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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

追放された元王女は前世で社畜すぎて、人気なギルド受付嬢としてモリモリ働いています!

掲載日:2026/03/04

 獣人の国、ガルシラ王国。


 王国の第四王女であるレオカディアは、王家の慈善政策の一環として“魔力不安定児童”の保護施設の責任者を務めていた。


 “魔力不安定児童”――獣人の多くが魔力適性がなく魔力のないまま生まれてくる一方で、まれに魔力を持って生まれてきてしまう子どもがいる。


 レオカディアはそんな子どもたち一人一人に魔力の暴走が起こらないよう教育を施し、貴族社会では“道楽”だと揶揄されながらも本気で取り組んでいた。


 彼女には、前世の記憶があった。


 保育士や学校の先生を目指した学生時代。


 不況の煽りで就職できず、結局入社したのはブラック企業。


 セクハラパワハラは当たり前の会社で耐えて、耐えて、耐えて、耐え続けて――過労で死んだ。


 くだらない人生だった、とレオカディアは苦い思いをする。


 それでも、その経験があるからこそ、ここまで根気強く子どもたちと付き合ってこれたのだ。


 そんなある日のことだった。


 レオカディアが面倒を見ていた“魔力不安定児童”が、亡くなってしまう事件が起きた。


 職員との散歩中のことだったらしい。


 人一倍悪意に敏感だったその児童は、少しぶつかった男性に悪意ある怒声を浴びせられ、パニックに陥った。


 ……そして、魔力が暴走した。


 死者は6名、他重軽傷者12名。


 王国は即座に責任の所在を求めた。


 もちろん、責任者はレオカディアだった。


 魔力を制御するための教育の監督責任、そして後見人としての管理責任。


 そして、王家の威信を守るための、わかりやすい処罰が必要だった。


 レオカディアは何も言わず、ただ従った。


 王籍剥奪と、国外追放。


 彼女は、一度も涙を見せなかった。


 ただ、死傷者を偲んだ黒いドレスで過ごし、毅然とした態度で過ごしていた。


 そのまっすぐな様子とこれまでの功績から、多くの貴族が「ぜひ我が家に」と競うように声をかけたが、彼女は国外追放を理由にすべてを断った。


 数日後、彼女は王都を、ガルシラ王国を旅立った。


 向かった先は隣国のメリロス帝国。


 レオカディアの母である国王の第二夫人の祖国だった。


「殿下、まずはお母上様の生家に向かわれますか?」


「殿下じゃなくて、レオカディアよ。もう王族じゃないのだから。……そうね、まず、冒険者ギルドに向かうわ」


 冒険者ギルド。


 メリロス帝国の特徴といえば、その想像を絶するほどの寒さにあるが……。


 彼ら、冒険者の存在も特徴的だと言えるだろう。


 通称、何でも屋。


 危険な場所から薬の元となる草花を採取してきたり、肉屋の依頼で狩りに行って肉を納品したり、もちろん雪かきでも、ハウスクリーニングでもなんでもやる。


 何でも屋と呼ばれる冒険者の職業が人気なのは、その職業内容だけではない。


 職業をこなしてランクを上げていくごとに、報酬が高値の依頼に挑戦することができる。


 その、言ってしまえば“ゲーム性”のあるシステムに惹かれる人々は少なくはない。


 そして、レオカディアがギルドに訪れた理由は――。


「ここで働かせてくださいますでしょうか?」


「……………………へ?」


 求職活動のため、だった。


「で、でんっ……お嬢様!?」


 後ろに控えていた侍女が叫び声を上げる。


 ギルドに足を踏み入れた瞬間ですら叫びたかったのに、我慢していたのだ。


「ギルドマスターはどこかしら? 私、ここで働きたいんですの」


「しょっ……少々お待ちください!」


 いつもは喧騒に溢れたギルドの依頼受付所内が、静まり返る。


 レオカディアは王女であった頃に来ていたドレスを着用していた。


 煌びやかな宝石がついているわけでも、特別高い布が使われているわけでもない。


 ただ、彼女の洗練された動きと態度、声色が、すべて“彼女は王族である”と言っているようなものだった。


「お、おい、もしやあれって……」


「隣国の悲劇の英雄様か?」


「レオカディア第四王女様じゃないか」


「あのライオン獣人の耳、間違いない……!」


 ゆらりとレオカディアの尻尾が揺れる。


 悲劇の英雄。


 レオカディアは、民草からは“英雄”と呼ばれる存在だった。


