20話 ただの友達
「あれ。」
凛がすっとんきょうな声を上げた。
「どうしたの。」
凛が前方を指差す。
「あれ、何でだろう。」
ゲートの門がしまっている。展望台に続くドライブウェイの上り口にしっかりと門が鍵をかけられて、聳え立っていた。
「いつも開いてんのに。」
理由はわからない。ドライブウェイの途中で何か工事でもしてるんだろうか。
凛は、ゲートの門に手をかけてつまらなそうにつぶやいた。
「高いとこ登ったら、元気になれるかもしれないって思ったのに。」
そうだな。凛は高いところが大好きだもんな。こんなときだもん、僕だって凛を高い場所に連れて行ってあげたかった。
「車取ってこようか。Nパークウェイにでも行く?」
僕は隣町にあるドライブウェイの名前を挙げた。あそこにも高台にちょっとした展望台があったはずだ。
凛は首を振った。
「いい。」
そしてそのまま地べたに座り込んでしまった。
「服汚れるよ。」
「いい。」
カーキ色のハーフパンツの足を抱え込むようにして凛は力が抜けたように、がっくりと身体を海老のように曲げて顔を伏せた。僕も彼女の隣に腰を下ろした。
「ここでちょっと休んでから帰る。」
「翠さんのとこ?」
凛は翠さんと同じアパートの部屋だ。
「帰れない。翠の顔なんて見れない。」
「そうだな。」
「直人くん。」
凛は顔を上げて僕の顔をじっと見つめた。
「もう少し、ここで一緒にいてくれない。」
「いいよ。」
胸が痛かった。どうしてそんな目で僕を見る。いつもちょっとクールでひんやりとした眼差しで僕を見るのに、今日は何故そんな傷ついた小動物のような目で僕を見る。どこかに助けを求めるみたいに。愛おしくてたまらない。このまま、君を抱けたらいいのに。君を連れてどこか遠くへ行ってしまえたらいいのに。
「さっき、言ってしまってからしまったって思ったのよ。これで私、直人君を失くしちゃうんだなって。」
「失くしちゃうって。しまったって何を。」
僕は聞いた。
「翠のこと、恋人だって。こんなこと言ったらもう直人くん、友達でいてくれないんじゃないかって。」
「ああ。」
僕は少し考えて言葉を選んだ。だけど、いの一番に本音が口をついて出た。
「ショックだよ。ショックだった。」
「やっぱりそうだよね。女同士だもんね。」
「そうじゃないよ。ああ、好きな人いるんだって。やっぱり僕はただの友達なんだって。」
「ごめんね。」
凛は俯いた。
謝られたことに少しショックを受けた。
〝タダノトモダチ〟
自分で言って、自分で傷ついてる。アホか。
そして、凛が謝ったことで、そのことは事実として確定してしまった。
そう、僕はタダノトモダチ。
彼女は気づいているんだろうか。僕の胸の内を。僕が友達面して君の側にいて、でも本当は心の底で何を思っていたか。何を望んでいたのか。
次の言葉を探したけど、うまく言葉が出てこなかった。沈黙に耐え切れず、黙り込んだ凛の手をそっと取った。彼女は驚いたように顔を上げたが、その手を拒もうとはしなかった。
凛が今思いを巡らせている事は、何か。
緑さんのこと。同性の恋人がいることで、僕に何か思われているんじゃないかと、彼女は心配しているのかもしれない。