4話 偶然
そんなある日。
天は我を見放さない。やっぱりいつもじいちゃん、ばあちゃんの仏壇を参ってるからかなあ、なんて僕は思った。
隣町に仕事に行った帰り、何の気なしに駅前の本屋に立ち寄った。
薄グレーの作業着のまま本の包みを抱え、本屋を出た僕の目に飛び込んできたのは。
「あ、あんなところに!」
気がつかなかった。こんなところに美容院があるなんて。
隣町にはほとんど用事がなく、ましてや車を止めるのが困難な駅前になんて立ち寄らないから気がつかなかったけど、本屋を出たホンの鼻の先に、白とシルバーグレーでさっぱりとまとめられた今時ふうの美容院が建っていた。
そのガラス張りの店の中で、凛が客の髪をカットしているのが見えたんだ。
僕は発作的に、その店のドアを押した。
「いらっしゃいませ。」
受付に立っていた小柄な若い女性が、社交的な笑みを浮かべ僕を出迎えてくれた。
「あ、あの。」
「ご予約を頂いていますでしょうか。」
客と間違えられた。そりゃそうだ。美容院に何しに来るって、髪の毛を切るなりパーマをかけるなり、髪の手入れに来るのが普通だ。
「いや、予約は。」
そう言うと、
「少しお待ち頂ければ、スタッフが空き次第・・・」
受付の彼女は続けた。
「待ってます。待ってます。」
「ご希望のスタッフがいらっしゃいますでしょうか。」
そうか、その手があったか。僕はひらめいた。
「彼女を。凛さんをお願いします。」
窓際の席で客の相手をしている凛を指差した。僕の声は上ずっていたんだろうか。受付の彼女が少し小首を傾げたようにみえた。
が、気を取り直したようにカウンターのノートを広げ、
「西脇でしたらこの後すぐにあきますので、お待ちください。」
笑みを浮かべ、彼女は待合のソファを僕に勧めてくれた。
やった。
心の中でガッツポーズ。
そうか、西脇さんっていうのか。西脇凛。
いい名前だ。
ひとりほくそ笑む。
あ、でも駅前に止めてある会社の軽トラ。
まあ、いいか。張られないだろう。
が、この作業着。
汗臭いかな。
自分の脇の辺りの匂いをかいでみる。
ま、しょうがないか。
僕はお洒落な店内に不似合いな自分の薄グレーの汚れた作業着が気になった。
でも、何もかも条件が揃ってるなんてないもんな。でも、まあ良かった。
早く凛と話したい。
カットしてもらって、シャンプーしてもらって、その間に何とか。
僕はすばやく頭の中で、彼女に持ちかける話題をあれこれと考えた。
「お待たせいたしました。」
受付の彼女が声をかけてきた。
待つこと30分。ついに彼女に対面。
あの夜から3週間が経っていた。
「お待たせいたしました。どうぞ。」
椅子を引きながら僕の顔を見、凛はあっという顔をした。
その表情は驚きとも、嫌悪とも取れる。少し気が引けたが、気を取り直して思いっきり明るい声で、
「ごめんね。突然。」
笑った。が、彼女のちょっと戸惑ったような表情を見て、身が縮んだ。
「迷惑かな。」
椅子に座りながらそう尋ねると、
「いいえ。だってお客様だから。」
鏡の中の凛が笑顔を作って見せた。
〝お客様か。〟
まあ、いいや。