二 謁見報告
正午の鐘の余韻は、歌声に変わる。
〝天に居られる真白の天使、禍退け歌ったひとよ〟――の出だしで始まる伝統的な天使讃美歌は、歌詞のとおり空に向かって歌われる。
アルアンヌは天使信仰であり、その信仰はほんの二言の言い伝えから成る。曰く、〝水の導きにより禍は地の底に。そして天使が扉を閉ざし、人は祝福された〟だ。水と地に関わる管理が王族により徹底されているのも、そして王が海を操り大地を封じ、国を守っているなどとされるのも、元を辿ればこの言い伝えが理由だとされている。禍の在り処の監視こそ、王族の負う最大の責務である、と。それを本心ととるか建前ととるかは、人の信心と忠誠によるところだった。
〝扉〟が何を示すのかは何にも伝えられていないが、そうしてアルアンヌを守る王族そのものではないかと言う話が、歴史学者たちの通説だった。
ともかく、その言い伝えの時代からアルアンヌの人々は果てのない天を仰ぎ、人々を禍から遠ざけた妙なる存在を崇め、祀ってきた。伝統は現在まで崩されることなく、日々、真昼に讃美歌が斉唱される。何処の田舎町でも王都でも、仕事場でも変わらない儀式だった。
ことに王城の歌は素晴らしい。大半が音楽の教育を受けた上流階級の出身者であるから、どの建物から響く歌も他所に比べて上々である。
塔を出て、自分たち学者の祈りより遅れて始まった声を聞きながら。ジェレミアは資料と道具を詰めた鞄を手に回廊を歩く。
先を行く近衛騎士の歩調は気遣いがない。さほど重い荷物を持っているわけではない健脚の青年でも付いていくのがやっとの速さで、これが名のある学者であれば扱いもまた違うのだろうと、自分とあまり年の変わらない背を見ながらジェレミアは考える。年はあまり変わらないが、王と王族の有力者を護る第一騎士団の構成員はほとんどが王族の類縁か名のある貴族出身であるから、そうした意味での身分はかなり違う。
見事な歌声も、回廊から見える国の縮図のように花と水に溢れた庭園の様子も、早歩きでは何も真っ当に味わえたものではないが、他のことを考える余裕があまりないのは彼にとって幸いだった。子供の頃から学者だった父について歩き回り、踏んできた場数の分堂々としている彼ではあるが、このような晴れの場でまったく緊張しないわけでもない。謁見までの道をのんびりと歩かされればそれはそれで息切れしたことだろう。
「お連れしました」
前を歩いていた足音が止まり、ジェレミアも慌てて停止する。はきはきとした声が中へと声をかけるのに、彼は早歩きで若干無理強いされた足の筋肉が強張るのを感じた。
この城の主にして国の主でもある王と彼は、初対面ではない。王城学者も、騎士も、城に来た初日に挨拶がある。ただこうして、個人として対談するのは――二度目、なのだった。
部屋の奥へと通されて見える記憶と違わぬ姿。ジェレミアは息を吸って、姿勢を正す。
「お呼び頂いて光栄です、陛下。ジェレミア・オークロッド、参りました」
言い、深く頭を垂れた学者を見て。彼女は微笑した。
「ご苦労。掛けなさい。――お前は外で控えていなさい」
よく響く張りのある声に労われ、ジェレミアは顔を上げる。目に入るのは柔らかく深みのある若草色のドレス。ところどころに見られるレースとリボンが花のような黄色。物語に住んでいる妖精の女王を想起させる、気品ある春の装い。東部特産の絹織りを仕立てた物で、角度によっては近頃流行の蔦模様がはっきりと見える。
その上に載っているのは、どこか挑むような顔つきだった。
鼻が高く、目は大きくくっきりとしている。肌には目立つ染みや痣の類はなく、皺もない。ジェレミアよりは間違いなく年上であるが、年齢の判然としない女だ。微笑むと薄い紅をつけた唇が弧を描く。水を象った銀細工の王冠が載せられる頭は形良く、波打つ赤みがかった金髪が肩から零れている。
