第6話 うつけと呼ばれる男の噂
市というものは、品を売り買いする場であると同時に、噂を売り買いする場でもある。
菜ひと束、味噌玉三つ、干魚ひと包み――それらが人の手から手へ渡るあいだに、どこの村で堰が壊れたとか、どこの娘が奉公に出ただとか、どこぞの侍が酔って溝へ落ちただとか、そういう話がするりと混じる。銭で買うわけでもないのに、噂というやつは妙によく流れる。
しかも厄介なことに、安い噂ほどよく売れ、重い噂ほど後から効く。
その日の市も、昼を回る頃にはすっかり人で膨れていた。
朝のうちは菜の青さや魚の匂いが勝っていたが、今は人の熱と土埃と、炙ったものの匂いまで混じって、実に城下らしい濃さになっておる。値切る声、笑う声、喧嘩腰の声、子どもの泣き声、荷車のきしみ。耳に入るものが多すぎて、ぼんやりしておると頭の中まで市になってしまいそうだ。
わしはおつねの店先の脇に腰を下ろし、売り物の菜が減ってできた隙間を何とはなしに眺めていた。
先ほどの荒くれ者とのひと揉めは、どうにかこうにか傷も残さず済んだ。いや、傷が残っておるとすれば、それはおつねの「本当にそのうち殴られるよ」という呆れ声くらいのものである。
「まだ座っておるのかい」
と、おつねが言った。
「働いた後の男には休息が必要じゃ」
「さっきから口しか休んでおらぬだろう」
「それは違う。口は常に働いておる」
「威張ることかね」
おつねは味噌玉を包みながら、こちらを見もせずにそう言う。だが追い払わぬあたり、まだ使い道くらいは認めておるのだろう。ありがたいことである。
わしは通りの向こうを見やった。
少し離れたところで、先ほどの人足たちがまだ何やら騒いでおる。酒の勢いが抜けぬまま、別の荷担ぎ衆や魚売りと入り混じって、世間話とも悪態ともつかぬことを口走っている。
その中で、また聞こえた。
“うつけ”。
あの言葉である。
寺でも聞いた。道でも聞いた。今また、ここでも聞く。まるでこの城下のどこかに、小さな火種のように埋まっておって、人の足が近づくたびにじり、と煙を上げるようだ。
「のう、おつね」
「何だい」
「“うつけ”とは、そんなによう話の種になるものか」
「何を今さら」
おつねは呆れたように言う。
「城下へ来ておいて、織田の若殿の噂を聞かぬ方が難しいよ」
「若殿、か」
「うつけ殿、とも言うし、尾張一の変わり者とも言うし、恐ろしい御人だとも言うしね」
「ずいぶん忙しいお方じゃのう」
「見る者で違うんだろうさ」
見る者で違う。
それはつまり、ひとことで片づかぬ相手ということだ。
ただの馬鹿なら、“馬鹿”で話は終わる。だが人は、得体の知れぬ者ほどあれこれ言いたがる。あれこれ言うということは、少なくとも皆、放ってはおけぬのだ。
「どんなお方なのじゃ」
と、わしは聞いた。
「会うたこともないのに、よう聞くよ」
「会うておらぬから聞くのだ。会うた後では、聞く暇もなく斬られるやもしれぬ」
「縁起でもないことを言うな」
おつねは小さく鼻を鳴らしたが、少し考えてから答えた。
「派手なものがお好きだって話はよう聞くね。変わった着物を着たり、周りが顔をしかめるようなことを平気でやったり」
「うむ」
「寺でも、年寄り衆でも、“あれでは織田は持たぬ”って言う人は多いよ」
「ほう」
「けれど、そう言いながら気にしておる。皆ね」
それは、だいぶ面白い。
呆れられておるのに、人の目を引く。悪く言われておるのに、忘れられぬ。そういう人間は、たまにおる。たいていは近づくと面倒だ。だが遠くから見ておる分には、実に気になる。
通りの向こうでは、今度は魚売りの男が大声で笑っていた。
「おい、あれだろう! この前も派手な小袖でふらふらしとったって話じゃねえか!」
「うつけよ、うつけ!」
「うつけにしては、妙に人がついていくのが気味悪い」
「気味悪いっちゅうより、あれは若い衆が面白がっとるのよ」
「面白がるだけで命を張れるかよ」
「だが、あの殿の周りは、妙に熱いぞ」
最後の言葉は、酒気混じりの笑い声の中でも少し重かった。
わしは耳をそばだてる。
