16話 夜中のドライブ
「ごめん。何か気になってさ。」
凛は僕の顔を見た。駐車場の明かりの下、彼女の表情がよく見えた。戸惑っているふうでもなく、何か気が抜けたようながっかりしたような顔だった。
「何かあったの。」
「・・・・」
「余計なお世話かな。」
凛は首を振った。そして、急にキーを抜くと、僕に手渡し、
「直人くん、運転して。」
そう言って、運転席を降り、助手席側に回った。
「え。」
時計を見た。11時半。おかんは牛乳を待っているだろう。僕は戸惑ったが、彼女の言うとおりにし、運転席へ移動した。
〝ちょっとドライブしよ。〟
彼女の言うまま、ハンドルを握り、夜の国道を南へと向かっていた。
〝どこ行く?〟
〝どこでも。直人くんに任せる。〟
任せるって言われても、牛乳買いに来ただけだから小銭しか持ってないので、店に入るわけにも行かないし、それより何より免許持ってきてないんだけど。無免許運転だ。でも、凛の顔を見たら何も言えなかった。思いつめたようにじっと窓の外を凝視している。一言もしゃべらず。
仕方ないので、郊外の外れによく僕らがドライブする峠がある。高台に展望台もあるから、そこから町の夜景でも眺めれば凛も元気になるかもしれないと考え、国道へ出た。
沈黙が流れる中、深夜のラジオのDJの声が甲高く響く。
気まずくなった僕は、凛に声をかけた。
「何かあったんだろ。僕でよかったら話せよ。」
数分の沈黙の後、凛が口を開いた。
「翠が、店を辞めるって言うの。」
また、翠さんか。
彼女の話題になると、僕はなぜかしら嫉妬にも似た気持になる。凛があまりにも翠さんの事を話題にあげるからだ。仲の良い先輩なのはわかるけど、ちょっと執心しすぎなんじゃないかな。もしくは僕が女性に嫉妬することがおかしいんだろうか。だけど、そんなことは顔には出さず、僕は話を続けるように言った。
「Rサロンって知ってる?」
〝Rサロン〟県内を中心に展開する美容室のチェーン店の名前だ。市内にも何件か店舗がある。
知っていると口にすると、
「翠が引き抜かれたの。今度新しくオープンするJ店の店長にって。」
「へえ、凄いじゃないか。自分の店が持てるんだね。」
僕はあまり知らないけど、翠さんって凄く腕がよいらしく、今の店でもトップの売り上げを誇る。あの店の約半数以上の客が翠さんを指名する。全国で行われる美容コンテストでもいくつかの賞を取っているらしい。
J店は隣町のサロンで、来月オープンを控えている。Rサロンの中でも、大きな規模の店だ。
「翠さんが店を辞めるから寂しいの。」
聞くと、軽く頭を下へ下げた。
僕は、譲兄ぃと修一兄ちゃんのことを思った。店を出て独立する修一兄ちゃんに、寂しいけど修一の夢だからと、笑った譲兄ぃの表情を思い出した。