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ゴールデンチョコレート。

ミ〇ドではあれが一番好きかなあ。

 そしてその日。ついにやってきた。

 梅雨が迫り、天候が危ぶまれたがなんとか持ちこたえたようだ。

 晴天、とはいかなかったが晴れと曇りの間を右往左往しているような天気だった。

 気象予報士も大変だな。

 そんなどうでもいいことを思いながら、悠はバスに揺られていた。

 京都市バス二百五番。

 R大学から京都駅までむかう便利なバスだ。途中で西院や四条大宮などの比較的栄えたエリアを経由するのも、ポイントが高い。

 そんなバスに、悠は石神と一緒に乗っていた。

 さすがに公共の場所ということで、石神も平素のようにやかましくがなり立てることをしないが、それでもやはりしゃべり続けている。

 しかも、今日はかなり機嫌がいいようで、がぜん面倒くさい。

「それにしても俺とお前がダブルデートとは。運命の悪戯。神の気まぐれだ」

「……いちいち表現がオーバーなのはなんとかならんのか」

 混雑している車内なので、声は控えめに。

 石神もその辺は心得ているようだが、いかんせん彼は声がよく通る。その声質が見事にあだとなっていた。

「未央さんはなかなか話のわかる女性だな」

 しかし突然、そんな石神がふだん聞かないような静かなトーンで言った。

「ああ、うん。気軽に話せる数少ない女の子だ」

 呆気にとられながら答える。

「そうか。ああ、そうだな。気楽な相手ではある」

「未央がどうしたのか?」

「いや……なんでもない。ただな」

「なんだか気になる言いかただ。なにか思うところでもあるのか?」

 そのあとに悠はある考えを思い立った。

 しかし、それは些か突飛なものだった。

「もしかして、お前……未央のことを――」

「違う! それは神に誓って断言しておくぞ! そうじゃなくて俺が言いたいのは……」

 歯噛みするように言ったが、石神は結局そこで言葉を切った。そして

「いや、やはりなんでもない。お前は知らなくていい」

 と思わせぶりな言いかたに留めた。

「なんだそれ。おかしなやつだな」

「それは、いつも通りだ」

「じぶんで言うな。まあ、そんなジョークが言えるならなにも心配いらないな」 

「違いない」

 控えめな笑い。二人同時だった。

 直後、二人の間には珍しく沈黙が流れた。バスの車内だからということではない。

 互いにそれぞれの立場から思うところがあり、緊張を隠しきれないようだった。

 しかし、石神が沈黙していることは、悠にえも言われぬ圧迫感を与えた。

 悠はたまらず車窓から京都の街々を眺める。

 バスは四条大宮を数分前にぬけて、京都駅と着実に迫りつつあった。

 そして、そこは二人の目的地だった。


「で、今日の作戦だが……」

 本題を切り出すのはいつも目の前に座る男の役目。

 それも例によって例のごとく唐突だ。

「今の今まで、アイドルの話をしていたのに、お前はよくそんな急な方向転換ができるな」

「同じ女の話ではないか。なにが問題ある?」

「暴論が過ぎるぞ」

「では、なにか。これからゆかりさんたちが来るまでずっとアイドルの話を続けるか? それでもいいぞ、俺は」

「いや、俺が悪かった。今日のことを話そう」

 にぎやかな京都駅構内で、大学生の男二人が膝を突き合わせて深刻な顔で相談事をしている。なんだかおかしな絵だ。

 しかも、場所は駅構内のドーナツ屋のフードコート。

 深刻な顔で真面目に話すには圧倒的にむかない場所だ。

 しかし、石神が「ドーナツを食べたい」と言い出すものだからしかたなくここにした。

 石神は、チョコレート生地に砂糖菓子のような金色の粒粒をたっぷりまぶしたものをうまそうに頬張っている。

 口もとから粒がぽろぽろと落ちて、お世辞にも見栄えがいいとは言えない。

 ちなみに時刻は昼前で、このあと四人が集まってからランチをすることになっている。

 だから、ドーナツを口いっぱいに詰め込む石神をよそに悠はコーヒーだけにしておいた。

 石神は失念しているのであろうか。

 そんなことはありえないとは思うが、いささか悠は心配になる。

 しかし、石神はそんなことお構いなしに話を進める。

「ふむ。だいたいは、すでに決めておいたが改めて確認するぞ。このあと――あと三十分後くらいだな。俺たちはゆかりさんと未央さんと合流する。そしてその足でお昼を食べにいく。店は未央さんが選んでくれたちょっとおしゃれなカフェらしい」

