21話 リストカット
「あの、うまく言えないけど、凛のこと変だって思わないよ。」
「本当。」
僕は、譲兄ぃと修一兄ちゃんのことを話した。
「ああ、そうなんだ。直人くん、免疫あるんだね。」
凛はちょっと冗談ぽくそう言い、笑顔を見せた。
そして、そっと長袖のブラウスの袖をまくり、僕の顔にその左腕を近づけた。その左腕の肘から手首までの間に、無数の蚯蚓腫れのような赤い古い傷があった。
僕はショックで、言葉が出てこなかった。
リストカット。
その傷を隠す為、いつも長袖を着ていたのか。
「それって。」
「大阪にいたときの傷なの。」
「大阪?」
「うん。」
凛は、聞いて欲しいといった。大阪にいた頃のことを。
僕は黙って頷いた。
「自分って変なのかなあって、思い始めたのが中学に入ってすぐだった。」
中学に入ってすぐのホームルーム。隣の席になった子とすぐに仲良くなった。明るくてよく笑う子で、音楽とテニスが好きで、すぐに誰とでも仲良くなる朗らかな女の子だった。凛も、スポーツが好きだったからすぐにその子と意気投合して、部活も同じテニス部に決めた。学校では隣の席で朝からずっと一緒。放課後も部活で一緒。登下校も一緒にだった。
「楽しかったの。その子、麻衣ちゃんっていってね。いつも一緒だった。」
休みの日には、ふたりで映画を観に行ったり、お互いの家を行き来したりした。
「でも、麻衣ちゃんは明るくて誰にでも好かれる子だったから、他にも仲のよい子がたくさんいて、その子達と遊んだりもしていた。何故か、それがとても嫌で。どうしてそんなふうに思うのかわからなかった。」
〝それってやきもちってこと?〟
僕が聞くと、
「そうかな、今から思うとやきもちだったんだよね。」
「でも、そのくらい普通なんじゃないの。野郎同士ってやきもちとかそんなやかないけど、女の子同士って結構そういうのあるじゃん。うちの姉貴にも、似たような経験があるみたいだよ。話し聞いたことあるもん。」
そうフォローすると、
「でも、その思いがどんどん大きくなっていって、ちょっとでも麻衣ちゃんが他の子と話をすると、何か泣きそうな気持になって。彼女にそういうことを言うと、凛、変だよって。何故私が他の子と仲良くしちゃいけないのって、喧嘩になって。」
「いつも麻衣のことばかり思ってた。頭ン中、麻衣のことで一杯になって、勉強も部活も手につかなくなって。私、おかしいのかな、何故麻衣のことにこんなに執着するんだろってわからなくて、混乱して。」
凛は、その頃のことを思い出してなのか、悲しそうに口を歪めた。
「その麻衣ちゃんとはどうなったの。」
続きを聞こうとすると、彼女は遠くの月を見るような遠い目をして、
「ある日、彼女に触れてしまったの。」
〝え。〟
僕は聞いてはいけないことを聞いたみたいに、少しの罪悪感みたいな居心地の悪さを覚えた。だけど、ここは本当は聞いてあげないといけないんだと、わかっていた。彼女をどこまで受け止められるだろう。不安で胸が震えた。