第4話
「……で、なんでくたばっているんだ?」
「う、うぅぅぅっ……」
部屋に戻って一眠りして起きてみれば何故かウォルターがベットに倒れていた。
ときおり地獄の底から聞こえてくる呻き声が聞こえてくる。
オズとしては一体何を苦しんでいるのか分からなかった。
「き、き、気持ち悪い~」
「…吐くなよ」
その言葉で理解したのか思わず頭を抱えてしまう。
自分の知らない所でいったい何をやっていたのかは追及しない方がいいのだろう。
それよりも本当に調子が悪いらしく顔が真っ青だ。
オズは今にも吐きそうなウォルターの被害がこないように距離を取ろうとするのだが
「オ、オズ~」
「……助けを求めるのはこの際仕方ないとして、今にも吐きそうな感じの時に何で近づいてくるんだ⁉」
何故かオズが離れた分だけ近づいてくるのだ。
とりあえず止まるように伝えて急いで荷物の中に常備している薬が無いか漁る。
が常備しているはずの酔い止めが見当たらない。
「まさか!」
「ど、どうしたの~?うぷっ」
思わずウォルターの方を見てしまう。
最近忙しかったので忘れていたのだ。前回一体何時使ったのか。
それ思い出したのだ。
「…すまん。ウォルター、お前の犠牲は忘れない‼」
「ま、まるで死ぬみたいに言わないでよ~!それよりも見捨てないでよ~!」
「いや、まぁ。助けたいのはやまやまなんだが…」
「?」
歯切れの悪いオズを不思議そうに見ている。
言わなければどうも気がつかないようだ。
ここは伝えた方が良いだろうと思い、重い息を吐き出し、息を吸い込むのと同時に顔を上げる。
「薬が残っていないっ‼だから諦めろ!」
「‼」
ウォルターの顔に驚愕の表情になる。
最後に使ったのも自分だったのではなかったか?
疑問に思ったが口に出すことはしなかった。
それよりも今にも吐きそうなのでどうしたものか考えてみるがとてもいい案が思いつかない。
このままではどうにかなりそうなのだが、どうしようもない。
とりあえず、吐かれたときの為に袋を渡して様子を見る事にする。
少し離れた所で大人しく本でも読むべく椅子に座る。
「ほかになにかないの~?」
「無理だ。この前で全ての酔い止めを使ってしまったんだ。さすがに残ってない。それに前の駅で買っておけば良かったものを買いに行かなかった奴が悪い。」
以前も同じように酔っていたので飲ました薬で最後だったのだ。
それ以前に薬の数が少なくなってきていると伝えていたのだ。
なのに先ほど駅でも行かなかった。
だからどうしようもないことだ。
こうなることは分かり切っていたのに何をしているのかと呆れるしかない。
「治るまで大人しくしておくんだな」
「え、え~」
「……それとも気を失っているか?」
「……大人しくしています」
抗議の声をあげたのでオズが手刀を構えて言ってみたら、気を失うのさすがに嫌みたいだ。
目的地までまだまだ時間がかかる。
それまでに回復すれば良いのだ。
オズはそれまでの間、本を読むべく一冊を手に読みだした。
そんなこんなで数時間が経ったが未だに回復する様子を見せない。
「ん、ん~!」
立ち上がり背を伸ばす。
さすが座っていたら疲れる。
ウォルターは意外にも大人しくしていたこともあってなのか特に問題が起きていない。
いや、もし吐いたりしたら一大事なのだがこの分なら問題ないだろう。
そんな事を考えていたら廊下の方で慌ただしい音が聞こえてきた。
何かあったらしく、複数人の走る音が聞こえる。
それもだんだんと近づいて来ている。
少し嫌な予感がする。
厄介ごとが来ないように鍵を閉めるべく、扉に近づく。
こういう時の勘は良く当たるのだ。
扉に鍵を掛けるべく近くまで来た時だ。
勢いよく開かれて誰かが入って来てぶつかって後ろに倒れたのだ。
ちょうどオズは扉の近くまで来ていたことが不運だとしか思えない。
「うぉっ‼‼」
「え、きゃぁ‼‼」
当然、いきなりの事態についていけるはずもない。
だが突然入って来たのはどうも女性のようだ。
それも同い年ぐらいの
「いたたたた……」
「いきなりなんだよ」
2人は同時に起き上がろうとした。
ぶつかった勢いでオズに覆いかぶさるように倒れて来た女性と至近距離で顔を見ることになる。
そしたら女性の顔が見る見るうちに赤くなっていった。
「変態っ‼‼」
「言いがかりだっ‼」
「問答無用っ‼」