アルアンヌ王エレオノーラは硝子屋根の庭で寛いでいた。テーブルの横に置かれた椅子を示す手を次には入口に差し向け、騎士を退けて微笑む。先ほどの声といい、女にしてはやや肩幅の広い体格といい、そして意志の溢れる青の双眸といい。見目にも振る舞いにも、十二分に王者としての重さを備えている。海を操り大地を封ずとされる、水と地の王国の君臨者だ。
アルアンヌの民が王を前にしたとき、その魂は無意識の内に服従しているという。一声かかれば、誰もが平伏さずには居られないと。血脈か魔の力か、原因は知れないが、それは真実だろうとジェレミアは思う。王に頭を垂れ跪くのに、頭で考える必要はない。
五花弁の薔薇が早くも咲いて、庭には甘い芳香が漂っている。ジェレミアはもう一度頭を下げ、勧めにしたがって腰を下ろしてテーブルに取り出した資料を載せる。ことごとく気遣った丁寧な所作だった。女王はそれを黙って見つめていた。
外の庭とはまた別に作られた室内庭園の屋根は透明度の高い硝子だが、伸びた木々の枝が注ぐ光を弱めて穏やかなものに変えていた。昼の日光はテーブルを照らしこそすれ、重ねられた紙に反射して眩しく人の目を射ることはない。
「では、始めさせていただいてもよろしいでしょうか」
用意を終えた学者は前置いて女王を伺う。彼女が頷き促したところで彼は一呼吸して、再度口を開く。
「今回用意した資料は、既に読んでいただいた報告文書と大差はありません。何分、まったく新しい研究でしたので、提出したものはほとんど、研究そのものです」
「ええ、他の……賢者たちに比べても、遜色のない厚みのものが届いています」
「お手数をおかけしました」
「物を読むのは嫌いではないわ。内容も大まかには理解しているつもりですから、安心して続けなさい」
言葉のやりとりは順調だ。自分が提出した物を女王が手に取り目を通したという光栄に震える心を抑え、ぐっと息を呑んでジェレミアは笑った。なかなかよく出来た笑みだった。
「はい。ですから、復唱するよりも実物を見ていただこうと思いまして、お持ちしました」
この年若い学者に与えられているのは、一時間弱だ。庭の隅に置かれた水盆の一つが満ちるまで。限りある時の貴重さを知っている彼は、書類をなぞり焼き増しするだけの解説は効果的ではない上に、面白みが著しく欠如しているとも考えていた。学舎にも若干名いた愚鈍な教師の真似事をするのはやはり愚かしい、と。
程好い緊張感の中で、彼は舌を迷わせることなく、普段どおりの冷静さで語り、手を動かした。
まず資料を捲り、図の描かれている頁を開いて示す。六角形の中に細かく文字の羅列があるのは、魔鉱の魔力分析結果を文字化したもの。下には細く先端の尖った棒状の物の図と注釈があり、その横にまた、六角形の額に入れられた文字の羅列があった。細かいながらもはっきりと読みとれる筆致はジェレミアのものである。
エレオノーラがそこに視線を落とした間に、彼は鞄から取り出しておいた細長い木箱の蓋を開いた。布張りの中には金の紡錘が鎮座している。開かれた頁の下部にある図の、実物だ。
そっと、先端が自分を向くように手に取り、ジェレミアはよく磨かれた宝飾品のような表面を女王に示す。
「騎士たちが用いる指揮棒の類型です。ただこれは、自分の力を引き出すのではなく、」
「他から力を引き出す。文字通りに」
顔を上げ、言葉を次いでエレオノーラが言う。研究報告に目を通したことの裏づけに他ならない。ジェレミアは心持ち固かった頬を緩めてまた笑った。
「ええ。そしてこちらはブランヘアックで採れているクロリーバー鉱の平均的なサンプルです。――では、『魔力の抽出』、御覧に入れましょう」
紡錘の入っていた箱の横にあったのは、塔にもよく置かれている名札付きの標本ケースに入った濃緑色の立方晶。仕切りを隔てた横には空の小瓶が納まっている。
