最強新米冒険者の仕事をしない一日 ~力任せの異世界スローライフ~
ケイト・ラックの朝は早い──
日がだいぶ昇った時分に宿のちびっこ二人から起こされ、朝食だか昼食だかわからぬもので腹をみたし、ギルドに行けば『こいつ本当に朝から来ねえな』という職員の顔を尻目に緊急の配達などないか物色する。
おじいちゃん、わたしは堕落しました……。
わたし、緊急の報酬だけで食べていけてるから、つい、ね。
良さげな依頼もなかったので、そそくさと外に出る。
わたしに気配を読む力などはないが、今わたしの背中にいくつもの視線と呆れが突き刺さっていることは疑うべくもなかった。
黒髪ボブを揺らし、黒セーラー服のスカートをなびかせながら、影の短くなった通りを闊歩する。
足元は石畳の歩道。すれちがう馬車が一段低い車道を走る。逆サイドを見れば木枠と土で出来た洋風の建物。遠く見ゆるは区画を分けるアーチ橋、そして立派な城壁。でも黒セーラー服。
なんてロックな女なんだ。元の世界でも御目にかかれないぞ。
「ただいまー」
「おかえりなさーい……?」
さっき『いってらっしゃい』と送り出したはずのわたしを、わが定宿の若女将が迎えてくれた。ライトブラウンの髪に、ふわふわ笑顔のお姉さんだ。今は不思議そうな顔だけど。
「忘れ物ですかー?」
「これといった依頼が無かったので、帰ってきちゃいました」
「まあ」
かわいく笑いながら仕事に戻るお姉さん。この宿の跡取りさんなだけあって、お金のある宿泊客に余計なことは言わないのだ。
……が、わたしが一階の食堂にある椅子に「よっこらせ」と座った時、金髪と銀髪のちびっ子がやってきて口を開く。
「あれ、おねえちゃんー?」
「お仕事はぁ?」
……………………。
「お、お休みになっちゃったかなぁ!」
「そうなんだー」
「いいなぁ」
二人の手には、それぞれ布巾が握られていた。お姉さんの愛娘、愛息たるこの双子は、いつもおうちの仕事を手伝っている良い子である。
寝起きが悪いわたしの為に、朝ごはんの時間が終わる前に起こしに来てくれる、かわいい妹分と弟分でもある。
仕事もせずに帰って来たくせに姉面する、おこがましい女とは大違いだぜ……。
「だからね、これからどうしようかなーって考えてたんだ」
「市場とかー?」
「このまえ行ったばっかりだからねえ……」
生活の基盤が出来て一安心の今日この頃だけど、どうにも娯楽が足りなくて困る。
冒険者としてのわたしをひいきにしてくれる商会長さんに、『近々、依頼をするかも』と言われては遠出もできないし、どうしたものか……。
……なにも思いつかないな。神殿地区の図書館にでも行く? それとも、近くの宿場町に日用雑貨でも運ぶか……? お仕事としては微妙だけど、運動がてら……。
……そういえば、あそこを通る街道は、わたしがこの世界へ来た時、最初に通ったやつか。
正確に言えば、山を歩きまわってどうにかこうにか見つけた道が、しばらく先であの街道に合流したんだった。
山を歩いて、山間の道を見つけて、上から見て平野っぽかった方向に歩いた結果、この街に到達したわけだけど……あれって、反対側に進んだら何があったんだ?
ふーむ。特別に気にしているわけじゃないけど、暇つぶしにはいいかな? わたしにはちょうどいい距離だろう。うん、うん……そうね。
「よし!」
テーブルに両手をついて立ち上がる。気分一新だ!
「あれぇ、どっか行くのぉ?」
「ちょっと出て来る! たぶん、晩ご飯には戻るから!」
「はーい、いってらっしゃーい」
何を準備することもなく手ぶらで宿を飛び出すわたしだが、この世界では珍しいことでもない。
多くの人間が、常時なんもかんも持ち歩いてる世界だからね。もちろん、わたしもそう。
通りに出たらまっすぐ北東の門へ向かい、門番さんたちから「相変わらず変な時間に外へ出るんだな」と笑われながら城門をくぐると、道から少し外れて脇へ。その場で軽くぴょんぴょん跳ねて準備運動とする。
「じゃあ、行ってきます!」
「ああ、気を付けてなー」
門番さんたちに見送られて走り出す。……猛ダッシュでね!
木や歩行者がどんどん後ろへ消えていく。バスの最前席に座っている時の景色だ。
時速何キロメートル出ているかは分からないけど、たぶん短距離走の世界記録よりは速いと思う。
これほどのスピードで、疲れた様子もみせずに走り続けるわたしは、他人から見れば『強化の達人』と映る。ゆえに妙なモンに絡まれることもなく、しごく快適である。
道から外れて土の上を走っているのは、危ないからだ。街道も石畳なんだけど、走ってると凹凸が怖い! 速く走れるからといって、わたしの反応まで早くなるわけじゃあないんだよ!
なお、これでも抑えて走っている。全力だと危ないからね! 平地でも、坂道を駆け下りてる感じになるよ!
