3話 クールビューティ
誠二が何やら話し、ストレートが笑う。
ボブもつられて笑みを浮かべる。
僕はその3人のやり取りを頷きながら見ている。
(おい、直。)
誠二が目配せをする。僕が会話に入れずうろうろと視線を泳がせているのを見るに見かねて、助け舟を出してくれた。
「こいつとはおんなじ会社でさ。な、直。」
「あら、そうなの。私たちもよね。」
そう、ストレートが言う。
「へえ、どんな仕事。どこの会社?市内?」
誠二が畳み掛けると、
「美容院よ。」
へえ、どうりでお洒落っぽいはずだ。今時の髪型。綺麗に手入れの行き届いた髪。
「美容師さんなんだ。ヘアスタイルがお洒落っぽいもんね。」
僕が言うと、
「女の子の流行って、興味あるの?」
ボブの方が僕に声をかける。
「会社は野郎ばかりで、女の人がいないんだ。いても事務のおばさんがひとりだから、女の子の流行ってよくわかんないんだけど、でも、ふたりとも髪がとても綺麗だ。」
女の子を褒めるなんて。よくすらすら出るなあ。
自分で自分を感心した。だって、本当の自分は誠二みたいに女の子とうまくしゃべれないんだ。
どっちかというと。
「そう。ありがとう。」
ボブが笑った。
それをきっかけにして、僕らは仕事の話や、休日に釣りやドライブに行った話や、いろんな話で盛り上がった。
別れ際、ふたりの名前を聞いた。
誠二は店の外でストレートにしつこくメルアドを聞いていたみたいだったけど、成功したのかな。
僕は、〝アドレス教えてくれない?〟
その一言が言えなくて、馬鹿みたいに思いっきりの笑顔で、彼女らの後姿に手を振るだけだった。
〝馬鹿か。お前。〟
〝だって。〟
〝お前のために声かけてやったんだぞ。〟
アドレスひとつ聞けなかった僕に誠二が悪態をついた。
〝で、お前は?〟
ストレートにアドレス教えてもらえたのか、誠二に聞くと、
誠二は苦い顔をして肩をすくめた。
「凛。」
「凛。」
「りんちゃん。」
歯を磨きながら、靴を履きながら、車を走らせながら、僕は可愛いあの子の名前を口にした。
聞けたのは名前だけ。
〝家どこなの?美容院ってどこのお店?〟
曖昧に笑って、僕の質問をはぐらかすボブヘア。
〝今日はご馳走様。楽しかったわ。ありがとう。〟
〝名前くらい教えてくれよ。〟
「凛よ。」
手を振ってストレートと腕を組み、僕らから遠ざかる彼女のすらりと伸びたサンダルの足を僕は黙って眺めるだけだった。
あの晩から、2週間。
僕は凛ちゃんを忘れられない。
誠二は、いいかげんにしろよ。確かに上玉だったけど、あんだけガードが固いんじゃ何ともしようすがないよ。
呆れた様子で僕の頭を小突く。
〝仕事だ。仕事。〟
軽トラに機材を乗せて現場へ走る。
ああ、また仕事。今日も仕事。つまんないなあ。
仲間とわいわいと、でも真剣に取り組む現場での作業がいつもは楽しく充実した時間なのに、彼女に出会ったあの晩のときめきに比べたら、何もかもが色あせて、つまらない。