好きなら好きと認めろよ!
自戒を込めたサブタイトル。
「で、ようするになにが困るわけ?」
そんな声が響くのは、大学構内の地下購買部を出たところすぐにあるベンチ群の一角。
軍議が開かれる場所だ。
「なにが困るって……そりゃお前――」
しかし、言葉が続かない。
そうだ。なにに困っているのだ。
なにをこんなに焦る必要があるのか。
なぜ、恥を忍んでこの男に大急ぎで相談を持ち掛ける必要があるのか。
じぶんでも、本質が見えなくなって悠が壊乱しようとしたときに、石神はあっさりと答えを提示してみせた。
「簡単なことじゃねえか。お前は、ゆかりとかいう女に惚れたんだろ? ほんのちょっと、愛想よく話しかけられただけで惚れちまったんだろ? 今どき小学生でもそんなにあっさり好きにならねえぜ」
呆れ声。
しかし、痛いところをつかれた悠は、強引に抗弁を試みるしかない。
「いや、惚れたというか……。そこまでじゃねえっていうか……。ちょっと気になるだけで――」
「あのなあお前。よくバカがじぶんの感情をオブラートに包むために『気になる』って言葉使うが、あんなもんは『好き』と同義だぞ」
断定するような物言い。ついでに指をこちらに向けている。
人を指差すな、と教えられてはいないのだろうか、この男は。
悠は、そんなことを思いながら言う。
「石神よ、それはちょっと極端じゃ……」
「極端なことあるかい。考えてもみな。『気になる』って言ってたやつが『やっぱり気にならなくなりました』なんて言いだすの聞いたことあるか? 結局は『好きになった』とかほざくんだよ。本質的な違いなんてどこにもないのに。あれは要するに告白したくなるほど好きか、まだそこまで高まってないかの違いしかねえんだよ」
石神は理屈っぽい。なんでもかんでも頭で独自の理論を構築している類いの人間だ。
そして常に全方位に喧嘩をふっかけている人間だ。
それなりに人付き合いもできるし、しているが、ほんとは全員まとめて見下しているのではないかと、疑ってしまうほどだ。
そんな彼だから、とにかく反感を買う。
敵はどんどん増える。
しかし、一部のもの好きや道楽家は妙に気に入ってしまう男でもあり、なんやかんや言ってふだん遊ぶ友人にはいっさい困っていない様子だ。
このように内心で呆れながらも、悠もまたもの好きの一人であるのだから始末に置けない。
「だからとりあえずお前がやるべきことは、じぶんの気持ちを認めることだ。そしてじぶんの現在の立ち位置を正確に知ることだ」
「……どういうことだ?」
「ここまで言ってまだわかんねえのか。お前は出来の悪いバイトかよ。一から十まで言わないと理解できないようなやつかよ」
すごい言われようである。
言い忘れたが、いやもうわかると思うが、石神は口が悪い。
とにかく言いたい放題だ。
「わかったから。出来の悪い教え子に答えをご教授ください」
「お前だって一応、受験戦争切り抜けたんだろう。んじゃ、そのときの警句をよく思い出せ。授業だけ聞いても、ましてや解説だけ聞いても駄目なんだよ! じぶんで例題を解け。演習をこなせ!」
「なんだよ、そのたとえ……」
「うるせえよ。会話を芳醇にするのはいつだって比喩なんだ。メタファーなんだ。村上春樹だってくだらねえことにダラダラと比喩をこねくり回すだろ。肝心のセックスはそのまま『セックス』やら『僕は射精した』とか書くくせによ」
「読んだことないけどな、村上春樹」
「いいよ。べつに読まなくて。だぶん日本でハルキスト名乗ってる連中の五パーセントも村上春樹を理解できてないだろうからな。ファッションだよ、あいつらは。なんでもかんでもファッション化するんだ」
「あいつらって……。お前はいったい誰と戦ってるんだ……」
相談できる男が目の前で意味不明な講釈を垂れるこの男だけとは……。
悠は、じぶんの交友関係の少なさをはじめて改めようと思った。
「んで、なんの話だっけ?」
「お前だろ。話の腰を折るのは」
「すまん、すまん。これじゃ話の腰も全治五か月だな。ハッハッハッハ」