説明のとおり、件の新魔鉱発見で話題の王都近郊鉱山、ブランヘアックで鉄と共に採取されている物だ。通称を緑石、学術名称をクロリーバー鉱という、熱を生み出す魔鉱である。大きさはジェレミアなら握りこめる程で、比較的に軟らかい石だ。摘まみだして日光の下に晒すと透明感がある。
奇術でも仕掛けるように手に持った物をはっきりと示してから、ジェレミアは紡錘の先を石の側面に当てる。女王の視線がその先端を追いかける。コツコツと、硬いもの同士の触れ合う音が静かな場所に生まれた。
ジェレミアは手元に視線を落とし、指先に意識を傾けて筆先を石に触れさせた。何度かやるうちに音のしないところが見つかり、ジェレミアの指はそれまでとは違う感触を得る。紡錘が石に吸い寄せられているような、磁石と鉄を触れ合わせたときに似た感触だ。
ゆっくりと、力を込めて紡錘は引かれた。
いくらかの抵抗の後、離れた紡錘と石の間にするりと糸のようなものが生じる。糸と言っても麻糸を縒り合わせた程度の太さはあり、色は何度も染料に入れたように斑も無く黒い。明かりのない夜空に似た黒さだった。
どこから生じているのか、石に触れている端は溶け込むようになっていた。ジェレミアがなおも紡錘を引き続けるとするすると紡がれ、途切れない。
「石の中にある魔力を表しているのは、その、三列目です。細かい条件は文章にしましたから割愛するとして、三列目をこの紡錘に結合させ、抜き出す。というところです」
ジェレミアは黒糸を自分の髪の毛よりも長いところまで紡いで、資料にもある説明を口にしながら紡錘の端で擦り切るようにして石の表面から断ち切る。音は一切しなかった。
「これが、魔力? 闇のようだわ。騎士のものは純白だというのに」
紡錘の先で揺れている漆黒の代物をじっと見つめ、エレオノーラは呟いた。黒く静止しているそれをそのままに、ジェレミアは鉱石を箱へと戻し、表面をちらと撫でて言う。
「他の学者の報告でお読みになったことがあるかも知れませんが……魔物や、こうした鉱石の純粋な魔力は黒色をしています。今まで観測されている中で白色を呈すのは、我々人の扱う魔力だけだということです」
「我々は特別だと言うことかしら」
「何らかの要因があることは確かです」
一間置き、お手を、と口にしたジェレミアに、エレオノーラが手を差し出す。手入れの行き届いた皮膚の上に黒糸が載せられる。
その細さにもかかわらず、しっかりとした、人の指でも握ったような温もりが白い手に触れた。爪の磨かれた指先が僅かに動く。
「温かいでしょう。熱を生み出すクロリーバー鉱の魔力、そのものです」
興味深げに、女王の逆の指が糸を撫でる。糸はそれまでに彼女が手にしたことのあるどんな糸よりも柔らかく感じられたが、しかし弾力を持って強か、指を滑らせても何のひっかかりもなく、温かい。
まったくもって不思議な、これまでの常識を覆す代物だった。
「別の方法でも抽出を試みはしましたが、今のところは、この方法が最も優れていると言えます。組成が複雑で脆弱な作りの物を除いて実験は成功していますし、抽出した魔力は安定していて分散や暴走の兆候は見られません。しかしこのように、確かな力を発することが可能です」
ジェレミアは空いた手で資料を捲り別の頁を見せる。幾つもの魔鉱、そして特別に魔力を持つとされる植物の名前と六角形の囲いが、三頁に渡り続いている。
釣り糸を引くように紡錘を翻して、ジェレミアはエレオノーラの手から魔法の糸を引き上げた。紡錘と同じ色をしたピンセットを使い、慣れた手際で紡錘からも切り離し、標本箱にあった魔法用の特殊な小瓶に入れて蓋を閉める。温度も封じ込められたそれを箱に戻せば、実験の結果を示す分かりやすい標本となった。
