5話 空振り
「どうされます?」
ヘアスタイルを聞かれて、
「任せるよ。短めにして。」
だって、何も考えてないし、先週床屋にいったばかりだし。
凛は、夏らしく短めにそろえますねと言い、僕の髪の毛に櫛を入れ始めた。
彼女の柔らかい手が僕の髪を触っている。
それだけで、呼吸が荒くなりそうだ。
髪の毛を切ってもらいながら、鏡の中の凛を見つめる。
綺麗に顎のラインでそろえたボブの毛先が、はさみの動きと共に微かに揺れる。
今日はシフォンの薄い長袖のブラウスに黒の細身のパンツ。
クールビューティ。
その言葉がぴったり来る美人だ。
〝どうして、このお店がわかったの。〟
凛が小声で尋ねてきた。
「偶然だよ。」
〝ホントに。〟
凛が微かに眉間にしわを寄せて返してきた。
「ホントだよ。」
思わず声が大きくなってしまった。店の客が僕の方を振り向く。
だって、ストーカーみたく市内の美容院という美容院を張り込んでいたのかと、勘違いされたら嫌じゃないか。僕は女の子に対してそんなに粘着質じゃない。
連れの中には、別れても諦めきれず、何度も元カノにメールしたり、その子の会社の前で張り込んでいたりするやつもいるけど、あんなのと一緒にして欲しくない。
もっとも、女の子が嫌がることをするなんて最低だ。そうまでして、その子を物にしたいとは思わない。こういうのってやっぱり縁だしね。
そう縁だよ。
だって、偶然なんだから。
この店を見つけたのは。凛に再会したのは。
仕事でこちらに来て偶然見つけたのだと説明すると、少し疑わしそうな表情を残したまま、だけど納得したように凛は頷いた。
「で、まだ仕事中なの?」
やばい。そうだった。
ポケットの中の携帯の着信を見ると、会社から何度も着信が入っていた。
現場から戻るのが遅すぎるからだろう。
やばい。
誠二にメールする。適当にごまかしといてくれって。
「駄目でしょう。仕事中なのに。」
凛は鼻先でふっと僕を非難した。
「だって、このチャンスを逃すと、また君に会えるかどうかわからないだろう。」
凛は返事をしなかった。
「ありがとうございました。」
例の小柄な受付の彼女が、店のポイントカードと共に、僕におつりを渡し、玄関先のドアのところで見送ってくれた。
振り向くと、鏡の前で凛は次の客の首にケープをかけているところだった。