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変人。

よく言われます。

 京都水族館は梅小路公園内にある。

 ゆかりと石神は先に水族館を出て、公園内のベンチで二人を待っていた。

 石神の電話での誘導に応じて、悠と未央は二人に合流しようとしていた。

 しかし、悠は不思議に思った。

 石神の声色が妙であったからだ。

 石神はゆかりに告白した。

 おそらくこれは間違いないだろう。

 そうでなければ、なんのために二人っきりになったのかわからない。

 だからこそ、未央は悠に気持ちを伝えた。

 その結果は悲しいものにはなったけど、未央は後悔していないはずだ。

 悠は自らを励ますようにそう思った。

 未央は悠と一緒に歩いてはいるが、目もとは涙で腫れていた。

 意気消沈。

 そんな様子だった。

 しかし、石神はそういう感じでもない。

 だからといって告白が成功して、万々歳といった感じでもない。

 悠に気を使っているという可能性もあるが、にしてはその声色はあまりに奇妙だった。

 不審に思いながら、悠たちは二人に合流した。

 公園内の一角のベンチで二人は腰をおろしている。

 しかし、電話口と同じでやはり石神の様子がおかしい。

 いや、ゆかりの様子もどこかよそよそしかった。

 やはり、石神はフラれたのであろうか。

 そんな予感が悠の頭を駆ける。

 喜ぶべきなのか、友人の失恋を悲しむべきなのか。

 悠の思考は判断をくだせないでいた。

 二人が立ち上がって、悠たちを迎えた。

 四人は声もなくベンチの周りを囲んだ。

 沈黙。

 気まずさとは違う、みんながみんな次の行動を思案するかのような間。

 しかし、意外にも静寂を破ったのはゆかりだった。

「じゃあ、九鬼くん。ちょっと話そうか」

「あ、ああ」

 呆気にとられながら、悠はなんとか返事をする。

「じゃあ、あっち行こう」

 そう言って、ゆかりは歩き出す。

 戸惑う悠に石神が声をかける。

「行って来い。俺はここで未央さんを見ている」

 石神は明らかに落ち込んでいる未央を前にどうしたものかといった様子であったが、二人を送り出してくれた。

 そしてやはり石神からは喜びも悲しみもうかがえない。

 あえて言うなら、困惑という色が表情に張り付いていた。

 それはいつでも泣き出しそうな未央にか。

 それともゆかりにか。

 そんなことを思いながら石神を見ている間に、先を歩くゆかりとの距離がどんどん広がる。

「なにしてる。はやく行け。心配するな。未央さんは俺がちゃんと見ておく」

 石神が右手をこちらに振りながら「あっち行け」というジェスチャーをする。

 悠は慌ててゆかりのあとを追う。 

 しかし、小走りで近づいたがなんと言ったものかわからず黙っているだけだった。

 ゆかりはそんな悠を一顧だにせず、石神たちから十分に距離を取る。

 公園の奥に入り、石神たちの姿が小さくなったことを確認してからゆかりは口を開いた。

「この辺でいいかな」

 そうつぶやいたゆかりからは、緊張が伝わった。

 どこから話せばいいのか、と思案する様子だった。

 未央も水槽の前で、そんな表情を浮かべていた。

 しかし、悠は思った。より正確に言うと気づいた。

 それはおかしい。

 今から告白するのは悠だったはずだ。

 悠は歯車がおかしな方向に回り出しているのを感じた。

 そしてその歯車は、もはや止められないほどの勢いを獲得していた。

「今さら隠すこともないから言っちゃうね。私は石神くんに告白されたの。付き合ってほしいって。嬉しかった。あんな人と付き合うと、さぞ楽しいだろうとも思った」

 その言葉は、悠に少なからぬ衝撃を与えた。

 しかも、それは彼にとって決していい驚きではなかった。

 悠は友人の成功を心から祝福できないじぶんに嫌悪感を抱いた。

「じゃあ……ゆかりさんは――」

 本当はその場で膝を折りたかったが、それでもなんとか言葉を絞り出したときだった。

 ゆかりが悠を遮って言う。

「早とちりしないで。私は石神くんの告白をお断りしたわ。そして九鬼くん。私は、同様にあなたのことも悲しませると思う」

 今度の衝撃は二つだった。

 まず一つは、石神が断られていたこと。

 しかし、それではなぜ、と悠は思う。

 石神の表情は失恋者のそれではなかった。

 あれでは、結果を保留にされたようですらあった。

 そして二つ目。

 悠は告白する前にフラれた。

 芽を摘まれてしまった感じだ。

 もう石神にしたのと同じ手順を踏みたくないのか。

 殊勝な(ツラ)をぶら下げてお断りすることにせいせいしたのか。さすがにそれはないだろう。

 それともほかに理由があるのか。

