パスタとスパゲティの違い。
よく知らない。
会話など弾むはずなどなかった。
オシャレなカフェで、なんだかオシャレな名前のパスタを食べたが、悠は味がまったくわからなかった。
ほかの四人も同じだったのだろう。
進まぬ箸を片手に、パスタを見つめて停止することがしばしば。
それでも、ふだん悠と石神が行くような店に比べるとスズメの涙のような量の食事しか出てこない。
誰一人として残す者はいなかった。
そして食事のコーヒーをすすっていたときだった。
おもむろに未央が口を開く。
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
「ああ。そうしましょう。はっきりさせたほうがいい。なにもかも」
同調するのは石神。
ゆかりは両手で熱いカップを包み、そんな二人を言葉なく見つめている。
「なんだか物騒だな」
悠は無理やり冗談を飛ばしたが、それにのっかる者も笑みを浮かべる者もいなかった。
「まずじゃあ、今日のダブルデートの本来の目的を話すわね」
「ええ。それを伏せるのはゆかりさんに対してフェアじゃない」
そして未央はゆかりのほうに向きなおり切り出した。
「ゆかりには言わなかったけど、今日は九鬼くんとゆかりを引っ付けることが本来の目的だったの」
「えっ……?」
未央の言葉にゆかりは驚きを露わにする。
そしてゆかりは悠を見て「ほんとうなの?」という表情を浮かべた。
「ああ、そうだ。そのために石神と未央に協力してもらった」
「そうだったの……」
ゆかりはポツリと漏らす。
その様子に取り繕いや、嘘の色はうかがえない。
本当にゆかりは気づいてなかったのだろう。
「しかし、未央さんの発言で事態が大きく様相を変えた」
「ええ。あたしが九鬼くんとの関係をにおわせる発言をしたときの二人といったら……すごい顔してたね」
その言葉は淡い笑みと共に。
「なるほどね。だから二人はあんなに驚いて……。おかしいなと思ったの」
ゆかりは納得したようにつぶやく。
「だけど、石神くんの発言で今度はあたしがびっくりさせられることに」
「言ったあとに、じぶんでも驚きましたからね。俺はなにを言ってるんだと」
自嘲交じり。
石神も封印していた感情が自分の意志とは無関係に溢れ出てしまい弱ったのだろう。
「だけど、今さらさっきの発言は忘れてくださいとほざくわけにはいきませんからね。九鬼には悪いですが」
「ああ、かまわない。まったく気づかなかった僕にも落ち度はある」
「確認ですが、未央さんはどうしてあんなことを?」
答えはわかりきっているが一応。そんな様子で石神は問う。
この際、白黒はっきりさせねばならないと決心したのだろう。
「やっぱりちゃんと言わなきゃダメみたいね。石神くんみたいに」
薄い笑みを浮かべて、挑発的な目を石神にむける。
しかし、石神もそれに怒りで返すことはしない。
未央の冗談だと、石神もよくわかっているのだろう。
石神は無言で未央に先をうながす。
未央は観念したように両手をあげて、頭を左右に振り答える。
「あたしは九鬼くんのことが好きだわ。ゆかりのことを好きだと知ってからも、その気持ちが変わることはなかった。べつに石神くんみたいに身を引こうと思ったこともなかった。チャンスをうかがっていたわ」
虎視眈々。
そんな四字熟語がぴったりだった。
いや、彼女の場合は虎というより雌豹と表したほうが正しかった。
白状するように未央は言った。
しかも、悠が拍子抜けするほどにあっさりとだ。
なんでもないことのように。
昨日の晩御飯のメニューについて話すかのように。
それが本心からなのか、虚栄心からの演技なのか、悠には定かでなかった。
しかし、強い人だと尊敬の念を抱いた。
「だから俺たちに協力するフリをして……」
「聞こえは悪いが、そういうことね。だってダブルデートでもなんでも、労せずに九鬼くんと会えるわけでしょ? 願ってもないチャンスよ」
「ですが……。こいつはあくまでゆかりさんと」
石神は悠を指で示しながら言う。
「ええ。わかってたわ。けど、チャンスってどこに転がってるかわからないじゃない? まあ、結局我慢できずに早々にばらしちゃったわけだけどね」
苦い笑みを浮かべて、未央は言う。
イタズラっぽい笑みを浮かべて言うと、それはすさまじい破壊力だったのだろうな。
悠はそんなことを取り留めのない思考の渦の中でふと思った。
「それで……これからのことなんだけど……」
ゆかりはポツリポツリと砂浜に散らばった真珠を拾うかのように慎重に言った。
二人の男に同時に気持ちをむけられていることを知り、彼女も混乱しているのだろう。
ときおり、頭を抱えている。
「京都水族館……でしたね。予定では」
「気がのらねえな」
「それを言っちゃダメよ」
未央が半笑いで言う。
そんなことみんながみんな思っていることなのだろう。
「組み合わせ……でいいのかな。どういうペアにする?」
ゆかりが蚊の鳴くような声で言う。
みんなが途方に暮れているが、彼女が一番弱り切っていることが伝わってきた。
「僕は……未央と話したい。二人でゆっくり」
悠は意を決して切り出す
「いいの?」
未央は静かな口調だったが、その声からは驚きの色がうかがえた。
当たり前だ。
悠の提案は、そのまま好きな相手が恋敵と二人の時間を過ごすことを示す。
そんなことをじぶんから提案するとは、正気の沙汰ではない。
たとえ諦める気はない、と宣言していても未央は素直に喜ぶことができないようだった。
「なんで未央が遠慮するんだよ」
できるかぎり軽く。笑みさえ浮かべながら。
「でも……」
石神もなにか言いたいことがあるようだったが、結局口をつぐんだ。
眉間に皺をたっぷりと寄せ、二人のやり取りを見守る。
「それじゃ……とりあえず私と石神くん。九鬼くんと未央でいい?」
私と石神くん。
その言葉が悠に重くのしかかる。
じぶんから言いだしたことではあるが、いざゆかりにはっきりと言われてなかなか心に刺さるものがある。
悠は、そんなじぶんの弱さが情けなくなった。
ここで一番弱いのはじぶんだ。
そう思わざるを得なかった。
しかし、悠はじぶんの意地にかけて毅然として返事をした。
「ああ。それで行こう」
石神が無言で伝票を握った。
相変わらず眉間には皺がたまっていた。




