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妹が「お姉様の代わりは務まります」と言うので、婚約者も役目も譲りました。ですが務まらなかったようです【連載版】  作者: 本城オブリゲータ


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第一話 「お姉様の代わりは、わたくしが務めます」

※短編「妹が『お姉様の代わりは務まります』と言うので、婚約者も役目も譲りました。ですが務まらなかったようです」を加筆・再構成した連載版です。

短編未読でも読めるように書いています。


【2026/4/24 追記】

※異世界〔恋愛〕連載中 日間ランキング1位をいただきました!

皆様ありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします。


【2026/4/28 さらに追記】

週間ジャンル別ランキングで一位を頂き、日間総合ランキング(連載)でも2位を頂けました。

読んでくださる皆様に、本当に感謝です。

「お姉様の代わりは、わたくしが務めます」



 妹のリネットがそう言った瞬間、私は手元のティーカップを静かに置いた。


 ここは、ヴェルナー公爵家の南館客間だった。

 三日後に開かれる春季慈善園遊会の準備のため、私はこの数日、客棟の一室と小さな帳面机を借りている。


 園遊会は、王妃殿下の後援を受けた慈善行事だ。

 今年の会場提供と実務の受け持ちは、ヴェルナー公爵家。



 公爵家側の表の名義は、ヴェルナー公爵夫妻にある。


 けれど実務の総括は、次期公爵であるカイル様へ任されていた。

 向かいには、そのカイル・ヴェルナー様が座っている。


 その隣で、妹は勝ち誇ったように微笑んでいた。



「君は少々出しゃばりすぎる。婚約者は、もっと柔らかく寄り添ってくれる女性のほうがいい。リネットなら、その役目に向いているだろう」


 役目。


 その一言で、私はようやく理解した。


 この人たちは、婚約者の座と同じように、婚約者として私が担ってきたものすべてを、簡単に受け渡せると思っているのだ。



 招待客の選定。


 席次表の作成。


 寄付先の配分。


 王妃殿下への事前伺い。


 北方伯爵夫人と西部侯爵夫人を絶対に隣席にしないこと。


 東方大使夫人が胡桃を口にできないこと。


 西方商会の会頭夫人の名札の綴りは、一字でも誤れば寄付額が三割落ちること。



 そういうものを、全部まとめて「婚約者の役目」と呼んでいたのは、ほかならぬ私自身だった。


 本来、私は決裁者ではない。

 ヴェルナー公爵夫人の下で下準備を整え、カイル様が次期公爵として判断できる形にして渡す。


 それが、婚約以来の私の立ち位置だった。



 けれど気づけば、使用人たちの最初の確認も、夫人方への根回しも、寄付筋への返事も、ほとんど私のところへ来るようになっていた。


 カイル様を次期公爵にふさわしく見せるために。

 ヴェルナー公爵家が王都で円滑に立ち回るために。

 表に出ないその仕事を、私は未来の公爵夫人として当然のことだと思って引き受けてきた。



「……承知いたしました」



 私がそう答えると、リネットの目が嬉しそうに細くなる。



「では、婚約者としての立場も、その役目もお譲りいたします」



 カイル様がわずかに眉をひそめた。


 もちろん、家同士の正式な書面はまだこれからだ。

 この部屋でカイル様がリネットを選んだからといって、婚約証書がその場で書き替わるわけではない。



 けれど少なくとも、カイル様は今、私を未来の公爵夫人としての役目から外した。


 そしてリネットは、その隣の席を自分のものだと思っている。

 泣かれるか、怒られるか、少なくとももう少し面倒な反応を期待していたのだろう。


 でも私は、もうそういう感情の見せ方をする年齢ではない。

 そもそも、こういう場で取り乱したところで得るものなどない。



「ずいぶん聞き分けがいいな」



「代わりが務まるのでしたら、私がしがみつく理由もございません」



 私は微笑んだ。


 怒りも、嫉妬も、わざわざ見せる価値がないと思える程度には、疲れていたのかもしれない。



「ただし、引き継ぎは必要です」



「引き継ぎ?」



 リネットが小鳥みたいに首を傾げる。


 本当に何のことか分かっていない顔だった。


 少し前の私なら、その無邪気さに腹を立てたかもしれない。


 でも今は、むしろ感心してしまう。


 ここまで知らずに欲しがれるのも、一つの才能だと思う。



「はい」



 私は椅子の脇に置いていた革表紙の帳面を、そっとテーブルへ載せた。


 厚みの違う帳面が三冊。


 それから、色違いの札で束ねた名簿を五組。



「春季慈善園遊会の席次案が三種類。寄付先三十六件の優先順位表。王妃殿下の差し替えご希望一覧。東方大使夫人への献立注意。雨天時の庭園導線の変更札。それから、北方伯爵夫人と西部侯爵夫人を絶対に同席させないための注意書きです」