 昔から魔力暴走の危険性のある子どもはどこの家も持て余し、恐怖で震えて、捨ててしまったり、自分の手で殺めてしまうことも多かった。


 そんな子どもたちの居場所となり、支えとなっていたレオカディアは、王族の中でも特に人気の王女だった。


 しかしあの事件が起きてしまったことにより、レオカディアは国を去らなければならなくなる。


 故に、悲劇の英雄。


 悲劇とも言えるあの事件により、追放された英雄として、彼女は名を轟かせていた。


「俺がギルドマスターだが」


 筋骨隆々の金色の髪を短く切りそろえた青年が、レオカディアを睨みつける。


 いや、睨みつけているのではない。もともとそういう顔なのだ。


「ギルドマスター。私はレオカディア。ただのレオカディアと申します。後ろに控えているのはミアです。本日は、ここで働かせていただきたいと思い、参上いたしました。ああ、ミアは勤務中は私の家で待たせるのでご安心ください」


「はあ……そうですか。しかし王女様」


「王女ではありませんの。せめて、レオカディア嬢とお呼びください」


「……レオカディア嬢。しかし、このギルドにはあなたができるような仕事はありません。いままで事務の経験は?」


「ありません」


 今世では、だが。


「でしたら」


「後ろのその方、面談中でしたのかしら」


「は?……ああ、彼は……おい、こっち来て挨拶しなさい」


 椅子に座って俯いていた青年が、のっそりと立ち上がる。


 ギルドマスターの身長は大きい。それこそ、レオカディアでは見上げないと声が届かないほどに。


 そんなギルドマスターよりも体が大きい青年だった。


「……ブラック、です」


「彼はブラック・ワインズ。帝国では平民でも村の名前や両親や祖父母の名前を名乗ったりして、姓名を選択できます」


「存じていますわ。では、ブラックさん。私もそのお悩み、聞いてもいいかしら?」


「え……」


「ギルドの管轄です。お控えください。王……レオカディア嬢」


「まぁ! こう考えれば良いのではなくて? 私が、彼の悩みを解決する。そうしたら、仮雇用という形で働いて、その働きに応じて正式雇用になる。どうでしょうか?」


「……逆によろしいので?」


 ギルドマスターがその仏頂面を少し歪ませる。


「ええ、構いませんわ。さ、ブラックさん。許可も出たことだし、奥の部屋に行きましょうか」


「よろしいので、と聞いただけで許可したわけじゃ……いや、はぁ……もういい……ご自由にどうぞ……」


 諦めた様子のギルドマスターについて頷きながら、レオカディアはブラックの背中に手を添えて、奥の部屋まで促す。


 ブラックとギルドマスターが座り、その正面にレオカディアが座り、その後ろに侍女が立って、面談は再開された。


「まずは、ブラックさんの自己紹介をしてくださるかしら。お名前と年齢、出自、そして冒険者になった理由を。簡単でいいわ」


「は、はい。……俺の名前は、ブラック・ワインズ。今年で22になります。ワインズ村で生まれました。冒険者になった理由は……なんとなく、っす」


「なんとなく。たとえば、冒険者を知るきっかけのようなものは?」


「きっかけ……あ……俺の村に、昔、冒険者が来たことがあって……」


「その冒険者さんは、なぜワインズ村に?」


「村の近くで猪被害があって。大人の男と同じサイズくらいの猪を討伐しに、冒険者が来てくれたんす」


「まぁ。討伐は無事成功したんですの?」


「はい。その冒険者はナイフ一本ででかい猪に向かっていって、あっという間に討伐しちまったんです。俺、たまたまそれを見て……」


「では、ブラックさんはもしかしたら、その冒険者さんに憧れたのかもしれないわね」


 にこりとレオカディアが言うと、ブラックが少し頬を染めながら、頷いた。


 その隣で、ギルドマスターが舌を巻く。


 いくら話しかけても「ああ」だの「うう」だの、的を得ない返答しか来なかった彼が、ここまで普通に喋るとは思いもよらなかったのだ。


「では、本題に入りますね。ブラックさんのお悩みを、お聞かせくださいな」


「はい。……俺、なかなかランクがあがんなくて」


「ランクが上がらない。ギルドマスター、ランク昇格はどのような条件ですか?」


「あ? ああ……まずひとつに、指名依頼達成数。そしてパーティを組んでいた場合の貢献度。ソロならこれは100%だ。そして安定性。報告書の正確さ。協調性。……まあこんなところか。明確にランクを昇格させる基準があるわけじゃないんだ」


「総合的に見て、そのランクに見合うかどうかで昇格が決まるのですね。ありがとうございます。……ではブラックさん、いまギルドマスターがあげた中で、気になった点はあるかしら?」


