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31話 この気持ちは恋なんかじゃない

「だけど、自分を必要としてくれる人が増えるにつれ、そんな考えは浮かばないようになったわ。この土地で店を開いて、いつも足繁く通ってくれる人が増えるにつれ、そんなことは思わないようになったわ。そのひとり目が和子ちゃんね。直のお母さんよ。今でも感謝しているわ。」

「それと和子ちゃんは、何か自分のオリジナルティ、これは自分が自信を持ってるわよっていうものを作りなさいよって助言してくれたのよね。」

「それって、この店の看板メニューのこと?」

「そう。」

 あのさくらんぼのケーキだ。オープンしたての頃からの看板メニュー。味もレシピも何も変わらない。譲兄ぃがひとりでやってた頃からの看板メニュー。修一兄ちゃんほどの腕はないけど、譲兄ぃが作るケーキは、素朴でどこか懐かしい味がして、飽くことがなく虜になる。


 店がまた賑わい始めた。修一兄ちゃんが忙しそうにホールを何度も行ったり来たりしている。譲兄ぃも僕とのおしゃべりを中断して、お客さんの注文をさばくのに集中している。

 これ以上店にいても邪魔になるだけだしと思い、腰を上げると、

「これ。直持ってきな。」

 譲兄ぃはカウンターの下から、ケーキの箱を取り出した。

「悪いな。ケーキまで。」

「あんたにじゃないわよ。凛ちゃんに持っていって。今朝、作ったばかりだから。」

「え、凛に。」

「こないだ、私のさくらんぼのケーキ食べたいってあの子言ってたからね。」

 僕は箱をぶら下げて突っ立ったまま、

「これ、早く持ってかないと腐るよね?」

「何、当たり前のこと聞いてんのよ。」


 あれから、凛に会いたい気持を抱えたまま、うだうだと日々を送っている僕のことを、譲兄ぃは知っているんだ。会いたい。でも会えない。会ってどうするんだ。もう友達でいられない。友達なんて嫌だ。だけど恋人になれるわけもない。じゃあ、無駄だ。無意味だ。だけど、会いたい。

 その繰り返し。その繰り返し。

 意味のない思考の羅列。縛り続けられて動けない。バカな自分。


 箱を抱えたまま、店を出た。

 修一兄ちゃんが、トレイで塞がっている手の反対の手で、僕の肩を一瞬抱いた。

 小さく耳元で、〝先のことなんかわかんない。今の気持を大事にして。〟と言った。


〝やっぱり会いたい。〟

 ネイティブアメリカンの話が気になった。

 凛も誰にも認められず、自分にさえも疎まれて、自分は消えていくのだろうと、あの傷をつけたのだろう。そう思うと、無性に凛に会いたくなった。どんなことがあっても、どんな状況に置かれたって、絶対君は一人じゃないんだ。そう言ってあげたかった。それだけでいい。僕の役割はただそれだけでも、それでいいんだ。

 恋じゃなくても。

 そう、この気持は恋なんかじゃない。


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