26話 あの子とおんなじ
「マイカのママに、クリーニング屋の登美子さんたちでしょ。いいじゃん。常連さんばかりなんだから。僕がいたって気にしないよ。」
奥では、近所の商店街のおばさんたちがケーキセットを食べながら、おしゃべりに夢中になっていた。他のボックス席にも客がいたが、誰もふくれっつらでカウンターの隅でエスプレッソを啜っている僕になんか目もくれない。
「まあ、いいじゃない。直だってがっくりきてるんだから。少しくらい。」
修一兄ちゃんが譲兄ぃにオーダーを伝えた後、そう言って僕を慰めてくれた。
「お客さんひけたら、後で話し聞いてあげるから。」
修一兄ちゃんはいつものような優しい笑顔を残し、トレイにアールグレイを乗せ、ホールへ戻っていく。
ドアに近いふたり掛けの席に、若い可愛らしい女の子がふたり座っていて、修一兄ちゃんに甘い視線を投げかけている。あの表情。あの笑顔。右側のチャコールグレイのワンピースを着た女の子が、隣の女の子に向かって嬉しそうに何やら話しかけている。視線は修一兄ちゃんの細い首筋にかかる長い髪の毛に釘付けだ。
ああ、あの子、修一兄ちゃん狙いなんだ。
可愛そうに。ああ、何も知らないんだ。ここにいるサリーちゃんのパパのような髪型をしたこの変な親父とできてるなんて、きっと夢にも思いもしないんだろうな。
僕は、カウンターの向こうでサイフォンに豆をぶち込んでいる譲兄ぃの鼻の下の折り紙のような細い髭を見た。修一兄ちゃんは、細面の優しい雰囲気で、いかにも女の子受けしそうだ。お客さんの中には、修一兄ちゃん狙いでくる女の子もいる。
ああ、だけど、何もしらないで、可愛そうに。でも、それって僕もそうだ。僕も一緒だ。
あの子と。あのワンピースの子と。
「ああ~。」
「うるさいわね。何大声出してんのよ。」
譲兄ぃの鉄拳が飛んだ。
「いたっ。」
僕は反射的に手で譲兄ぃの拳を避けたが、避けきれず顔面にそのまま受けてしまった。
「で、何なのよ。」
「だって、譲兄ぃ。僕ってホント間抜けなんだって嫌になってきたよ。」
「そんなの元からじゃない。で、何なのよ。」
そんな言い方しなくても。
「だって、あの女の子と僕と一緒だって。」
譲兄ぃは、チャコールグレイに目を向けた。
はあん。彼は頷き、事のすべてを察したように、まあ、しょうがないわねとつぶやいた。
「つまり、ビアンの子だって知らずに、恋してた自分の間抜けさかげんに愛想が尽きてるって感じ?」
そこまで言わなくても。
あの後、翠さんと一緒のアパートには帰りたくないと泣いた凛をつれて、譲兄ぃの家を訪れた。だって、しょうがいなだろ。うちに連れてくるわけにいかないし、凛を連れてホテルに入るわけにもいかないだろ。もっとも、免許証もお財布も持ってないから無理だけど。
修一兄ちゃんが優しく凛の相手をしてくれて、譲兄ぃも泊めてあげるって言ってくれたから、そのまま置いて帰った。帰ったら、牛乳は腐っているし、おかんが心配して起きてたから、またまた鉄拳の嵐だった。散々だ。