7話 思わぬ出会い
そんなある日。
雨の帰り道。
会社を出て、車を走らせる。国道の広い道から、家に向かう細い県道に右折したところでハザードランプをつけたメタリックの小型車が止まっているのが見えた。
日産のノート。女の子がよく乗っている車種だな。
パンクでもしたかな。
慎重にそのメタリックの横を通り過ぎようと、スピードを落とし、ふと何の気なしにメタリックの歩道側を見ると、見覚えのあるボブヘアが傘から覗くのが見えた。
(凛だ。)
僕はすぐさま車を脇に止め、メタリックへ走った。
凛は、携帯を手にし、どこかへ電話をかけようとしているところだった。
彼女は僕にすぐ気がつき、困ったような顔をして携帯のフラップを閉じた。
「どうしたの?車。」
凛は黙って後ろのタイヤを指差した。
「あ~あ。」
やっぱりパンクだ。歩道側の一本がへこんでいる。
「JAFは?」
「入ってない。」
「行きつけのディーラーとか。」
「ない。」
歩いていける距離にディーラーも、自動車屋も見当たらない。
さて、どうしたものか。
「スペア積んでる?」
凛は頷いた。
この雨ン中付け替えるのしんどいな、と一瞬思ったが、凛の為だ。
僕は、後ろのトランクから工具を使って、スペアタイヤをはずして脇に下ろした。
「替えてくれるの?」
「一本くらいならすぐだよ。」
凛は、申し訳なさそうな顔をして、タイヤを替える僕に傘を差しかけてくれた。
ジャッキで車体を上げ、パンクしたタイヤをはずす。
その間中も雨脚は静かになることもなく、降り続ける。彼女が傘を差しかけてくれたおかげで、かろうじて頭だけは濡れなかったけど、背中からズボンまでびしょ濡れだ。
15分ほどでスペアを替えて、つぶれたタイヤをトランクに放り込む。
「スペアだからね、ちゃんとしたのに後で替えてよ。」
そう言い残して、立ち去ろうとすると、
「ちょっと待って。」
凛のちょっと冷たくも聞こえる涼やかな声が僕を呼び止めた。
やった。
心の中で叫びながら、振り向くと、
「お礼がしたいんだけど。」
凛は近くでお茶でもどうかと言ってきた。
「うん、嬉しいんだけど。」
この格好じゃな。びしょ濡れのTシャツを脇で絞りながらこの後の展開を算段した。
びしょ濡れだけど、このチャンスを物にせずして何とする。
僕は思い出した。
「車に着替えがあるから、ちょっと着替えるよ。」
会社の帰りにジムに寄ることがある。ので、車のトランクにジム用のTシャツとジャージを積んであることを思い出した。
備えあれば憂いなし。
僕が着替える間、凛は自分の車の中で待っていた。その間に、雨も小振りになってきた。
「おまたせ。どこへ行こうか。」
凛はその場からほど近い距離にあるお洒落なカフェの名前を告げた。
僕らは、お互いの車でそのカフェまで行き、初めてふたりきりで向かい合った。
間近でみると、睫が長くて、色が白くて、やっぱり髪がさらさらで、本当に凛は綺麗な子だった。
ウェイトレスがカフェラテをふたつ置き、お辞儀をして去っていった。
「よく来るの?この店。」
「そうね。ひとりでまったりしたい時なんかにね。」
「へえ。」
ひとりで窓際の席に座り、カフェを飲みながら本なんかを広げる凛の姿を想像した。ざわざわと騒がしいおしゃべりな同年代の女の子に比べて、その姿は大人っぽく、ミステリアスで、僕の胸のざわめきがまた激しくなった。