29話 自分のカードを見せる
その時、店のドアが開いて、お客さんが数人入って来た。
「いらっしゃいませ。」
今までの深刻そうな表情を一瞬にして変えた修一兄ちゃんが、ホールへ去っていく。
残された僕は譲兄ぃに、話の続きを促す。
「で、どう思う。譲兄ぃは。」
「修一のこと?」
譲兄ぃはカップとソーサーを数セット棚から下ろし、お湯を張ったボウルの中で暖め始めた。
「ま、それもだけど、凛も同じように修一兄ちゃんみたいに悩むのかな。」
「直のことで?」
僕は頷いた。
「さあね。」
譲兄ぃはカップを拭きながら、僕の話に耳を傾ける。
「でもね、こないだあの子がうちに来たときに話をいろいろ聞いてて、思ったんだけど、あの子は直のこと感謝してるわよ。直と本当に友達でいたいんだと思うわよ。」
それがつらいんだってば。
「直がつらいのはわかるわよ。どうするかはあなた次第だけど、さっき修一も言ってたけど、確かに私たちは人を選んでいるかもしれない。この人は味方か、どうなのかって。自分のカードを見せるってことは信用しているからなのよ。怖いことでとても勇気のいることなの。凛ちゃんもそうだと思うわ。直だから自分のことを話したんだと思うわよ。」
そうなのか。凛に信用されている。それはとても嬉しい。友達でいれたらいい。だけど、もう友達でいるのが苦しい。やっぱり恋なんだから。この気持は恋なんだから。修一兄ちゃんの友達のように、離れていくしかないんだ。たぶん。
「特殊であればあるほど。自分の存在が少数派であればあるほど、理解を得ることは難しくなるわ。たくさんいっぱいある意見や物のほうがみんなに受け入れやすいでしょ。多数決と似ているわね。多数決で決まった意見の方がみんなに受け入れやすいし、理解されやすいでしょ。でもね、自分はこうであると、そのまま自分を表現できることはとても大事なことなの。それをひとりでもふたりでも、あなたはこういう人なんだね。あなたはあなたなんだねって、受け入れてくれる人がいたら、とても勇気が出るし、嬉しい。それに自分は自分のままでいいんだなって思って生きていけるって幸せなの。」
譲兄ぃはカップに珈琲を注ぎながらそう言った。
譲兄ぃの言うことはわかる。譲兄ぃがこの土地に店を開いたのは、僕が小学生の低学年の頃だった。譲兄ぃは昔からこんなんだった。女言葉だし、変な格好してるし、普通の人には見えなかった。面白半分、興味半分で店に出入りする人は多少いたけど、あまりお客さんには恵まれなかった。この土地の人に受け入れられてなかったんだ。今は商店街の人や近所の人、いろんな人が出入りして、常連のお客さんもいっぱいいる。店の雰囲気が好きな人もいるけど、それよりも多くの人が譲兄ぃや修一兄ちゃんの人柄に惹かれて店に来ている。
だけど、昔はこんな順調じゃなかった。
そんな中でもいち早く、譲兄ぃと仲良くなって、店に出入りし始めたのがうちのおかんだった。おかんは昔から人を見かけで判断しないし、だれかれ構わず世話を焼くのが大好きだった。
根っから人が好きなんだよな。
おかんはいつも言ってた。あの店は珈琲も美味しいし、雰囲気もいい。何よりも譲ちゃんは面白くて、人に気遣いがよく出来るいい人だって。ああいう店は流行るのが普通なのにね。何とか、お客さんが増えればいいのにって。
おかんは自分の友達や知人を連れてあの店に通った。
僕だって最初は譲兄ぃが怖かったけど、接してみると全然優しいお兄さんだった。小学生の頃から本当に可愛がってもらった。
譲兄ぃは時々、おかんのことを話す。
直のお母さんはいい人だって。ここに来て、最初に自分を理解してもらった人だって。
おかんは親父も巻き込んで、今では家族ぐるみでこの店の人たちと付き合っている。