第1話
周りは高地で湖や草原が見える。
その湖畔にはビル群のように高層ビルがいくつも建っている。遠くから眺めればその建物に圧倒されただろう。
だがそれもかなり遠い過去の話である。
今では風化してかなりボロボロになっており、所々から木々が突き抜けているのが見てとれる。
その木々が絡まって各ビルと繋がってしまっていた。その姿はビル群を完全に飲み込んだ一本の木にも見えてもおかしくはない。
そして周りに建っていたであろう建物は湖に浸水していてわずかに水面から出しているか、倒壊して沈んでしまっている。その一部が湖畔に流されてきたのか瓦礫がいくつも存在している。
かなり繁栄していたのだろう窺わせるが、今ではその影すら見えない。
人々はこの廃墟を旧文明の遺した遺跡と呼んでいた。
その遺跡の一角を登っている人影が二つ見える。
一人は一六歳ぐらいの背格好の青年で、足場が崩れないか慎重に確認して前を進んでいる。
たまに建物中に入ってはすぐに出て来る事を繰り返していた。その様子からこの遺跡の調査か、探し物でもあるようだった。
その後を一五歳ぐらいの少年が追いかけている。
追いかけているのだが、その様子は遊びたくて我慢しきれないと訴えている。
だからなのか青年の目を盗んではあっちこっち走り周っていた。その行動は所々かなり危ない所が見て取れる。
そんな少年の行動に気がついていないのか青年は進んでいたのだが、いつまでも見過ごせないというような感じで捕まえ拳骨を落とす。そして、そのまま襟首を掴んだが少年は納得いかないのか何か言って手足をジタバタしているがそんなことお構いなしと引きずって行く。
そんな二人の様子を遠くから眺めている存在がいるのだが、青年たちは全くきがついていないのかそのまま進んでいた。
「ウォルター!もう少し警戒しろっ‼」
「え~‼だって暇だから良いじゃんっ!」
青年が怒って言っているのだが、ウォルターと呼ばれた少年は聞く耳を持たないのか相変わらず手足をバタバタと動かしている。その様子からまるで小さい子供の駄々っ子にも見える。
そのように動かれては進むに進めなかった。
仕方なく青年は足を止めて振り向き今経っているところがどういうところか説明を始める。
「そうじゃなくてここが建物の上で崩れる可能性があるってこと分かっているのか⁉」
「見たら分かるじゃん!」
「はぁ~…」
「…ここが旧文明の遺跡で結構脆くなっていることも知っているな?」
「うん!そうでもなければスリルがないよっ!」
青年はため息を吐きつつ、襟首を掴んでいた手を離す。
その顔には呆れた表情がありありと出ていた。
分かっていてやっているとは思っていた。だが何もビルの上で行うような事でもないだろう。
もし、足を滑らしたら最後地面までまっしぐら。途中に枝等があるが頼りにはしてはいけない。鉄筋や瓦礫、枝の尖ったところなんかに落ちれば貫かれて即死だろう。
どうにか出来るのであれば問題ないのだがここは旧文明の遺産、むやみに壊していいようなところでもないはずなのだ。
少なくとも地元の人たちは良い顔をしないだろう。なんたってここに来る者で商業が成り立っているところもあるのだ。もし、ここが破壊されれば大問題にもなりうるのだ。
そんなところで遊びまわる心境が理解できない。
「…分かっているなら構わないが足下が崩れて落ちるなよ?」
「そんな間抜けな事にならな……」
バキッ‼
ウォルターが最後まで言い終わる前にそんな不穏な音が足元から聞こえてくる。
二人揃って音が鳴ったところ見ると……。
そこには折れた枝があった。
「……」
「…はははは。オズ、大丈夫でしょ?」
口ではそう言っているがその顔には冷や汗が流れているのが見て取れる。
実際青年、オズもかなり強張ってしまったのだ。冷や汗が流れるのは分かる。
この調子で本当に大丈夫なのか不安に思ってしまうのも仕方ないだろう。
「ほらほら、大丈夫でしょ⁉」
「…ウォルター、お前さっきの音で焦らなかったか?」
オズに見せつけるかのようにウォルターがピョンピョン飛び跳ねまわっている姿にオズは頭を抱えていた。
本当に分かっているのか聞きたいところだがどこまで理解しているのかが分からない。
いつまでもここでウォルターの様子を見続けるわけにもいかないので諦めて進んで行くことにする。
だが、向き直したところでオズはある音に気がついた。
耳を澄ましてみる。
