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気になるあの子とハンサムボーイ。

原稿はすでに完成しているので、テンポよくアップできればと思います。

最後までお付き合いよろしくお願いします!

 こんなやつらいたっけ。

 九鬼悠がゼミの初回授業をむかえて最初に思ったことだ。

 私立R大学は、関西でも屈指の生徒数をほこるマンモス大学であり同じ学部専攻の者でもまともに顔を合わせないまま卒業するやつらなどごまんといる。

 さらに悠は残念ながら友人がそこまで多くない。まったくゼロいうわけではないが、決して顔の広い部類ではないだろう。

 だからだ。

 教室に雁首並べる学生たちを見ても、「おお、ひさしぶり」と気安く挨拶する人間など一人もいなかった。

 かろうじて、顔を見たことある連中がポツポツと。

 概ねそんなところだ。

 そんな名前も知らぬゼミ仲間たちの視線が、教室の扉をあけて立ちすくむ悠に注がれる。

 なにしてんの。お前もここのゼミなの。

 視線がそう物語る。悠はそんな気がした。

 だからこそ、悠に突然声をかけてくる人間、それも女性には驚かざるを得なかった。

「……九鬼くんだよね?」

 走り寄ってくる彼女は、恐る恐るといった風情。まるでこちらが、近づく者は片っ端からけさ切りに処すどこかのシリアルキラーみたいではないかと、鼻白む。

 いや、それはさすがに被害妄想が過ぎるか……。

「は、はい……。そうですが……」

 美人だった。

 亜麻色の髪を肩まで伸ばし、クリクリの真っ黒な瞳が愛らしい。

 花柄のワンピースがよく似合っている彼女は、その大きな両目で遠慮がちに悠を見ていた。

 しかし、痛恨の極みにも悠は彼女の顔を正面から見ても記憶が呼びさまされることはなかった。

 ただ、呆けた表情で可愛いな、と呑気に思っていただけである。そして悠の胸はこの時点で少し高まっていた。

 それも仕方あるまい。

 悠は、生まれて十九年と数か月、大学二年の春をむかえたわけではあるが、いまだに恋人というものを持ったことがない。

 言い換えれば彼女いない歴『ほぼ』二十年だ。

 そんな純朴青年が突然、見ず知らずの美女に話しかけられたらどうなるか。想像に難くない。

 そう。悠は緊張していた。

「やっぱりそうだあ。私のことわからないかな?」

(わかるよね)

 そんな声が暗に聞こえてきた、気がした。

 悠は記憶のボックスを開けて、なかの収容物を次から次へと点検していく。

 そして数少ない「女性フォルダ」のデータから目の前の正体不明の美女と合致するものを探す。

 探す。

 全力で探す。

 これでもかと探す。

 しかし、残念ながら正面の天使が誰であるのか明らかになることはなかった。

 なぜ、こんな美人を忘れているのか。

 悠は自らの頭を思い切りぶん殴りたくなる思いだった。

 それを見取ったのか、美人は残念そうにつぶやく。

「そうだよね。覚えてないよね……。ううん、仕方ないよ。十年も前のことなんだから……」

 十年? ああ!