あっという間に分かれ道に到着した。このまま太い道を進めばすぐ宿場町に着くのだけど、今日のわたしが目指すのはもう一つの細くなる道、その先だ。いざゆかん!
ほどなくして道は山間に入った。道の脇を走るのはもう無理があるので、少しペースを落として道の真ん中へ。
うーん、頬を撫でる薫風……湿った落ち葉と土のにおい……蒼天を程々に隠す木々の木漏れ日……思いがけず、ゴキゲンなハイキングになっているのではないでしょうか……わたしの恰好は黒セーラーとローファーだけど……。
しばらく進むと、道の終わりにたどり着いた。
「おー……」
高台。今は草でぼうぼうだけど、木々を伐採して切り開いたであろう空間。半端に解体されたこれは……砦?
「はて……?」
首をひねって考える。
「なんでこんな風に……? これは、わざと残してる……んだよ、ね?」
だって、そうでなきゃおかしい。世の中には魔法の袋ってものがあるんだ。一人につき荷車一台ぶん程度の荷物を入れておけるアレがあるんだから、一部とはいえ砦を解体せずに置いていくわけがない。少なくとも、石材は再利用して然るべきじゃないか?
「まぁ、最初の疑問は解消されたけど……んんー」
への字口で眉をひそめる。
かつて選んだ道の反対側は、放棄されたアウトポストに繋がっていた。それはいい。あの時にこっちへ来ていたら、膝から崩れ落ちてスンスン泣いていたかもしれないけれど、今のわたしには観光名所として楽しむ余裕がある。
苔と蔦がすんごいな。風情だね風情。
砦に近づきながら、考え続ける。
残したからには使い道があるってことなのかなあ。でも、屋根すらないし……。
解体が出来ない状況があって離れた……っていうんじゃあないな。街から大して離れてないんだ。仮にトラブルがあったとしても、後日、回収に来ればいい。
「うーん……」
残った外壁が階段状になっている部分を登り、中を見る。…………動物の骨? え、多くない?
「なにこ──」
あっ 今 風のないタイミングで 草のこすれる音が──
慌てて振り返り────全身が粟立った。
でかい
むかでが
いる
体高がわたしの腰ぐらいまであるムカデが跳びかかって来ていた。
「ふおおおおおおおおおおおおお!?」
反射的に全力で殴る。正しい動きが体に染みついていない、腕だけで打った素人のパンチではあるが、わたしのアホみたいな腕力をその身に受けたムカデは体全体をぐるりと回しながら大きく吹き飛び距離が開いた。
足がワキワキしている。
…………ムリムリムリムリムリ!! こんなの強いの弱いのって問題じゃないわ!! 直視できるかー!? 大きくなるんならそれに合わせてフォルムを変えて来いよぉ!! 鎧土竜みたいにさぁ!! もしくはジュエルローチのメスみたいにさぁ!! まぬけでかわいい感じに見えるフィルターはないのかフィルターは!? ホイホイさんを見習え!! そんなんじゃベスト版は販売できないぞ!! つーかおまえそんなサイズで何食って生きとんじゃー!? さっきのか!?
か、神様! 青少年のなんかを守る神様! 今すぐあいつにモザイクをかけてください! ほら! あのワキワキする脚とか、ヒワイな動きとみなせなくも……見たくないっつってんだろわたし!! 注目するな!!
頭の中は大混乱していたが、無意識に魔法の袋からハードレザーグローブを出して腕にはめ、構える。──また来たぁ!? いやだぁ!!
「ぬわぁおー!?」
めちゃくちゃ腰が引けてはいたものの、さっきよりはマシなパンチで迎撃できた。しかし──
──うっ!? なんか微妙に柔くて芯を食わない!? っていうか外される!? お前達人かよお!? ていうか触りたくないんだよ!! ていうかよおー!?
心が乱れっぱなしのわたし。
しかし、ここで天啓があった──そうだ、触らずに仕留めよう! 道具はたっぷりあるだろわたし!! それも、すぐそこに!!
急ぎ、砦に向かって跳ぶ。足元には程よく砕けた残骸もゴロゴロ転がっていた。よきサイズのそれを拾い上げて、振りかぶる。
かつて少年野球をしていた友達は、わたしにこう言った……いい球を投げるコツは、キャッチャーのどてっぱらをぶち抜いて転がす気持ちで投げる事だと!!
投擲!! 私の殺意を受けてみろ!! ……うわぁ、全然おじぎしないぞ!
──ベコッ
……やった、当たった!! 狙った所には飛んでないけど!! しかも悶えてる……気がする! ムカデのリアクションはわかりにくいなあ!! そもそも見たくないんだけどなあ!! 審判のプロテクターみたいな甲殻しやがってよお、許さんぞ!! 次だ次!!