ウォルターの飛び跳ねる音で聞こえにくいが確かに聞こえている。
その音はまるで亀裂が入っていくような感じだ。
そこではっと顔をあげて急いでウォルターを止めるように動く。
「ウォルター‼止めろっ‼」
「えっ。なん…っ‼‼‼」
バキンッ‼‼
不意にウォルターの言葉が途切れるのと同時に何かが派手に折れる音が鳴ってしまう。
そしてウォルターが自然の法則に従って落下を始めた‼
と、とんでもなく良いタイミングでオズの腕がウォルターを捉え捕まえることに成功した。
「ふぅ……間一髪だ」
「あ、あっぶな~」
オズは安堵の息を吐き出す。
もしかしたら間に合わないと頭に浮かんだが何とかなったのだ。
あと一瞬でも、音に気がつかなかったら間に合わずにこの高さから落ちていただろう。
そう考える全身に寒気が走る。
少なくともオズはそんな姿を見たくなかった。
「…なんにせよ間に合ってよかったな」
「さっさと引っ張りあげろよ~‼」
人がせっかく助けたというのに当の本人はどこか楽しそうに言っているのだがその行動は逆に揺らして楽しんでいた。
さすがにこの態度にはオズも腹が立ってきた。
今の状況も十分危険なのに全く分かっていない様子を見せられているのだ。
どれだけ温厚な人でもこれには腹が立ってもおかしくないと思う。
だからこそ今までも鬱憤をここで晴らしても仕方ないだろう。
「…おい」
「ん?どうしたの?」
「このまま落としてやろうか?」
「ちょっ!それは勘弁して⁉お願いしますからっ‼」
オズが良い笑顔で言っているが目が本気だと言っていて、こめかみに青筋が見える。
かなりご立腹であることを理解したウォルター急いで頼み込んできたのだが、
「ほれほれ~」
「揺らさないでっ‼早く引き上げてよ~!」
オズがここぞとばかりにわざと腕を振って揺らす。
ウォルターもさすがに焦っているのかその声にいつもの余裕が全くなかった。
人がせっかく忠告したのに全く聞く耳を持たなかったのだ。
ここで少しぐらいのことは構わないだろうと判断する。
結局あの後十分ぐらいだろうか、その間揺らし続けた。それぐらい行った後引き上げたのだった。
その時のオズの顔は晴々としていたらしい。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「おい、どうした?進むぞ」
片膝ついて息をするウォルターに先を進むように促す。
先ほどまでの元気が一体どこへ行ったのか分からないが、動く気配もないので待つことにする。
少しやり過ぎたかと反省しようかなと思ったのだが、
「……オズ」
「なんだ?」
どこか真剣な声で呼ばれた事に怪訝に思う。
少し嫌な予感がしたので念のために身構える。
ウォルターの性格上、飛びかかって来てもおかしくない。
少なくともオズはそう考えていた。
のだが……。
「もう一回やって‼」
「……は?」
まさかの予想の斜め上を行く言葉に思わず声が出てしまう。
何をしたいのか全く分からない。
オズが固まっている事を気にせずに続けて言う。
「今度やればきっと慣れるから!」
「…はぁ」
もはや呆れてため息しか出ない。
ウォルターの顔にはわずかに涙目になっていて、足が震えている。結構怖かったみたいだ。
それがどうもかっこ悪いとでも思ったのだろう。
これぐらいの事で泣きべそなんかかいていない、とでも言いたいのだろう。
あんなことをされて怖いと思わない人はいないだろうが、負けず嫌いなウォルターはそんな姿を見せたくはない。つまり無かったことにしたいみたいだ。
「だから…」
「おい、行くぞ‼」
これ以上付き合う気にはなれなかった。
誰が喜んでそんな危険な事をやらなければならないのだ。
それよりも大事な事があるのだ。
「やっても構わないがここに来た目的を果たしたあとだ!」
「ええ~」
声は不満そうに言っているが顔は残念にしか見えない。
どう考えても楽しむことしか考えていないだろうと言ってやりたかった。
そもそもあの時も落ちる恐怖半分、もう半分で遊んでいたようにしか思えない。
自分で揺らしていた時とオズが揺らしていた時とで違うので分かる。
もうこれ以上ここで時間をとるのも我慢の限界だった。
「あのまま落下していたら確実にぶっ壊していただろ!」
「当然!」
その言葉と同時にオズは拳を振り下ろす。
今度は避けようとしたウォルターだが、オズもそれを予測済みであった。
避けようとした時に掴んでいた手を引いて拳を確実に頭を捉えさせる。