「……指名依頼達成数は、達成してると思います」


「その通りだ。討伐依頼においての依頼者からの評価が高く、リピートするところも多い」


「では、そこはクリアですね。同時に貢献度もクリアと。では……安定性はどう?」


「安定性ってーと……」


「怪我をしねえとか、パーティメンバーを殺させないとか、依頼主によって態度を変えるかとか……そういうのだ」


「怪我は……しないっす。議論ソロなんで、メンバーも死んだことないし……依頼主によって態度変えるとかは、全然ないです」


「ふむ、では報告書の正確さは、いかがかしら」


「そこが問題だ」


 ギルドマスターが、ため息を吐きながら呟くように言った。


「ブラック、何度も言っているが、討伐依頼は討伐完了のみの報告書だと困るんだ」


「……書き方がわかんなくて。それに、依頼主の方からも報告書は上がるじゃないすか」


「それはそうなんだが……」


「では、改善点は報告書、ですね。最後に……協調性は、いかが?」


「ブラックはパーティ参加率が著しく低い。ランクが上がれば、ソロでできる依頼も少なくなってくるから、パーティに参加して依頼を完了してもらわないと困るんだが……」


「……仲間は、いらない」


「こうの一点張りでな。こっちとしても困ってるんだ。ブラックは優秀な冒険者だ。だからこそ、いろんな依頼をこなさせてやりたい」


 レオカディアは、少し考え込む。


「……では、私に提案があります」


「なんだ?」


「ブラックさん、明日は依頼を休んで、私に付き合ってくれるかしら?」


「え?」


「少し、リラックスした状態でお話ししたいと思ったの」


「……構いません、けど」


「では、そうしましょう! 明日のお昼前に、ここで待っていてくださいな。ギルドマスター、よろしいですか?」


「……ああ、構いませんよ。もうこうなったらヤケだ。とことんやっちまってください……」


 諦めたようにため息を吐くギルドマスターに、レオカディアはにっこりと笑みを浮かべた。


 翌日。


 ガルシラ王国の民族衣装――尻尾用の穴が空いているもの――を着たレオカディアを待っていたのは、昨日と寸分違わぬ服を着た、大熊のような男、ブラックだった。


「まぁ」


「?……どうもっす」


「お立ちになって。……うん、まずは服を買わなくちゃ」


「服?」


「あとは……その目を隠しちゃう髪も切らなくてはね」


「あ……か、髪は」


「髪は?」


「……俺、目つき悪いんで……」


「まぁ。目つきが悪いくらいが強そうでいいじゃないの。さあ、行きましょうか。ブティックに寄って服を何着かと……理髪店にも行きましょう」


「う」


 平民の格好とはいえ、侍女を連れた高貴な雰囲気のレオカディアに言われ、拒否できずにブラックは大人しくレオカディアの背中について行った。


 ブティックに入店すると、レオカディアは真っ先に襟付きの編み上げシャツを手に取った。


「まずこれを着てみてくださる?」


「うす……」


 ブラックが頷いて着ていたチュニックを脱ごうとしたのを、レオカディアは目を見開いて止める。


「待って! ここで脱いだらいけないわ。ここにカーテンが付いている個室があるでしょう? ここで着替えるのよ」


「はあ……なるほど」


「それと、目上の人になるほどと言ってはいけないわ。わかりました、もしくは勉強になりました、とでも言っておくこと」


「……わかりました」


「よろしい」


 ブラックに服を渡して着替えさせ、編み上げシャツを着こなした姿を見て、レオカディアは笑みを浮かべる。


「似合うわ。ねぇミア」


「はい、お似合いですよブラック様」


「そう……ですか? すげぇえんずいです」


「まぁ、ふふ」


 ぽろりと出た方言に微笑みながら、レオカディアは次の服を渡す。


「あなたは体が大きいから、ズボンは細身の方がいいわ。けど……上は、今着ているのより少しゆったりしている方が似合うわね」


 何着か試着して、ブラックが呆れて疲れ始めた頃、レオカディアはやっと満足して上下三着ずつ、ブラックに服を買い与えた。


「いいんですか」


「いいのよ、お父様……陛下にお金はたんまりともらったの」


 ブラックはその言葉に、首を傾げる。


「じゃあ、働かなくてもいいんじゃねえですか」


「働くのは重要なことだわ。日々のやりがいを仕事以外で得るのは難しいことだもの。それに、疲れた身体で眠る方がうんとよく眠れるのよ」