「そんなところに行くことになるとは思わなかったがな」

「俺もだ。しかし、未央さんも言っていたが、そういうデート用のお店を昼と夜で最低ひとつずつはストックしておいたほうがいいそうだ。今回は、未央さんがいたからこそなんとかなったが、いつもダブルデートとはかぎらないからな」

「それはそうだ。むしろ僕たちはそういう気取った場所をバカにし過ぎるきらいがある」

「定食屋と大衆居酒屋で生きてきた我々だ。致し方あるまい」

「それはそうと……いつもみたいな食いかたはするなよ。TPOをわきまえろよ」

「心配するな。それくらいは心得ている」

「ほんとかよ……」

「友人の飯のマナーが悪くてフラれましたなんて、いくらなんでも笑えない冗談だからな」

 そう言いながらも、石神は楽しそうに笑う。

「それが現実にならないことを祈るのみだ」

「まあ、任せておけ」

 どの口が言う。

 そう思わないでもなかったが、悠は友人の言葉を今回だけは信じることにした。

「話をつづけるぞ。飯を終えたあと、俺たちはどこに向かうんだった?」

 そのさまは生徒に問いかける教師そのもの。

 石神は塾講師の経験でもあったかと、悠は思い出そうとする。

 しかし、そんな記憶は少なくとも悠の大脳にはなかった。

「京都水族館だ」

「そう。よくできました」

「その話しかたやめろ」

「おう、すまん、すまん。べつにできの悪い生徒をバカにする気はまったくないんだ」

「だから僕はお前の生徒になった覚えはない。この会話、つい最近したぞ」

「そしてここからが本番だ。チケットを買ったあと、俺と未央さんは二人でそれとなく消える。もしかすると、ゆかりさんに余計な詮索をされるかもしれないが、甘んじてそれは受け入れる。あとで釈明すれば、済む話だからな。もっともそれをするには、お前がゆかりさんとの恋をなんとしてでも成就させねばならない」

「おい、無視を決め込むな」

「ああ、すまん。本質的ではない文句は聞こえないよう設定されているんだ」

「なんて野郎だ。まあ、いい。それで?」

 あまり話がそれるのもありがたくないので、悠も引き下がり先をうながす。

「それでもへったくれもない。俺たちができるのはここまでだ。あとは、お前ががんばるだけだ。俺たちはそれを陰ながら……」

「わかった、わかった」

「なんか心配だな。ところでお前、今日はどこまで行く気だ?」

「どこまでって、京都水族館に……」

 石神は、悠の返答にズッコケる。

「ギャグか、それとも素か? 後者ならお前には天然というありがたい属性が付与されるぞ」

「……少なくともボケたつもりはない」

「おめでとう。君は今日から天然くんだ。天然悠くんだ」

「漫画のキャラクターみたいだな」

「そのままでもな」

 九鬼悠。

「……たしかに」

「んなことはどうでもいいんだ! まあ、でも俺が悪かった。オブラートにというか回りくどすぎた。つまりだな。どこまで行くってのは、その……ゆかりさんにお前の気持ちを……」

 なんということだ。

 悠はそう思った。

 彼の鈍さのせいで、友人が慣れないことを必死で表現しようとしているではないか!

 悠はなんだかいたたまれなくなって石神を止めた。

「オッケー、もうわかったから。それ以上は言わなくてもいい」

「うむ。助かる。本当に助かる」

 顔をそむけながら石神は言った。

 もしかすると、石神の顔は多少赤く染まっていたのかもしれない。悠はますます申し訳なくなった。

「で、どうなんだ?」

 真顔に戻って、石神があらためて問い直す。

「うん。告白はちょっとキツイかな。でも、次のデートの約束を取り付けたいと思っている。今度は二人で」

「ふむ。善は急げとは言うが、故事はまた急がば回れともお教えになられた」

 石神はさらに言う。表情は変わらず真剣そのものだ。

「お前のやりたいようにやれ。その結果がどうであれ、受け入れるのはお前なんだ。じぶんの感覚を信じろ、と言うしかない」

 多少投げやりな言い回しではあるが、石神なりに悠のことを慮っていることが痛いほどわかった。

 良い友人を持った。

 恥ずかしくて、面と向かっていうことなどできはしないが、本気でそう思う。

 悠は腕時計に目を落とす。

 石神は腕時計をつけないので、テーブル越しに身を乗り出し悠のそれをのぞき込む。

 そして二人同時に言った。

「そろそろ行くか」

 決戦のときがすぐそこに迫っていた。


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