予想外の妨害にさすがに避けられなかった。
「痛い‼」
「当然だ。痛くなるようにやっているからな」
先ほどの拳骨より力を込めているのだ。
もしこれで痛くなかったら腹が立ってもう一度殴っていただろう。
頭を押さえているウォルターをそのまま引っ張っていく。
「殴ることないじゃん!」
「…分かっていてやろうとしているお前の方が問題だろ!」
「いや、だから…」
「合わせていたら前に進まない」
このやり取りを始めてから予想していたより進めていない。
オズとしてもここを終わらしてさっさと次へ行きたいのだ。
だがウォルターに合わせていたら中々進まない。
その事に苛立って来ているのだ。
「でもさ、オズだったいくつか寄り道しているじゃん」
「俺は構わないとは言っていない。ただ自分の目的に関する何かがあれば…と言う程度にしか見ていない」
ウォルターも分かっているだろうと視線で伝える。
それを理解しているのかそれ以上の事は言おうとしなかった。
だがここへ来た目的には不満があった。
「でもここって旧文明の遺跡でしょ?オズの目的があるとは思えないのだけど」
「俺もだ」
分かっているからこそ速く目的を果たしたいのだ。
ここよりも旧文明の後の遺跡の方がもしかしたらあるのかも知れないのだ。
だがもし、あればという期待もある。だからこそ確認しつつ進んでいるのだ。
発見できていないのだが、それも当然なのかもしれない。
「時空間魔法。そんな魔法が存在するのかね~」
「…わからん。だが存在はしたのだろう」
時空間魔法。
オズが探している魔法
伝承では時間と空間を飛ぶことが出来ると言われている禁断の魔法。
ウォルターの顔にはいつもに増して真剣な顔になっている。
オズは真っ直ぐに前を向いていた。
その顔には疑っていない。存在すると信じ切っているものだった。
「…気持ちは分からんでもないけど、あまり信じるのも」
「ああ、もし無かったと知ったときの事を考えると最悪だな。だが…」
それでもそれだけが俺の希望なんだ。
実際に口に出したわけではない。
だがウォルターにはそう聞こえていたのだろう。
その顔にはわずかに笑っていたのだ。
それを読み取ったオズは顰めて聞く。
「なんか可笑しかったか?」
「別に。それになかったら自分で創るまでとでも言いそうだなって」
「当然だろ。諦めたときが最後なんだ」
だからこそ人生をかける。
それが確実に伝わるほどだった。
「…だからこそオズに付き合うと決めたんだけどね」
「何か言ったか?」
「別に~」
いつまでも引きづられたくないらしく、立ち上がってオズの前を進みだす。
その後を追うようにオズもまた進む。
少し進んだところで二人同時立ち止まる。
別に行き止まりではない。
だが立ち止まったのだ。
「…ウォルター」
「うん。どうも向こうから来たみたいだね」
オズは周り見渡し、ウォルターのは真剣な表情なのだが口の端を釣り上げていた。
地元の人たちにとってここは大事な観光の場所であり、貴重な薬草が手に入る場所なのだ。
だが最近薬草を取りに行って帰ってこない者が増えているらしい。
なんとか帰って来た者が言う何かがここに住み着いたというものだった。
自分たちの手には負えないということでオズたちが討伐に来たのだ。
だがここは不安定な足場の場所だ。
その目撃者も逃げることに必死だったらしく姿を見ていないとのことだが、ある程度の予想は立てて来ていた。
この足場と人が渡れるぐらいの枝の太さ、このような所で襲えるのは猿のような動物しかいない。だとしても不自然だった。
猿は基本的に肉食ではない。仮に肉食だとしてもこの地域にはそれほどの動物が生息していないのだ。
つまりここに住み着いたのは雑食、それもかなりの力を持った魔物だろう。
魔物
動物が空気中の魔素によって産まれた存在。
ほとんどが狂暴になってしまうのだ。
その種類は未だに把握できていない。
その中の一匹がここに住み着いているのだろう。
「…ねぇ、こんな奴聞いたことある?」
「いや、ない。もしかしたら新種かもしれないな」
「だね」
そして二人の前に現れたのは猿のように枝にぶら下がり、二足歩行が出来るような足がある。
その特徴に加え狼のような毛並と爪、牙を持ち合わせていた。
その姿は狼男に近い物があった。
だがその瞳には知性を感じられない、完全な魔物であった。
その魔物を目にしたウォルターの目に獰猛な光が宿る。
