デジャヴ
あれ、なんなんでしょうね。
京都駅入って右手のエスカレーターを昇ると、そこには庭園がある。
庭園といっても、申し訳程度の花壇にベンチがいくつか設置されているだけなのだが。
しかし、さすがにそこから見渡せる風景は、京都を一望できてなかなかに壮観だ。
ほぼ真下にある京都タワーを見下ろしながら悠は言った。
「どう思った?」
「なにが」
「なにがって……言わなくてもわかるだろ」
「ゆかりさんのことか?」
「ああ、まあ」
「複雑だな。俺はしょうもない偏見なんて持ち合わせちゃいないが、フラれたことに違いはないからな」
そう言い、石神はガラスにもたれかかり、京都の街々に背をむけていた。
そして石神は、ジーンズのポケットからタバコを取り出す。
「あれ? 禁煙してたんじゃなかったのか?」
二回生になってから、石神が喫煙しているところを見たことがなかった。
すっかり石神は完全にタバコと手を切ったものだと思っていたが、そう簡単に卒業できるものではないらしい。
もっとも、悠は生まれてこの方、一度もタバコを吸ったことがないのでよくわからない。
これからも吸わないつもりだ。
あんな高いものに金を払うなら、酒を飲みCDを買う。
悠はそういう男だった。
「ああ、まあ今日はタバコの神も許してくれるだろ」
「神様オールスターのギリシャ神話ですら、タバコの神はいないと思うぞ」
「万物に神は宿るんだよ」
「へいへい。アニミズムね」
悠は視線を京都タワーから遠くに見える五山に移す。五山といえば、送り火が有名だ。
そして悠は話題を今日のことに戻す。
「ところで、これからどうする?」
「知るか。そんなこと俺に聞くな」
未央とゆかりは、今二人で話をしている。
かれこれ三十分は経っているが、いまだに戻ってくる気配はない。
「遅えな」
「女の話は長いんだよ」
そう言って、石神は携帯灰皿でタバコの火を消した。
「これ失恋なんだよな?」
ずっと一人で考えていたが、らちが明かないので石神の意見を聞くことにする。
石神が、この問題についてどうやって処理したのか気になっていた。
「そらそうだろ。相手が男に興味なかったからノーカウントってのは、ちょっと勝手すぎないか」
「やっぱりそうなるのか。でも、それにしては失恋した感じがしないというか、いまいち傷心できないというか……」
「わかるよ。その気持ちは」
「だろ? だから僕の大脳が失恋と判定してないんじゃないかと」
「レースに出走すらしてないから、これは払い戻しだみたいな?」
「そんなところだ」
「お前の言ってることはわかるが、ゆかりさんの性質を見抜けなかった俺たちのミスってことにはならないか?」
「でも、ふつう気づかないだろ」
「そうでもないぞ。いつかの京都野郎が箸にも棒にもかからなかったときに、もしかしたらと思うことだってできた」
「そんな発想になるやつなんていねえだろ」
「まあ、それもそうか……」
じぶんの論があまりに無理くりすぎたことは、石神も自覚していたのか、あっさりとお説を引き上げた。
そしてなにを言うでもなく、二人同時にため息をついたとき悠の携帯電話が鳴った。
「鳴らされるのはお前の携帯か」
「今日の主役、僕だからな」
「忘れてたわ」
憎まれ口を叩く石神を無視し。悠は携帯をポケットから取り出し、ディスプレイを見る。
表示された名前は、楠田未央であった。
「はい、もしもし」
「あ、悠くん? こっちはもう終わったから。これからどうする?」
「ううん。どうする? 合流? それとも解散?」
「どうしようかな。いや、あたしもまた混乱しちゃって。うかうか落ち込んでもいられないというか。とりあえずゆっくり考えを整理したいというか……」
「そうか。じゃあ、今日はこのまま――」
その言葉を聞いた石神は、一瞬目をむいたがすぐに納得し「まあ、そうか」と一人つぶやいた。
「うん。ごめんね」
「じゃあ、とりあえずまた会おう。四人で必ず」
「わかった。絶対ね。……それじゃ」
そう言って、未央はあっさりと電話を切った。
おそらく横で落ち込むことになったゆかりを励まさなければいけないのであろう。
「とういうことだ。今日はもう解散」
「うむ。それがいい」
「どうする? 帰るか?」
悠はそう言って、腕時計に目を落とす。
夕方と夜の間のような微妙な時間だった。