 悠は悲しみよりも、さきに疑問が湧きあがってきた。

「理由を聞かせてもらえるかな?」

 ゆかりの真意を問いただしたくて言った。

 なにもじぶんがフラれたことに納得ができないというわけではなかった。

「私ね……」

 そこでゆかりは一度天を仰ぎ深呼吸する。

 晴天。雲一つない。

 嫌味なほどの晴れ模様だった。

 しかし、ゆかりはすぐに二の句を継がない。

「わたし?」

 悠がしびれを切らして先をうながす。

「ごめん。ちょっと緊張しちゃって」

「ああ、こっちこそ。せかすつもりはなかったんだ」

 その言葉は嘘だった。

 しかし、ゆかりは気づかなかったようで「ううん。大丈夫」と言った。

 そして視線を空から悠のほうに戻して、一語一語噛みしめるように言った。

「私ね。未央のことが好きなの」

 最初、たちの悪い冗談かと思った。

 しかし、そんな反応を先読みしていたかのようにゆかりは言葉を続ける。

「冗談じゃないよ。もちろん友だちとして好きとかでもない。あ、もちろん仲のいいお友だちだけどね。そうじゃなくて……今話しているのはそういうことじゃなくて。私が未央のことを好きなのは、九鬼くんとか石神くんが私のことを思ってくれてる気持ちとおそらく同じで……。だからとにかく……二人の気持ちに応えるわけにはいかないの」

 しかし、後半は悠の耳には入ってなかった。

 むしろ最初の一言で、すべての事情を了承することができた。

 とは言ったものの、悠はたしかに混乱していた。

 そしてようやく先ほどの石神が見せた奇妙な表情に合点がいった。

 なるほど。そういうことだったのか。

 石神がこの話を聞いたとき、どういう反応だったのかあとで彼に聞いてみるのも楽しそうだ。

 不意に悠はそんなことを思った。

「一つだけいいかな?」

 ここからは悠の単純な好奇心からだった。

「うん。なに?」

「それは、昔から?」

「うう~ん。難しいね。最初は男の子と付き合ったこともあったんだけど、なんだかほかの女の子が言う『好き』の気持ちがいまいちわからなくて。じぶんの中には、そんな感情備わってないんじゃないか。一時期、そんなことを思ったこともあった。私はちょっとおかしいんじゃないかと、と心配したこともあった。けどね、高校生になったとき同じクラスの女の子にドキドキしているじぶんに気づいて。ああ、この気持ちか。驚きよりもまず、安心感が強かったことを覚えてる」

「そっかあ」

 あまりにもじぶんとは遠い世界の話のような気がして、悠は気のない返事をすることしかできなかった。

 ゆかりはそんな悠を不安そうな瞳で見つめている。

 その姿は、今をもってゆかりを魅力的にしていた。

「うん。たしかに僕にはよくわからない世界ではあるけど、べつにいいんじゃないかな。変人には慣れてるし」

 なかなか勇気のいる冗談だったが、ゆかりは吹き出してくれた。

 重い空気がいささかほぐれる。

「もう。変人だなんてひどい。これでも、あなたたちよりましよ」

「え、僕も? 心外だな」

「似た者同士、通じ合うところがあるのよ」

「僕と石神が? なんだか複雑な感じだ」

「いいと思う。そんなに気の合う友だちってなかなか見つけられないし」

「そうかなあ」

「そうだよ!」

 二人は笑顔に戻った。

 それは虚勢からくる引きつったものだったかもしれない。

 けど、今は笑うことが大事。

 悠はそう思っていた。

 そして、ゆかりも同じことを思ってくれたようだった。

「うん。んじゃ、仕方ない。未央にはそれを?」

「ううん。まだ言ってない。けど、このあと告白しようかなって」

 思わず笑みを浮かべた。

 今日一日で何人が告白するんだ。

 と我ながら呆れてしまった。

「そうしたほうがいい。うん。それがいい」

 じぶんとゆかりを納得させるようにつぶやいた。

「石神くんも同じこと言ってくれた。しかも、伝えてもらわなきゃじぶんと九鬼がフラれる意味がないって」

「なんだそれ。もしゆかりさんが未央のこと何とも思ってなくても結果は変わらないかもしれないのにな」

 自虐を交えて言う。

「どうだろう。私にもわかんないや。男の子ことを好きになったことないから」

 少し寂しそうに笑った。

 視線を少し上にむけながら。

 それは、ゆかりがこれまでの人生でいやでも痛感された自らの特殊性を思い返すようであった。

「それじゃ……戻ろうか」

「うん」

 こうして二人は石神たちが待つ場所へと戻っていった。

 悠の顔には、さきほど石神に見た奇妙な表情がこびりついていた。

 僕はフラれた……よな。

 誰かに確認するかのように、音もなくつぶやいた。

 ゆかりはそれに気づいていなかった。


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