若い衆が面白がる、というのは分かる。変わり者というのは、退屈な世にはよい見世物だ。だが“命を張れるか”という言い方になると、それはただの見世物では済まぬ。
織田の若殿――うつけと呼ばれる男の周りには、笑いだけではない何かがあるのだろう。
「なあ、おつね」
「まだ聞くのかい」
「気になるのでな」
「気になるものは碌でもない、って顔をしておるよ、おぬしは」
「うつけに引かれるのは、うつけの相か」
「おぬしが言うと、笑えないねえ」
おつねはそう言いながらも、隣の店の婆さまと目を合わせた。
「ねえ、おかね婆さん。あんた、うつけ殿のこと何か知っておるかい」
「知るも何も、見たことくらいはあるさ」
と、隣で乾物を売る婆さまが言う。
「それで?」
と、わし。
婆さまは歯の欠けた口をにやりとさせた。
「派手よ。とにかく派手。昔の殿様みたいな取り澄ましたところがない。だが、ただ騒がしいだけなら、あそこまで人の口には乗らん」
「何が違うのじゃ」
「さあねえ。わしぁ侍のことは分からんよ。ただ、ああいう人は、嫌う者も多いが、妙に“ついていってみたい”と思う者もおるもんさ」
なるほど。
それはやはり、ただの阿呆ではない。
婆さまはさらに声を潜めた。
「だがね、城下じゃ面白がってばかりもおれん。殿がどう動くかで、税のかかり方も、警固の厳しさも、寺との揉め方も変わる」
「寺との揉め方?」
と、わしが聞き返すと、婆さまは肩をすくめた。
「城下の者なら皆知っとるよ。寺社が強いところは、年貢だけじゃ済まぬ。人も銭も、あちこちへ頭を下げて回るんだ。殿が強く出れば楽になることもあれば、そのぶん別のしわ寄せも来る」
「ふむ」
おつねもそこで口を挟んだ。
「この前も、通りの端で警固の者が露店を追い立てていただろう」
「ああ」
「“城下の筋を乱すな”だの、“寺前の場所代がどうだ”だの、上の話が下へ落ちてくる時は、たいてい面倒になってる」
「世は上から下まで面倒でできておるのう」
「面倒でなけりゃ、あたしたちみたいなのはもう少し楽に暮らせるよ」
おつねは笑わずに言った。
その言葉には、いつもの棘とは少し違う重みがあった。
確かにそうだ。
うつけだの変わり者だのと、上の者を面白おかしく語るのは市の楽しみのひとつだろう。だがその“うつけ”が城を動かせば、下の者の暮らしも動く。警固がきつくなれば、露店は追われる。寺と揉めれば、寺前で商う者が困る。税が変われば、菜ひと束の値も、味噌玉ひとつの重みも変わる。
乱世とは、槍働きの話ばかりではない。
飯の量、銭の数、通りの居心地、そういう小さなところへ重くのしかかるのだ。
「……面白いのう」
と、わしはぽつりと言った。
おつねがじろりと見る。
「何がだい」
「皆、うつけと笑うておる。だが、そのうつけが何をするかで、こうして市の空気まで変わる」
「だからこそ、皆、好き勝手言うんだよ」
「好き勝手言うのに、無関心ではおれぬわけだ」
「そういうことだね」
わしは頬杖をついた。
見たことのない男だ。会うたこともない。どんな顔をし、どんな声で喋り、どんなふうに怒るのかも知らぬ。
だが、名前も知らぬ寺の娘と同じで、“見ておらぬのに気になる”というのは厄介だ。
いや、違うか。
あの娘の方は見てしまった。見てしまって、よけいに気になっておる。
その違いを考えた時、胸の内に、懐へ入れた布守りの存在がふと浮かんだ。
わしは無意識に胸元へ手をやった。
布越しに、あの小さな守りの感触がある。
おつねがその仕草を見とがめた。
「何を持っておる」
「宝物じゃ」
「急に胡散臭くなったね」
「胡散臭いとは何じゃ。男には誰しも、ひとつふたつ、懐に訳ありのものがある」
「ろくでもない物言いだ」
「もっとよい言い方をすると、“縁のしるし”」
「もっと胡散臭くなった」
もっともである。
わしは笑ってごまかしたが、心の中では守りのことが妙に引っかかっていた。
寺で会うた娘。僧に化けた男。門前の小僧。商人ふうの男。そして、この城下で囁かれる“うつけ”の噂。
