34話 気持ちの整理がつかなくて
「ほら、凄くいい景色。来て良かったでしょ。」
僕は足がすくんで下を見下ろせない。だけどそれを気づかれぬよう、さりげなく
「そうだね。でも、風が強いからこっちで食べようよ。」
そう言って、東屋の下に席を取る。
素直に凛はこちらへやってきて、丸太で出来た腰掛の上に腰をかける。
「美味しそう。」
箱を開けた凛は、ケーキに乗ったさくらんぼを手に取り、口に含む。
彼女のグロスで彩られたふっくらとした艶のある唇に、そっと気づかれぬように視線を泳がす。
もう、会えないのか。
ケーキをスタバでもらったコーヒーのマドラーで突きながら、ため息をつく。
「どうしたの。」
「え。」
ケーキ。食べようよ。
彼女は指差す。その白い生クリームたっぷりに彩られた甘い物体に。
「で、さっきの話の続きだけど。今日行っちゃうの?大阪。」
「ああ、うん。そうね。荷物は夕方、引越し屋さんがとりに来るから、それを見届けてから新幹線で帰るつもり。」
じゃあ、今日来なかったら、凛とはもう会えなかったのか。
「もう、会えないのか。」
「直人くんに連絡取りたかったの。引っ越すことも知らせたかったし。だけど何回メールしてもレスないし。こないだのこととか、まずかったのかなって思って、怖くて。」
凛は急に声のトーンを落とした。
ごめん。レスしない自分が悪いんだ。
そう。決定的に友人にしかなれない身の上を嘆くのに精一杯で、凛の気持ちまで考えてあげれなかったのかもしれない。
「まずいなんてこと。うまく言えないんだけど、いろんなことがごちゃごちゃで、自分の気持の整理が出来なくて。だから凛に会えなくて。」
僕はやっとそう言った。
だって、本当はまだ気持の整理がつかなくて、今日だって、譲兄ぃに背中を押されるようにして、彼女に会いに来たけど、会ったからって、会って彼女に何て言っていいかわからなかったし、今後彼女とどうしていきたいのかとか、何も考えつかなかった。
〝このケーキ美味しいね。〟とか、〝譲さんも修一さんもとてもいい人ね。〟とか、〝私が店を辞めてこの先どうしようかと迷っていたら、大阪のお母さんが一度帰ってきたらって言っててね。〟とか、そんな、僕にしたら事の核心をはずすようなニュアンスの話を、凛はぽつぽつと話し始めた。
だけど僕は凛の話に相槌を打つだけで、何を話していいのか、うまく言葉が見つからなかった。
ケーキを食べ終わって手持ち無沙汰になった僕は、席を立って、展望台の下まで行ってみた。
登ってみようか。
ふいにそんな気持になった。