いきなり言いがかりを言われたうえ、思いっきり殴られ床に叩きつけられる。
力が強かった事を考えるとどうも身体強化に魔力を使ったみたいだ。
こういうことが出来るという事は目の前の女性も魔導士としての心得があるのだろう。
だからと言っていきなり殴る必要もないのだろうと思う。
「い、いきなり私をお、押し倒すなんてっ‼」
「……人の部屋に無理やり入って来た上にあらぬ疑いをかけるなんてな‼どう考えても押し倒したじゃなくてぶつかって倒したの間違いだろっ‼」
オズも負けじと言い返す。
「そもそも、下にいるのが俺なんだ‼いい加減に退いたらどうなんだよ‼」
「どうしてよ⁉」
「俺が起き上がれないからだっ‼」
「変態に何されるか分からないから嫌よ‼」
「そうかよ‼だったらさっさと出て行け!」
「何で⁉」
「一体何時からお前の部屋になったんだ⁉」
本当に気がついていないのかと疑いたくなる。
ここはオズ達が借りた部屋であって彼女ではない。
いかにも自分の部屋みたいに居すわらないでほしい。
「だから何で⁉」
「ここが俺たちが借りた部屋だからだ‼いい加減に気付けっ‼」
「あ……」
「ようやく気がついたか」
気がついたらしく惚けた顔になっている。
それならさっさと退いてほしいのだが、動く様子がみえない。
「そろそろ退いてほ……」
「やばっ‼」
声にして出そうとしたのだが、その時になって先ほどの足音が聞えて来た。
それが複数、こちらに近づいてきているようだ。
彼女がそれに反応したのか、慌てている。
どうも彼女が追われている立場のようだ。
オズは別に自分には問題なかろうと考えているのだが……
「お願い!助けてっ!」
「は?」
思いがけない助けを求める言葉に思わずまぬけな声を出してしまった。
ガシャン‼
ガラスが派手に割れる音が鳴った。
そして同時に列車の速度が落とされた。
『現在、ある部屋に異常が発生しました。その影響を受けまして、速度を落としました。安全を確認次第、速度を戻します』
車内放送で何が起きたか流された。
オズ達が乗っている列車は大陸を横断するためのものだ。
長旅になるためホテルみたいに個室、店が中に存在している。
それでもストレスは溜まってしまうものだ。
だから少しでも短く済むようにと速度を出来るだけ出るようにしているのだ。
もし、ガラスが割れてしまって中に悪影響が出る可能性があるならば速度を落とし、確認をとるのも当然なのだ。
オズ達の部屋に近づいてきていた連中もいきなりのことによろけている。
何が起きたのか察したのか急いでオズ達の部屋向かってくる。
そして乱暴に扉を開けられる!
「おいっ!ここに女が入って来なかったか⁉」
「うっ。ううう」
中でオズはあお向けに倒れていて気を失っていたようにも見える。
ゆっくりと起き上がろうとしたのだが、男たちは待っておれないとオズを無理やり起こす。
数人は割れた窓に近づいたり、部屋の中を確認し始めた。
「つっ!いきなりなんなんだ!」
「黙って質問に答えろっ!女はどこ行った⁉」
先ほどの女性といいこの男といい、なんでこんな失礼な連中が多いんだろうな。
もしかしたら今日はオズにとって厄日なのかもしれない。
答える気がないとでも思ったのか男が平手打ちをして来た。
「答えろっ!」
「……いきなりやることないでしょう。そういことは」
最近いきなり殴られることが多くなってきている気がしてしまう。
その度に怒っても話を聞かない奴が多いような気がしてきた。
「いいから……‼」
「知る訳ないでしょう!こっちはいきなり誰かが入って来て昏倒されたんですから。ほとんど姿も見えなかったし」
「ちっ‼使えない奴がっ!」
どこまでも失礼な奴だ。
質問に答えたのにこの態度では相手に失礼だとは思わない連中だ。
殴られた時点でこういう連中だとは思ってはいた。
そんなことより……
「ああっ!窓ガラスが割れてる‼」
「どうもここを割って逃げたようで……」
「お前ら!知り合いなら弁償してくれよ~」
オズがさっき掴み掛って来た男にしがみついた。
このままでは弁償をしなければならない。
ウォルターの食費もあって払いたくはない。
そもそもの原因はこいつらにあるのだ。
なんとしても払ってもらわなければならない。
「おいっ!止めろっ‼」
「払ってくれ~」
