8話 男の子が苦手なの
「この間はごめん。急に店に行ったり、しつこく連絡先なんか聞いたりして。」
凛は笑みを浮かべて、首を振った。
「今日は助かったわ。ありがとう。」
凛は礼を言った。
「これに乗じて恩着せがましく、また誘ったりすると嫌がられるかと思うんだけど、僕、どうしても君のことが忘れられなくて。」
パンクを直したことを逆手にとって、凛に恩を着せてるみたいに取られたら嫌なんだけど、僕も必死だった。
凛は俯いた。
「彼氏がいるのかな?はっきり言ってくれれば僕もあきらめるんだけど。」
そう言ってから、この場で面と向かって彼氏がいるといわれたら、またまたへこむだろうなと、気持が沈んだ。あのつぶれたタイヤみたいに。
「彼氏はいないけど。」
「ホント。」
僕は胸を撫で下ろした。
「僕、タイプじゃない?」
凛は困ったように、首を傾げて、
「そうじゃないんだけど。直人くん、いい人だとは思うけど。」
〝直人くん。〟
凄い。名前覚えてくれてたんだ。それだけで天にも昇るような気持だった。
凛は、カフェラテのカップを手で包み込んでじっと考えた後、慎重に言葉をひとつづつ選びながら話してくれた。
〝男の子が苦手なの。〟
彼女が言うにはこうだ。
男の子は自分を所有物のように扱う。家にいるのかとか、誰に会っているのかとか、逐一メールで確認される。それが嫌。どこに行こうと、誰と会っていようと、私の勝手だし。自分について来い、みたいな態度をされるのも嫌。着ている服や、付き合っている友達、いろんなことに干渉されたり、そんな考えは女らしくないとか。どうして彼女になると、所有物みたいに自分の思い通りにしたいと思うの。
私は私。そんなふうに踏み込まれるいわれなんてないし。
「そりゃひどい。」
僕は頷いた。きっと凛が前に付き合ってた彼氏なんだな。今時、化石みたいな男だ。
「それで、男は懲り懲りだって?」
凛は迷ったように、気まずい顔をして頷いた。
「だから、今ンとこ、誰とも付き合う気がないの。直人くんだからとかそういうことじゃないのよ。」
〝ごめんね。〟
そう付け加えて、凛はカフェのレシートを手にした。
「あ、いいよ。ここ僕払うよ。」
「だって、お礼にならないわ。パンク直してもらって、お茶おごってもらったりしてたら。」
僕は凛の手から、レシートをもぎ取った。
「じゃあさ、ワリカンにしようよ。」
「ワリカン?」
いいわ、私がおごるわよ、彼女はなおも僕の手からレシートを取り返そうとした。
その手を押し返し、
「対等な関係ってどう?」
僕は凛の目を見た。
「対等?」
「うん。」
「友達としてつきあうのっていうのは駄目?」
口にしてから、何言っとんじゃと、自分で自分を殴りたい心境だったんだけど、アホみたいにそれでも凛と繋がっていたかった。
「友達?」
凛は疑わしそうに上目遣いで僕を見た。
「男だったら彼氏だけだとは限らんじゃない。僕みたいな頼れる男友達が一人いてもいいんじゃない?」
凛は笑った。
頼れるか。僕みたいな草食系男子、頼れるわけないよな。
だけど、凛が笑ったのはそういうことじゃなかった。
「ホントに友達としてしかつきあえないわよ。」
〝そんなことを言う男の子なんて初めてよ。〟
凛が笑ったのは、僕みたいな男が物珍しかったからだとわかったのは、カフェで彼女の車を見送った後だった。