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9話 夜店の金魚

「気持いい~。」

凛はご機嫌だ。

ここは隣の市中心部にある159タワー。

名前の由来はただ単に1590Mあるタワーだからだって。

15Fの展望台。凛は顔をガラスに押し付けるようにして外を眺めている。

ガラス越しに、遠くに広がる町並み、遥かかなたには霞がかかった山の稜線、そしてその向こうには遠くI湾が広がる。

「あれ、双眼鏡?見たら。」

僕は100円入れて5分の双眼鏡を指差した。

その方が遠くまで見れるだろう。

「ううん。いいの。こうやって広く高いところから眺めるのがいいの。気持が晴れるわ。」

凛と僕は休日を利用して、ドライブがてらこの159タワーまでやって来た。

まるでこうしてると普通に恋人同士なんだけどなあ。また、女々しい思いが顔を覗かせる。

だって、今日だって友達との約束をキャンセルされた凛が、思いついたように僕を誘い出しただけで、別に僕じゃなくても良かったのかもしれないじゃん。

まあ、いいけど。

凛の楽しそうな横顔を見たら、何でもよくなって来た。


「下でアイスクリームでも食べる?」

僕は聞いた。

「そうね。」

エレベーターで下に降りながら、

「直人くんは高いところ嫌い?」

「別にそうじゃないけど。」

僕が展望台のガラスに近寄らなかったのを、目ざとく見ていた凛がそう聞いて来た。高所恐怖症なのがばれたら、やっぱりかっこ悪い。

「私ね、高い所大好きなの。なんか嫌なことがあると高い所に登りたくなるのね。それで、高い所から景色を眺めると、何か胸の辺りがすっきりして、晴れ晴れとした気持になるの。」

凛は、アイスクリームスタンドで、ベリーとチョコのソフトを頼みながらまくし立てる。

「嫌なことあったの?」

ふふ。別に。大したことじゃないわ。

凛は僕の分のミントチョコを手渡しながら、ベンチに誘った。

タワーの下のベンチに腰掛けながら、僕らは一緒にアイスクリームを舐めた。

アイスクリームを舐める凛の赤い舌先を、ちらりと盗み見する。変な想像が僕の頭を駆け巡る。いや、いかん、いかん。友達だったっけ。

「話したらすっきりするよ。」

僕がそう言うと、

「いつも直人くんに聞いてもらってるし、悪いわ。」

「別に構わないよ。」


凛とはあれからちょくちょく食事に行ったり、お茶を飲みに行ったりした。

女性の多い職場は苦労が多いのか、酒なんかが入ると、凛は僕に少しの愚痴をこぼしたり、相談を持ちかけるようになった。ちょっとは信頼されてるみたい。


「私ね、うまく感情を表現できないの。ボキャブラリーが少ないのかな。」

確かに凛はちょっとぶっきらぼうなところがある。それが可愛らしい外見とミスマッチで、また何ともいえない魅力なんだけどな。

「思いついてから自分の内で咀嚼して出さないから、言葉が乱暴になってしまい、うまく相手に伝わらないの。」

前の職場ではいじめにもあっていたらしい。

「女の子ってね、ま、自分も女なんだけど。」

と、凛は前置きして、先日の職場でのトラブルを僕にこぼしてきた。


後輩の女の子に、お客さんへの接客態度の悪さをちょっと指摘したらしい。そうしたらその後輩がむくれちゃって、その不機嫌さが半日顔に出てたらしい。それをまた注意したら、その子が、凛の上のスタッフに告げ口して、今度は凛が注意されて大変だったらしい。

「後輩には優しく、噛み砕いてアドバイスしてあげて、だって。」

彼女はやれやれといったように首をすくめて、ため息をついた。

「感情的になるのが嫌。女はね。特に仕事場で感情的になられるとうんざり。」

「ははは。わかるような気がするよ。どっちかっていうと、男はさっぱりしてるからな。言われてもその場だけで、後まで引きずらないもん。だってそんなことしてたら仕事が回らなくなるしね。」

「でしょ。」


あのパンクの夜から2ヶ月。凛と友人としてだけど、付き合いだしてからわかったことがある。凛はどっちかっていうと男っぽい。さばさばしてるっていうのかな。言葉遣いもぶっきらぼうだし、言葉足らずだし、だけど、さっぱりしていてつきあっていても気持がいい。女の子特有の甘えとか、ねっとりした部分がなくて。だけど、その性格とは裏腹なその女性らしい美しい外見。そのギャップがまたそそるんだよな。

いや、いかん、いかん。変な想像は。


「何か、生きにくいのよね。なんだかうまくいろんなことに馴染めないってゆうのか。」

「そう、夜店の金魚みたいね。」

「夜店の金魚?」

アイスクリームスタンドの脇には、夏のイベントとして金魚すくいが催されていた。小さな子供を連れた親子連れで結構にぎわっていた。ソフトの皮の薄っぺらいすくい網が破れるたびに、親子の楽しそうな嬌声が辺り一面に響いていた。

「金魚ねえ。」

すくった金魚を小さなビニール袋に入れてもらい、子供たちは嬉しそうに袋を下げ、親と手をつなぎ、場を後にする。

「あれね。」

凛は親子連れの後姿を指差した。

「袋に半分くらいしか水が張ってなくて、子供がちゃぷちゃぷ持って歩いていると、身体が水から出てしまい、息が苦しくなって。するとまたいい具合に水中に戻れて、ほっと息をついたり。子供の歩くスピード、取り扱いの仕方、それで息が吸えたり、吸えなかったり。しかも、子供がどう動くのか予想がつかないし。」

凛の言うことがわかるような、でもしっかりとその言葉の裏側にある真相まではわからず、曖昧に僕は頷くしかなかった。


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