男が必死に引き剥がそうとするのだがオズはしぶとくしがみついているのだ。
そのしがみつく姿からは借金取りに捕まった人のようにも見える。
どう見ても悪徳借金取りとその被害者に見えて哀れのように傍からは見えるだろう。
「知るかっ‼自分で払え!」
「でも、追いかけているんだろ?だったらそいつの代わりに立替払いしてくれよ」
「ちょっと待て‼この膨らみはなんだ⁉」
オズと掴み掛って来た男がそんなやり取りをやっているのだが、別の男がベットの膨らみに気がついた。
なんか嫌な予感がする。
「ちょ、それは置いといてくれっ‼」
「……貴様、まさか⁉」
しがみついていたオズがあっさり離れたのを見て男がある可能性を考えたのだろう。
ベットに近づく男を止めようとしたオズを今度は逆に取り押さえる。
「おいっ!」
「かんべんしくてれぇぇぇぇ‼」
オズも動きを押さえられ、首にナイフを当てられる。
これ以上喋るなという意味なのだろう。
そして入って来た連中がそれぞれ武器を構え、魔法を準備する。
もし匿っていたのであればその場でオズも殺されることになるだろう。
オズはもうどうにでもなれというようにため息を吐き出した。
男たちはそんな様子を全く気にせずに毛布に手を掛ける。
そして、周りの仲間たちに確認をとり、全員が頷く。
一気に引き剥がした‼
「うぷっ‼……」
「……」
一斉に武器を構えたのだがそこにいたのは目的の人物ではない。
そこに居たのは……。
顔が真っ青で今にも吐きそうなウォルターだった。
「……ちっ」
オズを押さえていた男が手を放す。
オズはウォルターの様子を見てかなりやばい気がしてきたので少し距離を取る。
「なんだこいつは?」
「俺の連れです。見ての通り酔っています」
そんな事は分かっていると目で返された。
そうこうしている間にウォルターが一人に近づいた。
「おうぇぇぇぇ」
「きゃああああぁぁぁぁ‼」
「吐くかも知れないので離れておいて下さい」
時すでに遅く、ウォルターが吐いていた。
そしてそれ受けたのは女だったのだろう。かなりの叫び声になっていた。
オズはその様子に合掌していた。
「くそっ‼」
そして当然その怒りはオズに向けられるだろう。
だが本人は涼しい顔をしていた。
「貴様、我々を誰だと思っている‼」
「名乗っていないので知りませんよ。それに叩きつけられたり、いきなり失礼な態度を取られ止めたのに止まらなかった方が悪いと思いますが。それよりもこれはどうにかしてくれますよね?」
そう言いつつ割られた窓を指さす。
もろに受けた女性は走ってどこかへ行ってしまった。
おそらく自分達の部屋で着替えるつもりなのだろう。
そっちより被害を受けた窓の方をどうにかしてほしいところなので気にはしない。
「……ちっ‼追いかけるぞ‼」
リーダー格だったのだろうか掴み掛って来た男がお金を置いてさっさと出て行った。
扉の近くにいた、車掌にこのお金を渡す。
「修理、お願いします。あれについてはすぐに綺麗に掃除しますので」
「……わ、分かりました。余ったお金はどうしましょう?」
「おそらくチケットを買っているので身元が分かると思います。降りる際にでも渡してください」
今のやり取りを見ていたせいのなのか少し顔色が青く見える。
そんな様子にオズは苦笑いを返すしかなかった。
中であんな武器を構えてられていたら仕方ない事なのだろう。
車掌はお金を受け取りすぐに修理の為に戻って行った。
部屋に戻ってみるとウォルターはすでにベットに戻ったようだ。
まさか、丁度よく吐くとは思わなかったのだがなんにせよ上手く行って良かったのかも知れない。
そう思いつつ部屋の掃除を行い始めた。
「ありがとうございました」
「出来ることならこういうことはもう起こして欲しくはないのですが……」
「こっちもいい迷惑ですよ!いきなり叩かれ気絶させられるは、窓は割られるはで散々でしたよ‼」
「ははは。こういうことは滅多に起きることがないのでもう大丈夫だと思いますよ」
「そう思いたいところです」
「では、よい旅を」
苦笑いを浮かべつつ戻っていく車掌にオズも苦笑いで返すしかなかった。
誰もこんな事を起きるとは予想なんて出来ないだろう。
一度あれば二度、三度と起きると言われているがこれ以上のことはさすがに起きないと思いたい。
「……そろそろ出て来て大丈夫だぞ」
「……ふぅ」