その様子にやっぱりこうなったかと嘆息をついた。
こうなればオズを巻き込まれてしまうのだが止められない。
出来る限り気を付けるべく、少し離れる。
「まさか、こんな奴だとはな」
「魔物ってなんでもありのような気がするよ」
ウォルターはそんなオズの様子を気にせずに言っている。
二人の声は冷静そのもので落ち着いていた。
だが、二人目の前の敵に意識を向け、いつでも襲い掛かって来ても構わないようにしていた。
そしてゆっくりではあるが武器を構える。
オズは剣を抜いて片手で構え、いつでも腰の後ろにある銃を抜けるようにする。
ウォルターは両手に拳を作り構える。
こちらの準備を待っていたのかは分からない。
だが構え終わったと同時に襲い掛かって来た。
「くっ‼」
「ひゃっほう!!」
ウォルターは歓喜の声を上げながら、オズはわずかに反応を遅らして後ろに跳び避ける。
魔物の一撃で先ほどまで立っていた所が砕けて散っているのが見える。亀裂がそのまま広がって周りを巻き込みながら落ちて行った。
オズはその崩壊にまで巻き込まれない位置まで退避することが出来た。
だがその光景から分かるように敵の腕力はかなりの物らしく一撃でも当たればやばいだろう。
それが分かっているのにウォルターは崩れて落ちていく瓦礫の中、突っ込んで向かって行った。
傍から見ればそれは自殺行為でしかない。
「ウォルターっ‼」
オズの静止の言葉に耳を貸さずに突っ込んでいく。
そして魔物に向かって拳を突き出す。
だが、さすがなのか瓦礫を蹴って移動をして別の枝に尻尾を巻きつける。そしてそのまま一周してオズに飛びかかり殴る。
オズはこっちに来たことに気がついたのだが相手の巨体と動ける範囲の狭さで避けることが出来ない。
そう判断したのか迷わず相手に向かって走り出す。
当たると思った瞬間上に跳び、構えていた剣先を下に向ける。
狙うは突き出した腕!
「…!」
狙った通りに突き刺さった。
だが魔物は悲鳴をあげ、暴れまわり出した。
突き刺した剣から手を離さないように必死にしがみつく!
本来だったらこのまま腰にある銃を撃つのだが、思った以上に振り回されてしまい抜けないでいた。
むしろ手を離した瞬間にここから落ちてしまいかねない。
だが、突然腕を薙ぎ払い壁にぶつけられる。
「かはっ…!!!」
肺の中にあった空気が無理やり吐き出される。
当たる瞬間に背中に魔力を集めて防御したのだが、それでもかなり衝撃と力だった。
一瞬であったが意識も飛んでしまった。
腕に剣が刺さったままであるがそのままオズに止めを刺そうと襲い掛かってくる!
叩きつけられた痛みですぐには動けなかった。
動くことのできないオズに当たる!
ドゴンッ‼
横から飛んできたウォルターの跳び蹴りが当たり、壁を壊しながら魔物を吹っ飛ばせる!
さらに追い打ちをかけるべくウォルターが跳ぶように追いかける。
オズも追いかけるべく壁の向こうに進もうとするのだが、建物の中は吹き抜けになっていたらしく、下に落ちて行ったみたいだ。
その中を躊躇なく飛び降りたらしい。
なんとなく不安になりながら下を見下ろすと案の定なのかわずかにウォルターが構えるのが見えた。
その構えからして特大の魔法であろうこともわかる。
「おいおい・・・‼」
全身から冷や汗が流れる。
その構えを知っているオズは急いで屋外へ向かう。
ウォルターはこの建物を破壊するつもりのようにしか思えない。
もし巻き込まれたらひとたまりもない。
「やりやがったな!」
下の方から派手な音が聞こえたと同時に建物の崩壊が始まった。
ウォルターに文句を言うのは後にしてこの場を何とかするしかなかった。
自分の立っている足場も落下が始まる。
オズは落下している足場を飛び移りながら移動して躱していく。
だが地面に落下することを防ぐすべがなかった。
少しでも安全に降りれるように飛び移っていく。
そして何とか降りることに成功した。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…」
かなりしんどかったのか肩で息をする。
その顔にはかなりの疲労が見えた。
そしてこの後のことを考えると頭を抱えたいところだった。
辺りは倒壊した建物の瓦礫ばかり。
「よっしゃー!!!ッ」
そして雄叫びを上げるているウォルター。
これはどう考えても後でどやされることになるだろう。
1棟とはいえ破壊してしまったのだから。