じぶんで言ったことで、大笑いしてる。
気に入ったのだろう。何度も何度も「全治五か月だよ」と楽しそうに繰り返してる。
それを無視して、悠は言う。ユウはいう。シャレではない。
「だからゆかりさんだよ。僕が相談してるのは」
「ああ、その女な。そうだ、だから立ち位置だよ! もう言うな? 言うからな? お前はゆかりが好きなんだ。『気になる』なんてちんけなぼかしはやめろよ。好きなんだ。とりあえずそれを認めないと話が進まない」
「ああ、わかった認める」
「よし、じゃあ言え。声に出せ。『僕はゆかりを好きです』と宣言しろ。それが言霊となってお前を勇気づける。大脳を騙す」
騙しちゃダメじゃねえか。
とは突っ込まずに、悠は大人しく従う。
「僕はゆかりさんが好きだ……」
「よし、それでいい。そしてそんな恋する乙男の前に立ちはだかる一人のお邪魔虫。名前なんて言ったっけ? ああそうだ。都道京介だ。それにしても、そいつすげえな。都の京だろ。ほんと京都らしい学生だな」
「それはずっと思ってた」
「んで、そんな名前ってことは、かなりの男前なんだな?」
「なんだよ。その決めつけ」
「いや、そらそうだろ。都道なんて名字ぶら下げてるやつが不細工だったらあんまりだろ。考えてみな。クラス名簿もらったときに『都道京介』なんて名前あったらどう思う? 『絶対こいつ男前だろ!』といきなり無条件で敗北を悟るだろ? 女なら惚れるだろ! ほれ見ろ!」
「僕はまだなにも言ってないぞ」
そう言ったあとに、ため息をつきながら「たしかになかなかの男前ではあった」と付け足した。
「そらな。しかし、因果なもんだ」
「なにがだよ?」
「だって都道は男前なんだろ? それに対するは名前負けの帝王・九鬼悠くんだぜ。もはや、神の悪戯としか思えないね」
「む、余計なお世話だ」
「いや、もう賽の目を見て神様も大爆笑だぜ。全知全能の神・ゼウスですら腹筋壊れるぜ。イエスですらこらえきれないぜ。絶対に笑ってはいけない黄泉の国ならケツいかれてるぜ」
そこまで言うか。
と内心では石神の言いざまに辟易としたが、悠は会話の行先を必死で修正する。
石神と話していると、どんどん内容がそれてしまい、いつまでたっても話が前に進まない。
ふだんならば別にかまわないが、今はテーマがテーマだ。
「そうだ。運命の悪戯でもなんでもいいが、とにかく来週ゼミでグループ決めがあるんだ」
石神はそれを聞くと、途端に真顔になって話し出す。
「そこが天下分け目ってわけだ。関ヶ原だ」
「まあ、そういうことになるな」
「それは、もちろん自由に班決めしていいんだよな? くじ引きとかいうクソくだらない手法は取らないんだよな」
石神はくじ引きに恨みでもあるのか。意中の人とそれで引き裂かれたのか。
そう思ってしまうほどに、くじ引きに対する風当たりが強い。
「ああ。先生は特になにも言ってなかったからおそらくは……」
「ううむ。そうなるとこれはスピード勝負になるな」
「スピード勝負?」
石神の言葉の真意がわからず、悠は思わず聞き返す。
「だってそうだろ。はい、グループ決めてと言われたとき、なにも準備していない人間は当然ボーっとその場で突っ立つことになる。対して誘う相手が決まっている人間や、もとから友人がゼミ内にいる人間はそいつらと引っ付く。いきなり、クラスで浮いてしまうか、余ってしまうかのサバイバルが行われるわけだ。かあー。先生も酷だねえ。『バトル・ロワイヤル』だねえ」
「たぶん、先生もそんなこと考えないと思うぞ」
「なんだじゃあ、神の見えざる手に託すと誰も余ることなく綺麗にグループが決まるとでもいうのか。なんだよそれ! 新自由主義者かよ! トリクルダウン効果かよ!」
最後の言葉はよく意味が解らなかったが、また「そんなことも知らないのか!? 一般教養だぞ」とドヤされることも面倒なので聞くことはしない。
「でも、僕は一応ゆかりさんの知り合いだし。おそらくは同じグループになれると……」
「当たり前だ! そこを失敗すると、お前は一生ゆかりとお近づきになることはできんぞ」