 彼女の言葉が天啓となり、悠の脳内に電流が走った。

 そして悠はじぶんの失態に脳内のフォルダーをすべてデリートしたくなる思いに駆られた。

「ええっと……。君は……」

 それでも記憶がすんでのところで出てこないもどかしさと、女性を前にしたときの緊張感が彼に言葉を紡がせない。

 人見知り。

 それが、悠が持つ最も厄介な属性であった。

「山手ゆかりです」

「ああ、そうだ! 覚えてる、覚えてるよ! 三年生のときに転校しちゃった山手さんだよね、覚えてる!」

 舌がもつれるほど勢い込んでしゃべる。

 今までの失態を取り戻そうと、必死である。

「うん。ひさしぶりだね。あたし、前からもしかして九鬼くんじゃないかなって思ってたの」

 ちょっと引き気味なのはゆかり。

「ああ、そうなんだ。ごめん、僕はまったく気づかなくて……」

「ううん。仕方ないよ。女の子は結構変わっちゃうっていうもんね」

 そうだ。悠の記憶の中のゆかりはこんなではなかったはずだ。

「こんな」とはずいぶんな言いざまだが、略さずに言うならば「こんなにも美人」ではなかったはずだ。

 もし、小学生時代からこの水準なら、さすがに覚えてる。

 男とはそういう人種なのだ。

「いや、ほんと面目ない」

「いいよ、いいよ。でも、ほんと奇遇だね。まさか小学校の同級生と同じゼミになるなんて」

「う、うん」

「これからよろしく!」

 とびっきりの笑顔と共にゆかりは言う。

 悠は、なぜかじぶんの顔がみるみる紅潮していくのを感じて慌ててゆかりから目をそらす。

「お、おう。よろしく」

 なんとかそれだけ言うと、やっとこさ教室に足を踏み入れた。が、そこで悠ははじめて気づいた。

 今のやり取りの一部始終は、ほかのゼミ生にばっちりすべて見られていた。

 幾人かは、隠そうともせずににやけ面を浮かべている。

 悠は、そんな彼らとは極力目を合わせないようにしながら、教室後方の席に腰をおろした。

 そして背中から下したリュックを机に置いて大きなため息をついた。

 いきなり失態を演じたことは情けないが、あんな美人の友人が初日からできたのだ。

 幸先のいいスタート、といってもよかった。


 第一回目ということもあり、ゼミは定刻より三十分以上はやく終了した。内容も簡単な自己紹介と、これからのスケジュールの説明だけで特段変わったところはなかった。

 自己紹介によると、今のゆかりの実家は横浜にあるそうだ。

 それは、徐々に呼び起こされる悠のおぼろげな記憶とたしかに合致していた。

 しかし、終わり際、担当教員が発した一言だけが、悠の心を大きく揺さぶった。

「来週グループ決めするからな。一グループ四人だから」

 これは……。

 期待もしてしまう。初日の段階でゆかりと知り合いである人間はおそらく少ないだろう。

 すると、必然的に顔見知りの悠とゆかりは同じグループになれる可能性は高い。

 この状況で胸が高鳴らない人間がいたら名乗り出てほしい。

「男の風上にも置けねえな、てめえは」とぶん殴りに行くから……。

 そんなことができるのは仙人くらいのものだろう。

「ゆかりちゃん。これから暇? ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど……」

 ゆかりちゃん……だと!?

 声のするほうを急いで振り向く。風を切る音が聞こえてきそうなスピードだった。

「ああ、京介くん。どうしたの?」

 ゆかりの甘い声がはねる。

 おい、声のトーン上がってねえか。

 そんなツッコミが悠の脳内をよぎる。

 女の声だ。ゆかりの女の声だ……。

 よくわからないが、とりあえず悠はそう思った。

 そして。

 京介くん……だと!?

 般若のような形相で、男を見た悠は表情そのままにゆかりに視線を動かす。というよりも、とっさのことだったので顔が戻らなかったというほうが正しい。

 突然、恐ろしい形相で睨みつけられたゆかりは、ちょっと戸惑った様子を見せた。

 が、すぐさま輝く笑顔に戻って悠に「京介くん」とかいうどこの馬の骨ともわからぬ男を紹介した。

「あ、九鬼くん! この人、都道京介(みやこみち・きょうすけ)くん。一回生のころからの友だちなんだ」

 よかった。

 ゆかりの言葉を聞いて、即座に悠が思ったことだ。

 とりあえず、京介とかいう輩とゆかりは「友だち」らしい。

 今のところは……。

「あ、ども。都道京介です。みんなから京介って呼ばれてます」

 おざなりの自己紹介とうかがうような視線。

 それだけでこいつの考えてることが透けて見えるというものだ。

「……九鬼悠っす……」

 言葉は、たっぷりのはかるような視線を込めて。

 なめられないように。

 ださいヤンキーみたいな考え方だが、ファーストインプレッションというものは、案外大事なものだ。

 犬だって、最初に下だと認識した人間には、徹底してなめてかかる。

 人だって基本は同じだ。

 しかし、せっかく表情に気を使ったのに、悠の声は弱々しく途切れ途切れだった。

 こればっかりは、そもそも話慣れてないのだからどうしようもない。

 それも、初対面の人間と会話を交わすなど、鬼門以外のなんでもない。

 案の定、京介の悠に対する査定額は悲惨なものになりそうだった。

 あざけりが二パーセントほど視線に上乗せされる。

「これからよろしく。ゆかり行こうぜ」

「う、うん……。九鬼くんまたね」

 二人は、教室を出て行った。

 まずい。まずいぞ。まず過ぎる。

「まずい」の三語が悠の脳内を流星群となって通り過ぎる。

 焦りに身を任せたまま、悠は携帯電話を取り出して電話帳から目当ての名前を探す。

 石神健太。

 眉間に皺がよる。

 渋い顔のサンプルとも言えそうな表情だ。

 しかし、今は相手を選んでいる場合ではない。

 悠の数少ない知己の中で、この問題に有効な処方箋を与えてくれそうな人間は、くそ生意気なこの男しかいない。

 そう思うと、悠は決心して石神の番号をダイヤルした。

 プルルルプルルル。

 二回のコール音のあと、無愛想な声が響く。

 機嫌が悪い。

 一瞬でわかる。

 だてに付き合いも短くないということか。

「なに?」

 いきなりそれはないだろう、と思いながら瞬は言う。

「ちょっと話がある。いつもの場所に」

「いつもの場所って、俺らはカップルかよ。気持ち悪い」

「なんとでも言え。来れるのか?」

「あ、ううん。わかった。すぐむかう」

 それだけ言うと、あとに残る音は通話の終了を告げる無機質な機械音だけだった。

 悠も携帯をポケットに仕舞うと、教室を小走りで出て行った。

 作戦会議。

 大げさに表現すると、そんなものにむかうために。


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