18話 僕の胸で泣いて
〝男の子が苦手なの。〟
そういう意味か。頭の中でカウンターを挟んで、修一兄ちゃんが譲兄ぃに顔を近づけて、オーダーを伝えている光景が浮かんだ。
ありえん。
いや、ありえるんだ。
彼らふたりのことがなかったら、僕は理解できなかったかもしれない。もしくは、脳が理解することを拒んだかもしれない。でも、ありえん話であって欲しかった。
あまりのショックに茫然自失。でも、僕がショックだったのは、彼女の恋人が女性だったことではない。
そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。
凛が僕の目を見た。彼女の目を見るのがつらかった。だけど目を逸らさずに彼女を見つめ続けた。何故か、ここで目を逸らしてはいけないと思った。声をかけようと思うのだが、言葉が出てこない。真夜中の国道を走る大型トラックが僕らの車のすぐ脇を、物凄いスピードで走り抜ける。
照らされたヘッドライトに浮かぶ凛の表情が、崩れた。口の端を歪めて、眉間に皺を寄せた。そして、次には怒ったような泣き出しそうな、どちらともつかない表情を見せ、そのままドアのノブに手をかけた。
「凛!」
勢いよくドアを開き、凛が国道へ飛び出した。
僕は慌てて車から飛び出し、凛の後を追った。
早い。
彼女は驚くほど足が速かった。
短パンにサンダル姿の僕は、サンダルの鼻緒に引っかかりそうになりながら、必死に彼女の後を追った。ぺたぺたとなるサンダルの音がうっとうしかった。
「凛。ちょっと待ってよ。」
息を切らしながらも、何とか彼女に追いつき、その手を取った。
腕をとられた凛は、今までの勢いを感じさせぬほど憔悴しきった様子で、その場に座り込んだ。
彼女は泣いていた。
僕は人がこんなふうに声を絞るようにして泣いているのを、初めて見た。
あまりにも悲しい。もっと、激しく声を上げて泣ければいいのに。そのほうがすっきりするだろうに。僕はそう思った。
凛は何故こんな時にまで、ひっそりと誰にもわからないほど小さな声で、苦しみに喘ぐように泣くのだろう。誰にも遠慮せず、誰に聞かれてもいいのだと開き直れるほど、悲しみやつらさを表に出せたら楽だろうに。そんなふうに思える泣き方だった。
僕はそっと彼女の身体を引き寄せた。嫌がられるだろうか。男に身体を触られるのは。
そう思ったけど、彼女を抱きたかった。
誰かの胸で泣ければいいと思った。少しでも悲しみが減るように。
凛は僕の首に腕を回した。小さな子供のように。
僕らの脇で、車が遠慮なしに通り過ぎる。好奇な目で、ゆっくりとスピードを落とし、無遠慮に僕らを覗き込むドライバーもいた。だけど、僕はそのままの姿勢で、じっと凛が落ち着くのを待った。
凛が悲しいときに、一緒にいれて良かった。
それが僕でよかった。恋人じゃないけど。友達だけど。それでも。
ただそう思った。