24話 ゼロパーセントの確立
凛は立ち上がって、ゲートのフェンスに身体を持たせかけるようにして、遠く車が走る国道を眺めた。ドライブウェイのゲート前の水銀灯の明かりに照らされた彼女の表情は、何もかも失くし、途方にくれた迷い人のように、空ろで、ほんの僅かな気力も残っていないかのように落ち込んで見えた。
日中の照り返しの熱が、まだコンクリートの地面からほのかに立ち上がり、蒸し暑く、時折僅かに吹く風が慰め程度に肌を冷やす。
僕も同じように立ち上がると、ゲートから数メートル離れた自販機まで行き、ポケットの小銭を探る。手にふたつのペットボトルを持ち凛に渡すと、凛は僕に向かって微かに笑顔を向けた。
「ありがと。」
僕らはゲートに背を持たせかけたまま、黙ってペットボトルに口をつける。
「直人くん。今まで何人くらいの女の子とつきあったの。」
突拍子もない質問に僕はむせた。
「何、急に。」
「ごめん。普通どんななのかなって思って。」
「どうかな。僕の経験が基準なのかどうかわかんないよ。」
僕は付き合った女の子の数を頭の中で数えてみた。
少ないのかな。多いのかな。普通なのかな。
誠二のことを考えた。誠二かあ、あいつ両手で足りんのかな。もてるよな。何だかんだいってしょっちゅう女の子とデートしてるもんな。それに比べたら、僕って少ないよな。たぶん。
凛は考えている僕の顔を覗き込んだ。
「いや、いいじゃん。そんな数なんて。僕なんてそんなに付き合った子いないよ。」
僕はうろたえて早口でまくし立てた。
「直人くんだったら、優しいし、きっと何人か彼女さんいたんだろうな。」
凛は羨ましそうに目を細めた。
「私ね、翠が初めてだった。」
専門学校を卒業して、見習いで市内の美容院に就職した。そこで1年ほど勤めたあと、今の店に転職したらしい。そこで翠さんに出会ったわけだ。
「翠に会って初めて自分は一人じゃない。私みたいな人が他にもいるんだって。嬉しくて安心して、翠に夢中になったわ。」
初めての恋。僕にも経験がある。
夢中になった。人生初の春だった。
それに加えて、凛にとっては仲間に会えた喜びも会って、その翠さんとの恋は何物にも代えがたい大事なものだったんだろうな。
だけど、だけど、ショックだった。彼女が好きなのは女の子。
それは、他に好きな男がいると告げられるよりも、ずっとずっと衝撃的で、立ち上がれないほどのショックだった。だって、他に好きなのは男なら、まだ張り合えることだって、凛を奪い取ることだってできる。だけど、相手が女ではなんともしようすがない。
僕は男だ。女にはどう頑張ってもなれるはずもない。まったくのゼロパーセント。確率は。凛の恋人になれる確率は、ゼロだ。
だって、僕が男だってことが、もはやスタート地点から可能性はないのだから。