 リネットが目を瞬かせる。


 カイル様も、そこで初めて帳面へ視線を落とした。



「……大げさだな」



 彼は言った。


 やはりその一言が先に来るのだと思うと、少しだけ可笑しくなる。



「そうでしょうか」



 私は静かに返した。



「園遊会は三日後です。大げさで済むうちにお渡ししておいたほうが親切かと思いました」



 リネットがそっと一冊目を開き、数頁で閉じた。


 読めないのだろう。


 読めないというより、何を読まされているのかが分からないのだと思う。



「お姉様、こんなものは使用人がやればよろしいのでは?」



「使用人が動くための順番を決めるのが、私の役目でした」



「でも、たかがお茶会でしょう?」



 たかが。


 その言葉で、胸の奥が少しだけ冷えた。


 ああ、そうか。


 この子は最初から、何一つ見ていなかったのだ。



「ええ」



 私は頷いた。



「たかがお茶会です。たかが席次で、たかが寄付配分で、たかが大使夫人の好みです」



 そこで一度だけ言葉を切る。



「けれど、そのたかが(・・・)で、王都の機嫌は変わります」



 カイル様が不機嫌そうに口を挟んだ。



「エルシェナ。嫌味を言いたいならはっきり言え」



「言っております」



 私は視線を逸らさずに答えた。



「婚約者の座をお望みなら、その役目も引き受けるべきだと」



 部屋が静まる。


 窓の外の庭師の声だけが遠くに聞こえた。



「あなたは、私に恥をかかせるつもりか」



 カイル様が低く言う。



「いいえ。むしろ逆です」



 私は帳面の上へ指を置く。



「今まで私は、ずっとあなたに恥をかかせないようにしてきました。その役目を終えるだけです」



 その瞬間、カイル様の顔から、ほんの少しだけ余裕が消えた。


 たぶん今の言葉でようやく、私が本気で手を引くのだと理解したのだろう。



「……三日後の園遊会だけは」



 彼が言いかける。



「必要ありません」



 先に口を開いたのは、リネットだった。


 彼女は帳面を閉じ、勝ち気な顔で顎を上げる。



「お姉様がなさっていたことくらい、わたくしにだってできますもの。大げさに帳面を積んで見せなくても、少し丁寧に気を配れば済む話でしょう?」



 その返事を聞いて、私はようやく納得した。


 この子が欲しかったのは、カイル様の隣という場所だけなのだ。


 隣へ立つために必要なものには、最初から興味がない。



「そう」



 私は小さく微笑む。



「でしたら、本当に大丈夫ですね」



 立ち上がる。


 椅子が絨毯の上でほとんど音もなく引かれた。



「使用人たちには、明日から私へ来ていた確認をすべてリネットへ回すよう伝えておきます」



「待て」



 カイル様が思わずというように声を上げた。



「そこまでしなくてもいい。園遊会が終わるまでは、今まで通り――」


「婚約を解消なさるおつもりなのでしょう?」



 私は振り返る。



「でしたら、今まで通りというわけにはまいりません」



 正論だった。


 少なくとも、私にはそう思えた。


 婚約者ではない女が、婚約者としての仕事だけ続ける。


 そのほうがよほど歪だ。



「では失礼いたします」



 私は最後に一礼した。


 リューネ家の父母は、この場にはいない。


 ヴェルナー公爵夫妻も、正式な婚約協議ではなく、園遊会準備の打ち合わせだと思って別室にいらした。


 家同士の書面は、まだこれからだ。


 けれど少なくともこの部屋で、カイル様は私を未来の公爵夫人の役目から外した。


 王都の人々はきっと、そこだけを面白がる。


 妹が婚約者の座を奪い、姉は静かに引いたと。


 その背後にどれだけの帳面と人間関係が積まれているかなど、たぶん誰も気にしない。



 でも、それでいいとも思った。


 誰も気にしないのなら、失ってから初めて困ればいいのだ。



 部屋を出て、廊下を歩く。


 曲がり角をひとつ抜けると、ちょうど執事のフレデリクがこちらへ向かってくるところだった。


 彼は私を見るなり、少しだけ足を止めた。



「お嬢様」



「ええ」


「……何か」



 言いかけて、彼は口をつぐむ。


 使用人は賢い。


 家の空気が変わったことを、だいたい主人より早く察する。



「明日から、園遊会に関する判断はすべてリネットへ」



 私がそう告げると、フレデリクは一瞬だけ目を見開いた。


 それから、ほんの少しだけ困った顔をした。


 でも反論はしない。



「かしこまりました」



 私はそのまま歩き出す。


 準備期間中に使わせてもらっていた客室へ戻り、机の引き出しから別の帳面を出した。


 今度は私個人のものだ。


 家計でも寄付でも席次でもない。


 誰が何を把握(・・・・・・)していて(・・・・)誰が何を知らないか(・・・・・・・・)を書き留めてきた覚え書き。



 三日後、園遊会が崩れるかどうか。


 私はその答えを、もうほとんど知っていた。



 夜になるころ、窓の外で風が少し強くなった。


 春先の雨は、王都ではだいたい午後から崩れる。


 今朝、空の色を見た時点で嫌な予感はしていた。


 庭園の天幕を東側へ寄せ、王妃殿下のお席を奥へ移し、北方伯爵夫人と西部侯爵夫人の動線をずらし、西方商会の会頭夫人の札は一度作り直す。


 いつもの私なら、今夜のうちにそのくらいは全部済ませていた。



 でも、もう私の仕事ではない。



 私は窓を閉め、机の上の灯りを落とした。


 胸の中にあるのは怒りというより、奇妙な静けさだった。


 たぶん私は、ずっとこれを待っていたのかもしれない。


 自分がやっていたことを、誰かが“たかが”と呼んだその先がどうなるのかを。



 三日後の園遊会まで、あとわずか。


 そして今夜、私は初めて何もしないまま眠る。

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第二話は11:50に投稿します。

本日は第三話まで投稿します。

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― 新着の感想 ―
こういう事務方が居なくなってみんな困ってるみたいな話が山程出てきてるのは流行りというよりAIが同じパターンで出力してるのかなぁ 正直もうお腹いっぱいです
> 「姉上は少々出しゃばりすぎるのだ。婚約者は、もっと柔らかく寄り添ってくれる女性のほうがいい。リネットなら、その役目に向いているだろう」 このセリフは誰が言われてるのでしょうか?主人公の弟がいたの…
この場面は主人公の家で、園遊会もこの家で行われるのに公爵の息子が主催者ということですか? まだ夫婦でもなく、当主でもないのに? それぞれの立ち位置がちょっとよく分からないので、もう少し説明が欲しいです…
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