナーを探せと催促される。
「別に僕は一人で十分ですから」
「こっちが困るんだよねー。去年クラスの編成考える時何て言われたと思う?『衣笠先生は白鍵君のことをよく理解しておられるので、来年もよろしくお願いします』だよ?完全に厄介払いで私に押し付けられてんの」
「仮にパートナーを探すにしても、入学から一年経つんですからパートナーがいない人なんていないでしょう?」
いやいや、と衣笠先生は手を横に振る。
「ここは入学の時にちゃんと鍵と錠前の数が同じになるように調整してるから余りは出ないよ」
ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。
「パートナー、ね。パートナーがいるから何です?それで強くなれるんですか?」
「相性もあるかもしれないけど、少なくとも一人でいるよりはマシよ」
はい、と茶封筒が差し出される。中を覗いてみると数枚の紙が入っていた。
「何ですかこれ」
「あんたと同じで、パートナーがいない子よ」
入っていたのはある生徒のプロフィールだった。名前、年齢、能力、略歴。……スリーサイズまで書いてある。
「あ、スリーサイズ消すの忘れてた。あんまり見ちゃダメよ」
「いやちゃんとしてくださいよ」
スリーサイズの部分を指で隠しつつ、概要を読んでいく。
『過去の問題は無事に解決したようだが、現在新たな問題が発生しているようだ。本来なら均衡するはずの鍵と錠前の力だが、彼女の能力がパートナーとなった鍵の力を上回ってしまい、それどころか鍵の能力の一部を侵食する事態が発生している』
なんだこの問題児は。僕も人のことは言える立場ではないのだけれど。
「この子が、もう一人のパートナーなしか……」
「そうよ。あなた同様色々問題を抱えているんだけど、問題児同士仲良く出来るんじゃないかしら?」
「誰が問題児だ」
「授業にも出ないでこんな所にいる時点で十分問題児よ」
うっ……正論すぎて言い返すことが出来ない。
しかし相手の能力の侵食ねぇ……。
「僕この子と上手くやっていく自信ないです」
能力が問題ということではない。
「そう言わないでとりあえず会ってみなさいよ。その子敷地内のフードコートでバイトしてるから、今日の放課後にでも行ってみなさい。あっちにも話は通しとくから」
そう言って先生はどこかへ行ってしまった。
「パートナー……。パートナーか……」
何かを思い出しそうになったが、それも眠気でどこかへ消えてしまった。
『元気と笑顔が取り柄です。みんなの役に立ちたいです!』
彼女のアピールポイントの欄に書かれていた言葉を思い出しながら雲の動きを見つめる。
……帰りに寄ってみるか。