17話 コイビトナノ ミドリハ
「寂しいだろうけど、喜んであげなよ。だって翠さんの夢なんだろ。本当に仲のよい友達なら喜んであげなきゃ駄目だ。」
いつぞや、彼女の夢は自分の店を持つことだって、凛から聞いていた。
「そうだけど・・・」
語尾が消え入りそうになり、またぐずぐずと泣き始めた。そして、涙で途切れ途切れになりながらも、彼女は声のトーンを高くしながら話続けた。
「それだけなら私も大喜びで、翠を応援するわ。だけど・・・」
「別れたいって言うの。Rサロンのオーナーとできてたなんて。あんまりだわ。」
〝別れる?〟
〝オーナーとできてる?〟
僕は言葉の意味が理解できず、
「別れるって、凛と?」
凛は頷く。その意味を考える間もなく、凛が続ける。
「翠はRサロンのオーナーとつき合っているの。アパートも出て、オーナーが用意してくれたマンションに住むっていうの。私を置いて。」
言葉尻がまた涙声になる。
〝置いてく?〟
「大げさな。置いてくとか、別れるとか。友達なんだろ。男と女じゃないし、いつまでも友達は友達だよ。凛と住んでいるアパートを出て、そのマンションに住むのも、そっちの方が新しい職場に近いからなんじゃないの。それにオーナーさんとできてるなんていうのもどうかな。翠さんは綺麗だし、有能だし、彼氏のひとりやふたりいたって不思議じゃないじゃない。」
僕はてっきりオーナーって男だと思ってそう言った。その言葉に反応して、凛は顔を上げてはっきり言った。
「友達じゃないの。恋人なの。翠は。」
〝コイビトナノ。ミドリハ。〟
え、えええ~。
咄嗟に僕はハンドルを切り、路肩の空きスペースに車を止めた。
〝聞き間違いか。〟
鼓動が早くなる。凛の顔を見た。凛はもう泣いていなかった。真っ直ぐ僕の方を、挑戦的とも思えるきつい眼差しで凝視した。
「恋人って言った?」
「恋人って言った。」
オウム返しに凛が繰り返す。
困惑した。そして気まずい沈黙の中で、数秒の間をおき、僕は理解した。洪水のようにいろんな思いや情報や言葉や、そんな諸々のものが僕を悪戯に弄ぶかのように、押し寄せてきた。