──こうして砦の残骸を投げ続け、とうとうムカデの頭に命中させたわたしは、どうにかこうにか討伐に成功した。一時間ぐらいかかった。
「ケ、ケイト?」
「戻りましたー……」
身体の方は元気いっぱいでも、精神的にヘロヘロなせいでダッシュが捗らないわたしが街に着いたのは、門の閉まる寸前の時間であった。
「珍しく疲れてるな……とにかく中へ入ってくれるか?」
「はーい……」
「なにがあったか知らんが、まあ……なんだ。間に合って良かったな。お疲れさん」
「ありがとうございます……」
門番さんに労いの言葉を貰いつつ、壁の中へ。
やっと帰って来れた……。うう、やったぜ畜生……。
心が疲れてるけど、ギルドのある中央地区へ向かう。
依頼は受けてなくても、あんなのを仕留めたからには報告ぐらいしておこう……。
「こんばんはー……」
「あれ?」
「ケイト?」
冒険者ギルドの建物に入ると、職員さんと、わたしがお世話になってる先輩冒険者さんがのんびりお話をしていた。
さすがに閉門ギリギリの時間だと、人が少ないな……。
「こんな時間にどうした?」
「ええまあ、大物を討伐したので報告に……セロさんもどうしたんですか?」
「俺はこいつと飲みに行こうと思って待ってたんだ」
「そうなんですよ。……しかし、討伐ですか? ケイトさん、何も受注していませんよね?」
ほんとだよ。なんで仕事でもないのに、あんなのの相手をしなきゃならなかったんだ……?
倒したはいいけど、砦の謎と関係ないだろあいつ。くそー。
「出先で出くわしたんです。ひどい目に遭いました……」
「何がいたんだ?」
「でっかいムカデが……」
『え?』
声が被って顔を見合わせた二人が、こっちに向き直る。
「ムカデ……?」
「この辺りの話ですよね? いたんですか? 持ち帰ってます?」
どれだけデカかったかという話をしたら、建物の前で出して欲しいと言われたので、建物に残っていた人たちも野次馬に連れて外へ出た。もう帰りたいよー。
「出しまーす……」
魔法の袋に入れて持ち帰ったムカデを出現させると、周囲がどよめいた。
「こんなのがいたのか……よく一人でやったな」
「驚きですね」
「依頼は出てなかったのか?」
「ええ、まだ誰も気づいていなかったんでしょうね」
「もったいなかったな。目撃されてからなら、依頼もあったろうに……しかし、ずいぶんボコボコだな。なんの跡だこれ?」
「確かに。あの、ケイトさん。……ケイトさん?」
「ケイト? どこを見てるんだ?」
おそら きれい
一応、査定の足しにはなったし、買い取ってもくれた。麻痺作用のある毒が取れるそうだ。依頼の報酬はないけどね……。
ちなみに、砦について尋ねたところ『昔の領主が王都からの軍勢に備えるために建てたもので、王領となった際に解体された』とのことだった。『動物のねぐらになるから、部分的に残して狩りに活用されている』そうな。
あんにゃろうはその動物を食べに来ていたんだろうか……。
この辺のガイドブックを書く時には史跡として載っけてやるつもりだけど、危険な生き物が棲み付かないかどうかは気にかけておこう……。
ドワーフ料理の店に行くから一緒に飲まないかとお誘いがあったけど、香辛料と火酒って気分じゃないし、早く休みたかったからお断りして宿へ。
テーブルに突っ伏しながら、宿の双子に今日の話を軽くしてみたが、でかいムカデのやばさがイマイチ伝わらないようだった。まさか、ムカデ平気民か……? まったく、こどもは! これだからこどもは!
なお、一緒に聞いたお姉さんは引いていた。やったね。
軽めの晩ご飯を食べ、今は自分の部屋のベッドに腰掛けて、お風呂上がりの一杯としゃれこんでいる。
こっちでは堂々と飲んでもいいよね。
へへーんだ。文句があんなら、ココまで来てワッパをかけてみろってんだ。
やさぐれた心で、しなくていい挑発をしながら、上を向いてジョッキを傾ける。そして、鼻孔へ息を送り出しつつ、ジョッキと共に目線を下ろすと……。
「あ、猫ちゃん」
ローテーブルの上で、明るいオレンジと白の縞模様が丸くなっていた。
「あいかわらず、急に出て来るよねー」
長椅子へ移動して、猫ちゃんの背中をなでながら話しかけるわたし。
「猫ちゃんちょっと聞いてよー」
「例えここにお前を裁く法がなくとも、外からどう見えるかは難しいところであろうと私は考える」
「もー、またわかんないこと言うんだからー」
声低いよねー、体がおっきいからかなー。ふてぶてしいお顔には似合ってるけどねー。うりうり……あっ、溶け始めた。えっへっへ。
そのままわたしの心の傷が癒えるまでさんざんになで回してやったが、猫ちゃんは我慢づよく付き合ってくれた。むふふ……。
わたしはケイト・ラック……猫さえなでていればゴキゲンな女……。
でも、なるべく早く、いい感じの投擲武器を探しにいこう……。
読んでくださって、ありがとうございました。
主人公をわちゃわちゃさせている間、ずっと楽しかったです。
もう少し、この子にいろいろさせたいかも?