ウォルターのベットの下から元凶が出てくる。
警戒していたのか周りを少し確認をしてから出てくる。
そんな様子にため息を出してしまう。
「はぁ、嵌めるようなことはしねぇよ」
「……いきなり会った人をすぐには信用はできないわよ」
「助けを求めておいてそれかよ」
助けを求められたから助けたのだ。こんな態度をとられたらこっちの気分も悪くなるものだ。
こちらとしては助けなくても良かったのだから。
「……ありがとう」
「……」
一応お礼を言っておくみたいな形でしかない。
呆れて何も言えない。
それよりも追いかけていた例の連中の方が気になる。
「……なんで追いかけられていたんだ?」
「っ‼……」
「はぁ、オズワルド=アーベント」
「え」
どうも答えたくない様子に頭を悩みつつ、自己紹介をする。
未だにお互いの名前を知らないのだ。
話さないにしても名乗っておくべきだろう。
すでに匿ってしまった以上、あらぬ疑いを持たれているかも知れないのだ。
短くなるか、長くなるか分からないが仕方ないことなのだろうと割り切る。
「で、そっちで酔っているのがウォルター=ズヴェーリだ」
「なんで?」
「いや、匿ってしまった以上この先どうなるか分からないだろう?だったら名前ぐらい知っておいて損はないだろうからな」
「……」
まだ納得していない様子だ。どうも一度匿ってもらって終わりだとでも思っていたのかもしれない。
オズは師匠の伝手で紹介してもらった人達がいる。
それなりに手伝って貰えるかもしれないがそれでもあまり迷惑をかけられる人達でもない。
結局どうするかは彼女が決めることだろう。
今はそこまでしてやろうとはとても思えないのだが。
そう判断して読んでいた本の続きを読みだす。
「……聞かないの?」
「別に。言いたくもない事を聞こうとは思わない。それにこれからどうするかは自分が決めることだ。」
少しほっとした様子をみせた。
どうも追いかけられていた理由はよほど言いたくないらしい。
さらにこちらの態度から追い出されることもないからきた安堵なのだろう。
こちらは無理に係わる必要はない。
言うのであれば別かも知れないが言わないのであればどうすることも出来ない。
ここで何か暴れるのであれば容赦はしないが。
それなり信用はできると判断したみたいで椅子に座る。
「……ユーナ=リーベルよ」
「リーベル、ねぇ?」
悩んだみたいで微妙なだが名乗られたのであれば仕方なかったのかもしれない。
その礼儀や仕草からそれなりの家なのかもしれない。
だがリーベルは聞いたことがないことから大貴族のようなこともないだろう。
「……知っているの?」
「知らん」
オズを睨みながら聞かれたがあっけらかんと答えた。
いくら知り合いが多いといっても家名でどこの誰かは判らない。
そんな二人の会話に反応したのかウォルターがもぞもぞと動き出しベットから起き上がる。
「ん?」
「……?」
「…うっぷ」
その顔はまだ青い。
その様子を見ていたリーナはオズに目線を送って来る。
その目は本当に大丈夫なのか?と問いかけられている。
オズにとってもその様子は不安しかない。
だからリーナに返す返事も大丈夫だとは言えない。
「……どうする?」
「それをこれから話し合うのだろう?」
オズ達は目的を持ってこの列車に乗っている。
リーナを助けた事によりその目的どころか下手したら自分達もリーナと一緒に追われることになりかねない。
連中が一体何者なのか知る必要がある。
「少なくとも連中の事は教えてほしいのだがな」
「……」
リーナに聞くが彼女は沈黙を守ったままだ。
そんなリーナにウォルターが近づく。
そして手を差し出している。
ともかく自分で挨拶を交わしたいようだ。
「……ウォルター=ズヴェーリです。バカがとんでもない紹介をされたかもしれませんがよろしくお願いします。うぷっ……」
「いやっ!バカはお前だっ‼その体調で挨拶を交わすなよ!」
さすがにウォルターにバカ呼ばわりはされたくはない。
そもそも乗り遅れかけたり、破壊して始末書ばかりの奴には特に。
「リーナ=リーベルです。よろしく」
ウォルターに差し伸べられた手を握り握手をする。
その顔はさっきまでと違って笑顔だった。
だが
「おえええぇぇぇ……」
「きゃああああああぁぁぁぁぁあああ‼!」
「はぁ……」
一気に台無しになった。