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クォーツトランス  作者: HaiTo
序章
2/3

Case2

「進路どうする?」

 隣でパンをかじっていた友人に問われる。進路、高校二年生の秋。文化祭も終わり中間テストも乗り越えた俺達の束の間の休息。

「どうしようかね。親は大学に行けばなんでもいってさ」

 手元のスマートフォンを指で撫でながら、違う手で購買のおにぎりを口へと運ぶ。

「お気楽だな。ま、うちも似たようなもんだ」

 勉強はそれなり。ただし数理系はのぞく。嫌いではない。むしろ好きな部類だ。だが問題は何よりも直接数式を解く事が苦手なのだ。

「推薦狙うにしても、常々の成績がな」

「そんなものさ。さて、どうしようかな」

 周囲を見渡す。教室にはバラバラと人が居て、みな各々の生きることに没頭していた。友と談話する者。本へ向かい思考の海へ身を投げる者。黒板で授業の復習を互いにする者。

 その中でも一人、ふと目が止まった人間が居た。別のクラスの生徒だろうか、所謂オタクの女子と話す、セミロングの生徒だ。恐らく――というか間違いなく――女子だろう。その笑顔から、目が離せないでいた。

「どうした拓也。何かゾンビたちがきになるか?」

 俺達は彼女らのことをゾンビと形容していた。理由は簡単だった。腐っているから。

「いや、特に。ところで今日カラオケでも行かないか?」

 ゾンビ、ゾンビ。俺達もさして変わらない存在であるというのに、同族嫌悪だろうか。だがそこにつっかかるのも手間だし、面倒くさいので何も言わない。

「乗った。授業終わったら亜音速で向かおう」

「人間の限界を超えてるよ、それ」

 小さなツッコミをして、立ち上がる。どうした? と声をかけられるが、トイレだよ。と返答するとそのまま一言二言紡いだ後、手元の文庫を開いていた。ほら、君も俺も彼女らも所詮その手の人間だよ。

 歩幅を小さく教室を出ていく。前方低めに視界を固定したまま、慣れた廊下を進む。

 用を済ませ、トイレの窓からぼうっと街並みを見た後、再び小さな歩幅で空間を後にする。昼休みも終りが近い。窓に長居しすぎた。他のクラスへ遊びに行っていた人間や、委員会の仕事をやっていた人間などが帰ってくる。それをさくさくと抜けながら、教室へと辿り着く。

 ポケットに入れていた手を出し、扉を開けようとすると、その前に扉がひとりでに開いてしまった。はて、直後に襲いかかる小さな衝撃。

「きゃっ」

 俺はよろめいた程度ですんだが、ぶつかってきた女子は予想外のことだったのか、後ろの女子にぶつかっていた。

「おっと、大丈夫か?」

 これは、面倒くさいか。

「ごめんなさい。前を見なかった私が悪いですね」

 肩に触れる長さの髪を自らくしゃくしゃとしながら、バツが悪いようにこちらに謝ってくる。それは先程の「ゾンビ達」と話していた女子だった。

「いや、問題ない。それよりも怪我はないか? 後ろの君も」

 大丈夫です。と声が帰ってくる。端的で事務的な返し方。俺の周囲が彼女らを嫌悪するのと同様に、彼らを彼女らも嫌悪していたのだろう。今更わかってきた自分が面白くて笑いが出てくる。

「何かおかしいの?」

 セミロングの彼女に声をかけられる。

「いや、何でもないよ。それより別のクラスだろう? 急いだほうがいいよ」

 怪訝な顔をしていた彼女は、さっと血の引いたようになり、すみませんでした! と言いながら教室を出ていった。俺の横を通り過ぎる瞬間、柔らかな香りが俺の鼻孔をくすぐっていった。

 明らかな敵意を向けてくるゾンビたちを尻目に自分の席へと歩を進める。昼休み終了のチャイムと同時に歴史の教師がやってきた。

 

「昨日はどうもでした! おかげで何とか先生が来る前に教室に帰れました!」

 次の日の図書館、ぼうっと本を選んでいたら急に隣から声がした。

「え、あ、うん。どういたしまして」

 手を勢いで伸ばした背表紙に引っ掛ける。タイトルは――

「『博士の愛した数式』ですか。数学お好きなんですか?」

 どうしたものかと考え、惰性で言葉を繋ぐ。

「多少は、かな」

 手にとった本を棚に戻す。ポケットに入れていた携帯が鳴っていた。今日の帰りは遅くなりそうだった。

「あ、また話しましょうね先輩!」

 先輩という言葉に引っかかりを覚えながらも、片手を上げてその場を立ち去る。図書館を出てから通話に出る。

「もしもし」

「はあい。学生生活楽しんでる?」

 艶やかな声が耳に当てたスピーカーから流れていくる。聞きたくない声だ。仕事の時と態度が違いすぎてどうも慣れない。

「それとなくな。それでなんだ? 俺の楽しい高校生活を邪魔してまで電話をしてきた理由は」

「拓也の熱いのが欲しくなっちゃ」

 通話終了ボタンを押してポケットにしまい込む。再びバイブ。切断をタップして渡り廊下に向けて足を向ける。バイブが止まらない。学校の渡り廊下は二階は建造物になっているが、三階はその屋上を利用している作りだ。柵が設けられ、一応の管理はされている。そこに到着してから通話を認証する。

「無碍に扱わないでよう……それも感じ」

 通話終了。バイブ。応答。

「ごめんなさい。そうなの、今日もお仕事お願いしていいかしら?」

 ため息をついてから、詳細を聞くために柵に身体を預ける。夜は長そうだった。


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