「現在の魔鉱利用は、魔鉱で作った道具に人間の魔力を通して反応させるものが一般的であり、我々は魔力を操作できる使用者無しには魔の恩恵が得ることができません。また、使用者の能力差により得られる結果にはかなりの幅があります。ですがこの技術を用いれば、使用者にも、個人の能力差にも関わらない結果を得ることができます」
自然界、全てのものが持つとされる魔の力。当然人も持っているが、自在に操ることができるかは、所有とは別の問題であるとされる。五感と同じようにその能力には個人差があり、基本的には先天性のものだ。膨大な魔力を有していながらも才能が開化せず、扱うことのできない人間というのは多い。
ジェレミアも魔力を持ってはいるが、効果的に使うことのできない者の一人だった。少数派ではない。アルアンヌ国民で真っ当に魔法を扱える者は人口の約四割に過ぎず、その中でも魔力の量質共に優れた者となると、もっと限られて二割程度。貴重な人材だ。
そしてジェレミアが述べるように、人以外の魔力の使用も、現在は人の魔力に依存している。
それがアルアンヌでの魔法だった。古から研究され、多くの発見がありながらも、限定されている魔の使用。ジェレミアの研究は、限定されている範囲を拡大する目的で行われたものだ。
「こうして抽出した魔力は、今までの利用から予想されていたよりも多量で純度も高いものです。例えばこの石から得られる魔力は、二日煮炊きをするには十分な熱を確保できます。この石の、一欠けらで、です。これは何か道具を介在させたときのおよそ六倍に匹敵します。魔鉱を装置に組み込む際に使用する硝子球を転用すれば保管は容易く、また、研究段階ではありますが、抽出後も安定した状態にあるので加工も可能になるのではないかと。例えば、布に織り込むなど――……」
よい反応を得たジェレミアの舌は淀みない。緊張らしい緊張は既に持ち合わせていなかった。ジェレミアは、平素学者仲間に対するときのように、口の挟む余地を与えない喋り方をしていた。
そうして話が次の段階に進みそうになったところで、熱弁を振るっていた彼と、顔を上げた女王との視線が衝突する。鮮やかに青い瞳が軽く瞠られ、言葉は失速して立ち消える。
一瞬、水のせせらぎが場を支配していた。ジェレミアの眼が女王の奥の水盆を窺う。
少し間を置き、口を落ち着かせる努力をして、若き学者は話を再開した。
「……ただしこれは、一度取り出すと戻すことは出来ません。また、植物で観察したところでは、魔力を抽出した個体が再び魔力を取り戻すことはなく、無魔力状態となってしまうようです。鉱石では、全ての魔力を取り除いた後は脆くなることも分かっています。上手く抽出できなかったのはこの類で、抽出中に対象が崩壊します。利便性は向上しますが、従来どおりの使用が出来なくなることも否めません」
利点ばかり並べても仕方ない、と論文の締めにも書いた欠点を口にした彼に、エレオノーラは小さく頷きを返した。動作は話を理解したことを知らせるようでもあり、言葉すらなかった命令を解したジェレミアに対する、一種傲慢な容認のようでもあった。
長く黙っていた女王は、頷いた顔をそのまま、僅かに傾けた。
「魔力は、万物に宿る」
「はい」
「では人の魔力については、この研究では、どうなるのかしら」
最初は問いではなく確認だった。時間をかけずになされた返事に、また時間をかけず、問いが打ち返される。ジェレミアは姿勢を正さずにはいられなかった。
しかしそこで窮するような失態はない。質問を予想していたかのように、また淀みなく返答を行う。
「申し訳ありません、説明を省いていました。……現時点では、人体からの魔力抽出は不可能と言えます。先ほどお話したように色もそうなのですが、魔力の質自体、人とそれ以外とではかなりの差があるようです。放出された魔力への働きかけで検証しましたが、当人の意識以外では操作できそうにありません。今回の研究で抽出に成功したのは、黒色の魔力のみです。魔物などが持つ魔力の変換機能が解明されれば、あるいは、と言ったところですが」
