27話 人を好きになるのは
〝ありがとうございました。〟
譲兄ぃがカウンターから声を上げた。奥で陣取っていたおばちゃん連中がいっせいにご帰還だ。
修一兄ちゃんが、ホールの片づけをしてカウンターへ戻ってきた。トレイからカップや皿を下げながら、
「何?直。お客さんもひいてきたし、話し聞くよ。」
ホールにチャコールグレイの彼女たちと、ドアの手前の席のカップル客の二組だけになって、店内は静かになった。低くジャズピアノの調べが心地よい空間を作っている。
修一兄ちゃんは、カウンターの隅の僕の隣に腰掛け、子供をあやすように僕の髪に触れる。髪の毛に触れるのは、どうも彼の癖のようだ。もっとも、誰にでも触れるわけじゃないと思うけど。僕は背中に、嫉妬なのか羨望なのか、何ともいえぬ視線を感じた。ああ、チャコールグレイの彼女だ。
僕はチラッと、後ろの様子を伺いながら、
「修一兄ちゃんは、僕のことを間抜けだと思う?」
「何で?」
「だって、凛は。」
「うん、わかっているよ。」
修一兄ちゃんは、また僕の髪の毛に手を伸ばす。
「人を好きになることは素敵なことだよ。そう思える人に出会えたことが幸せなんだ。結果がどうであれね。僕はそう思うけど。だから、決して直が間抜けだとか、この恋は無駄だったとか、そんなふうには思わないよ。」
優しい。修一兄ちゃんは優しい。チャコールグレイが惚れても最もだ。
「修一兄ちゃんは、こういうことってよくあるの。」
「ん?」
「つまり、ゲイだと知らずに恋してくる女の子たちに対してどうしてるのかってこと。」
譲兄ぃが口を出した。
そうそう。それそれ。つまり凛イコール修一兄ちゃんだよ。
修一兄ちゃんは、しゃべり方も性格も優しいし、人当たりもいい。おまけに背も高くて、ほっそりしてて10人中、10人がいい男だと思うイケメンだ。もてて不思議じゃない。それも女の子にだ。野郎にももてるのかな。
僕は不思議に思って譲兄ぃの顔を見た。で、何でこんな親父が相手なんだろ。ま、それはいいとして。
「うん、確かにいろいろあったよ。」
修一兄ちゃんは、ちょっと考え込んだ後、言葉を選ぶように慎重に口を開いた。
「とても複雑なんだ。相手に対して申し訳ないという思いもあるし、残念だったり、悲しかったり。もう、一言では表せないよ。僕もかなり落ち込むし。」
修一兄ちゃんはそう言って、大学生の頃の話をしてくれた。