まだ何も繋がってはおらぬ。繋がっておると決めつけるのは、ただの阿呆だ。だが、世の中の面倒というものは、たいてい“最初は繋がって見えぬ”ものでもある。
おつねの母が、店の奥から声をかけてきた。
「おつね、水が足りないよ」
「はいはい」
おつねは立ち上がり、わしを見た。
「おぬし、そこに座っておるなら番をしておいで」
「番賃は」
「さっきの売り上げで許してやる」
「安い」
「飯つきなら高い方だよ」
そう言って、おつねは桶を持って離れた。
わしは店先へ残される。
番と言うても、菜と味噌玉を見ておるだけだ。だが、この“見ておるだけ”というのが、案外嫌いではない。通りを行く人の顔を見、荷の重さを見、誰と誰がつるんでおるかを見る。見ておれば、その場その場の空気は少し分かる。
向こうでは武家風の小者が二人、足早に通り過ぎた。寺帰りらしい老人が何やら不満げに首を振る。露店の男が警固らしい者を見て目をそらす。皆、それぞれに城下の風へ気を配っている。
“うつけ”ひとりの話ではない。
この城下そのものが、何やら落ち着かぬのだ。
やがて、おつねが戻ってきた。桶を置き、菜に水を打ち、手際よく並べ直す。その横顔を見ながら、わしはふと口にした。
「のう」
「何だい」
「もし、そのうつけとやらが、本当にただの阿呆ではないとしたら」
「したら?」
「面白いことになるかもしれぬ」
「ろくでもないことになる、の間違いじゃないかい」
「面白いことと、ろくでもないことは、たいてい隣同士よ」
「おぬしの人生みたいにね」
「うまいことを言う」
「褒めておらぬ」
まったく、容赦がない。
だが、その容赦のなさが、今のわしには妙に心地よかった。夢ばかり見ておると、こういう娘が土の上へ引き戻してくれる。ありがたいことだ。
日が少し傾き始め、市の賑わいも朝の鋭さから昼の重さへ変わっていく。人の声はまだ多いが、値切りの勢いより、売れ残りをどうするかの顔が増えてくる。
わしはその間に、そっと懐の布守りを取り出した。
おつねはちょうど別の客の相手をしており、こちらへ目を向けておらぬ。
布守りは手の中にすっぽり収まるほど小さい。地味な色合いだが、改めて見ると、織り柄がただの飾りではない気がした。糸の合わせ方が独特で、花でも鳥でもない。だが、どこか“印”めいている。
武家の家紋ほど露骨ではない。寺の守り札ほど素朴でもない。
もっと、隠すための柄だ。
「……何じゃろうな、これは」
指先でなぞる。
寺で会うた娘が持っておったにしては、質がよい。だが、町の娘の持ち物というには無骨だ。しかも使い込まれておる。実用品か、所属のしるしか、あるいは命綱のようなものか。
あの娘の細い指。冷えた声。人を見る目。僧に化けた男。走り方。
守りを見つめるうちに、わしの胸の内で、ぼんやりしておったものが少しずつ形を取り始める。
これは、ただの娘の持ち物ではない。
どこか武家の、それも表に出ぬ側の者か。
あるいは、忍びのような者らが持つしるしではないか。
「おぬし、何をにやにやしておる」
ふいに声がして、わしはあわてて守りを握りこんだ。
「うおっ」
おつねが呆れた顔で立っておる。
「怪しい男だねえ」
「怪しくはない。物思いにふけっておっただけじゃ」
「物思いをする顔ではなかったよ。腹が減った犬が、骨を見つけた顔だった」
「おつね、おぬし、比えがいちいち辛辣じゃのう」
「おぬし相手にはちょうどいい」
わしは苦笑して、守りをまた懐へしまった。
まだ誰にも言う気はない。
言うても、どう説明したものか分からぬし、おつねに知られれば「だから面倒ごとを拾うなと言うたのに」と一刻は説教されるに違いない。それはそれで正しいのだが、正しい説教ほど耳が痛い。
通りの向こうで、城の方へ向かう風が吹いた。
わしは何とはなしに、その方角を見た。
“うつけ”と呼ばれる男のいる城。
その城下で動く人々。
そして、この小さな布守りを落としていった娘。
どれもまだ、わしには遠い。
遠いが、どうにも気になって仕方がない。
まるで、腹の底に小さな火種が落ちたように。