「成程。それでは、この紡錘では他人から魔力を取り出すことはできないのね」
エレオノーラの表情に目立つ変化はない。ただ納得しているのか、それとも落胆しているのかも、計りかねる口調だった。ただその瞳はゆるりと伏せられ――背後の水盆へと振り返り向けられた。
「そうなります。……私からは以上ですが、他にお聞きになりたいことは、何か」
学者の言葉に対し、答えるよりも先に彼女は立ち上がった。銀の靴が青々とした芝を踏み、ジェレミアも慌てて立ち上がる。
その姿を見て、女王エレオノーラは出迎えの時とは違い、普通の女のように淡く微笑んだ。
「いえ。早々に学び舎から退いた者にはこの程度です。――お前がこうして、私の元を訪れるほどの学者になったことを嬉しく思います。今後の更なる努力と学問、ひいてはアルアンヌの発展への貢献を、期待していますよ」
それはジェレミアの記憶にあったエレオノーラの表情だった。優秀な学者だった父に連れられ、ある調査に同行したときに遇った、うら若き――その頃はまだ王女と呼ばれていた、女の姿。
ジェレミアは時を遡ったような心地になった。当時のエレオノーラも同じような言葉を口にしたのだ。父親と、その横で、今のように目を丸くしていた息子に。ジェレミアは暫く目を閉じるごとに彼女の顔を見ていた。十年が過ぎた今でも忘れてはいない、鮮やかな記憶だった。
「ありがとうございます」
深く、此処を訪れたときよりも深く。ブローチのある胸に手を当て、ジェレミアは頭を下げた。
水盆から水が溢れ、きらきらと光と共に零れていく。
「そういえば、」
女王の言葉が降ってきところでジェレミアはようやく腰を伸ばした。昔とは違い、自分よりも低い位置にある顔に時の流れを思う。言葉はやはり、彼を待たせることなく続いた。
「秋に第二騎士団へ配属された双子は、お前の兄弟だと聞きましたが」
「はい。ハイラムとマリースと申します、五歳離れた、弟と妹です」
「彼らはあまりイーノスには似ていませんね。お母様似かしら」
父の名を出され、ジェレミアは笑って濁した。女王が卑俗な勘繰りをすることはないと彼は信じているが、母にも似ていない、と言ってしまえば、思い浮かぶことなど限られている。
「……あの二人も、元は一人だったのかしら?」
話はほとんど世間話の域に至っていた。同じときに生まれるよく似た二人の子供は、元々は一人であったという、昔から言われてきた話。近頃は裏付けもとれていることだったが、生き物に関しては学校で学んだ以上の覚えがないジェレミアにとっては専門外の話でもある。
「かも知れません。男女では普通、あることではないそうですが」
ゆえに彼は、自分と似た特徴のない双子を興味深く眺めていた生物学の教師の話を言葉もそのままに、一握りだけを口にした。
成長した今はともかくとして、昔の、見分けがつかないほど似ていた双子をジェレミアは知っている。あれがまるで別の個人だというのは類稀な容姿も手伝って考えづらいことだった。
「一人のままならどうなっていたかしら」
エレオノーラは独り言のように呟いた。水盆から水の溢れる音が続いている。
ジェレミアは答えないまま曖昧な顔をした。騎士となり、それぞれが優秀な魔法使用者として目されるようになった二人を前にはよく聞く言葉ではあったが、彼にとっては想像もつかないことであるのは確かだ。
彼の兄弟は、弟と妹が一人ずつ。それで十六年やってきたのだ。
「――引き止めましたね。お行きなさい。本日はとても有意義でした」
ジェレミアの困惑を見取ってか、エレオノーラは会話を切上げる。最初騎士にやったように、白い手が出口の方を指し示した。
ありがとうございます、と繰り返して頭を下げてから、ジェレミアは荷物を手に回廊へと出る。案内した者に加えて一人増えた騎士が、直立不動でそこに居た。