「いや、一杯やっていこう」
「そうだな。さすがに愚痴りたくもなる」
「まずい酒になりそうだ」
石神は腰を上げ、大きく伸びをする。
「ああ、今日はいろいろあった」
悠の言葉に石神は無言で返事をする。
乾いた笑いだけを込めてだ。
二人は、エスカレーターを降りて京都の町に繰り出していった。
一週間後。
悠と石神は再び、京都市バスに乗っていた。
系統は二百五番。
R大学前から京都駅までむかう優れものだ。
「なあ、ずっと気になってたけど、ゆかりさんってフラれたのか?」
先に切り出したのは石神だった。
「そりゃそうだろ。だって未央は――」
「僕のことが好きだったからってか? かあー。色男は違うね」
「煽ってんじゃねえよ」
「でも、わかんねえぞ。未央さんだって、傷心だったからコロッと」
「コロッとねえ。ないと思うがな」
悠は窓から外の景色を見る。
バスは西院をぬけたところだ。
そこで多くの乗客が下車したので、車内は閑散としている。
「それにしてもすごかったよな、あの日は」
「なにが?」
「だってほぼすべての人が一回は告白して、一回は告白されたんだぜ」
ほぼすべての人。
ほぼ。
なるほどな。
悠は笑い出した。
「なにがおかしい?」
不審げな表情で石神は聞く。
「そういえばそうかってな。ほぼすべて……ああ、そうだ間違いない『ほぼ』すべてだ」
おかしそうに言ってみせる悠を、奇妙なものを見るかのような表情で見ていた石神だったが、すぐにその意味に気づき激昂する。
「悪かったな! 俺だけ、誰にも告白されなくて! 負け越しですよ。プロ野球でいう借金ですよ」
「すねんなって。どうせ誰にも恋人できてないんだから」
「そりゃそうですが……。お前が楽しそうに笑うから」
なおも抗議口調で石神は言う。
「すまんすまん。でも、今日はどういうテンションで会えばいいんだろうな。まったくスタンスがわからん」
「気まずい感じにはならないと思うが……。うう~ん、特殊なケース過ぎてわからないな。どんな日になるのかまったく読めない」
今、二人は一週間前と同じように京都駅にむかっている。
そして一週間前と同じメンバーで会うことになっているのだ。
ダブルデート。
ではない。残念ながら。
提案したのは未央であった。
悠と石神はすぐさま大学食堂で会議を開いたが、すぐに申し出を受け入れることにした。
あのまま終わるのは、二人にしても心残りであったからだ。
「まあ、ふつうに行こう。できるかぎり」
「そんな曖昧な態度で大丈夫なんだろうか。俺はいいよ。フラれただけだから。でも、お前らはもっとややこしいんだぞ!」
「わかったから。もうそれを言うな」
「心配だな」
石神はそう言って、目を閉じだ。
吊革につかまりながらも眠れる男なのだ。石神健太という人は。
悠もそんな石神は数秒眺めたあと、視線を再び外の景色に移した。
バスから降りた二人に日光が襲いかかる。
まだ本格的な夏は訪れてはいないのに、太陽はもう張り切って営業している。
悠と石神は前回のように早めに会場入りすることなく集合時間五分前に京都駅に到着した。
上からだとあんなにちっぽけだった京都タワーが二人を見下ろす。
「どや」と居丈高に見下されている感じがしないでもなかったが、無視してさっさと遠ざかり駅正面入口へとむかう。
多くの人が行きかうスポットに見慣れた影が二つ。
まだ、服装をチェックするには距離がありすぎるが、おそらくゆかりと未央に間違いない。
ゆかりはすぐに悠たちに気づいた。そしてすべてのしがらみを断ち切るように、最初からそんなものはなかったかのように大きく手を振る。
未央もゆかりの視線を追い、まもなく二人に気づいた。
距離を着実に詰め二人の姿をはっきりと確認できるところまで来たときだった。
悠は「おや」とつぶやいた。
二人の装いはまったく同じだった。
ゆかりは青のロングスカートに赤と白のボーダーシャツ。長い背丈によく似合っていた。
未央は水玉のフレアスカートに黒のトップス。首もとには白のフリルがついている。
よく覚えている。
未央がふだんと別人のように見えてドキッとしたこともだ。
「俺たちも服装合わさればよかったかな」
「どうせ覚えてないだろ」
「そらそうだ」
そう言って、二人同時に小走りに駆け寄っていた。
二人を笑顔でむかえる美女二人のもとへ。
おわり。