「ところで……なんで、僕が『ゆかりさん』で石神が『ゆかり』と呼んでいるんだよ……」
先ほどからずっと頭をちらついていた疑問を口にする。
対して、石神は「なんだ、そんなことか。バカかお前は」という表情を浮かべる。
「そんなのタレントだからに決まってるだろ!」
「タレント?」
またも、よくわからないフレーズが飛び出した。悠は問い直す。
石神と話していると、こんなことが頻発するので厄介だ。
石神は思考の過程をすっ飛ばして、結論だけ述べることがある。
「だーかーらー。お前はゆかりと会ってる。それも愚かな貴様は忘れていたが、小学校の同級生らしい。そして今では同じゼミの学友にあたる。だから実在として認識できるんだよ。他方の俺は、そんな女はお前の口から間接的に知っているだけだ。もしかするとモテない男が生み出した妄想の産物で、実際は存在しないかもしれない。少々極端な言いかただが、そういう場合もありうるわけだ。そう、俺にとって山手ゆかりはお前を通して知っているだけの人間だ。タレントだって、テレビ、もっと言うとメディアを通じて知っているだけの存在だ。ぞの人が実在しようがしまいが、俺にとっては画面の向こうの虚構に過ぎないわけ。ほら、同じではないか!」
「納得できないような、できるような論理だが、なんとなく言いたいことはわかった」
「それでいい。んで多くの一般人はファンでもないかぎりタレントのことを呼び捨てにするだろ。タレントだけじゃない。一国の総理大臣ですら呼び捨てにしてしまうくらいだ。それがいいか悪いかはとりあえず捨て置くとしてな。事実としてそうなんだ。だから、俺は俺にとってタレントである山手ゆかりを『ゆかり』と呼ばせてもらう。なにも問題あるまい?」
「あ、ああ」
どう考えても力技はなはだしいごり押し論理ではあるが、なんとなく筋が通っているように思わせてしまうのが石神のうまいところだ。
話術。
こいつが熱弁するならどんなに価値のないゴミでもそれなりの商品に見えてしまうそうなものだから恐ろしい。
天性の詐欺師の才能があるのかもしれない。
「第一、呼び方なんてどうだっていいんだ。お前が望むなら俺はゆかりを『女A』と呼んでもな。どうだRPGみたいだろ。そんなことよりグループ決めだ、グループ決め! 絶対、成功させろよ。都道とかいう野郎に先を越されるな!」
「そんなこと言われたって……。どうすれば?」
「とりあえず授業がはじまる前にゆかりに話しかけろ。『今日のグループ決めのことなんだけどさ……』って」
「よかったら組まない?」
「そうだ、予約だ。リザーブシートだ。何事も先手必勝だ」
「でもよ、すでに都道がゆかりを誘ってたらどうすんだ? その可能性は高いと思うぞ」
ゆかりは都道とは一回生のころからの友だちだ、と言った。
ゼミ以外の場所でも、接触する機会もあるだろう。
状況はこちらが不利だ。
「それは仕方ない。そもそもグループは四人なんだろ。最悪、三つ巴だ。三角関係だ。『マクロス』だ!」
「歌わねえし、戦闘機にも乗らないがな」
「しょうもないことを言ってんじゃねえよ!」
発端は石神だろうが、と思ったが悠は黙っておいた。
これ以上、話を脱線させるわけにはいかない。
「とりあえず、努力してみる」
「なんだ、その官僚みたいな答弁は。持ち帰って議論します、みたいな。やるんだよ、なんとしても同じグループになるんだ! 絶対だぞ、絶対な! お兄ちゃんとの約束だぞ!」
「わかった、わかったから」
「よし、それでいい! じゃあ、解散!」
勢いよく閉幕を宣言すると、石神はベンチから立ち上がり汚れてもいないジーンズを手で払う。
そして悠のほうにむき直り、言った。
「来週の木曜日。ゼミは四限からだろ。じゃあ昼休み、学部棟の食堂に集合な」
「あいよ」
うんざりした調子で返す。
相談しといてなんだが、なぜ石神は他人の恋煩いにそこまで熱心になれるのだろう。
悠は理解に苦しみながら、のっしりと歩き去る変人の後ろ姿を見送った。