「なる……べんきょーに、なります」


「次は美容室ね。さっぱりと切ってもらわなくちゃ」


「本当に切るんすか」


「切るわ」


 ちょうど、隣の店が理髪店だった。


 理髪店の店主と二言三言会話をすると、レオカディアはミアを連れて店を出る。


 あれよあれよと座らされて髪を切られ始めたブラックは、ケープで窮屈な思いをしながら、むっつりと黙り込んだ。


 しばらくすると、もみあげや側頭部が、ハサミで巧みに短く整えられていく。


 このまま坊主になるんじゃないかとヒヤヒヤしたブラックだが、最後にほどよく短く整えられた自身の髪を見て、ほう、と声を上げた。


「こんな髪型もあるのか……」


「お客様のお連れの方が、このようにするようにと。さっぱりしていて、冒険者たちの間で流行るかもしれませんねぇ」


 のほほんとした店主がそう言うと、店の扉が開く。


 レオカディアが戻ってきたのだ。


「あら。似合うわよ、ブラックさん。私の見立て通り」


 にっこりと笑うレオカディアが、俯き気味のブラックの顎を上げる。


「前を向くのよ。それだけでいいの。なにも怖くなんてないわ」


「怖いわけじゃ……ねえですけど……」


 むっつりとした顔のままで口をもごもごさせるブラック。


 レオカディアはそんなこと気にした様子もなく、理髪店の店主に代金を払って外に出た。


「どこにいくんすか」


「さきほど席を外していたでしょう? その間に、レストランテを予約してきたの。そのさぱりした姿なら、店に入ってもなんらおかしくないでしょうし」


「はあ……」


 数分歩いたところで、この街1番人気のレストランテが、やけに静かであることがわかる。


「準備中なんじゃ」


「さっき言ったでしょう? 予約できたって。ちょうどよかったわ、今日の予約は夜が多かったから、貸切にできたの」


「貸切!?……いかれてる」


「さあ入りましょう。個数限定のおいしいスイーツがあるらしいじゃないの。楽しみだわ」


 レストランテに入ると、やはり中には店員の姿しかいない。


 ブラックの記憶では、ここまで丁寧に接客されたことなど一度もない。


 普段は酒場で恐ろしいママに飲まされ、潰され、殴り合いが始まる、なんていう生活をしているブラックにとって、こういう店は初めての体験だった。


「ランクがあがれば、依頼主の方とご飯に行くこともあるそうね。じゃあ、慣れておかないと。マナーを教えるわね」


「……なんでそこまでしてくれるんですか」


 ブラックが、思わずといった形でそうつぶやく。


 レオカディアはなんでもないように返事を返した。


「あなたの悩みを解決すれば、私は仮雇用になることができるわ。それに、困っている人は助けたいもの」


「困っている人は、助けたい……お人よしだな」


「お人よしは嫌いなのね?」


「……嫌いだ。お人よしがこの世で一番嫌いだ」


 ブラックの言葉に、レオカディアは眉をぴくりとさせる。


「……まずは食べましょう。それから、話してくれるかしら?」


 野蛮、とも言えるブラックの食べ方を直しながら、レオカディアは先ほどのブラックの表情を思い浮かべる。


(お人よしが嫌い、というより……その嫌いは、自分に向いているように見えた)


(ブラックさんの頑ななソロ活動……もしかしたら、理由が分かったかもしれない)


 食事、もといマナー指導を終えて、食後の紅茶がやってくる頃。


 口火を開いたのは、レオカディアだった。


「さて。では、聞かせてもらおうかしら。あなたが、お人よしを嫌いな理由」


 一瞬口を開き、だが閉じる。


 それを何度か繰り返して、ブラックは諦めたようにため息を吐いた。


「駆け出しの頃だった。て言っても、5年前。夢を同じくした奴がいたんだ。そいつはワイトと言って、昔からの馴染みだった」


 レオカディアは、口を挟まず、静かに聞いていた。


 ――ブラック!お前、ちゃんと朝は起きろよな。


「なんだよワイト……今日休みだろ? いいじゃんかよ」


「ダメダメ! 生活習慣は日々の習慣! 明日起きれなかったらどうするんだ」


「そんときはそんときだろ……ふぁ〜……」


 もう一度眠りにつこうとしたブラックに呆れるワイト。


 そんな二人の元に、ドンドン! と大きなノック音が響く。


「なんだ?」


「どうした? 空いてるぞ」


「――ブラックさん、ワイトさん!」


「シナ?」


 血相を変えて声を枯らしているのは、同じく冒険者仲間のシナだった。


 二人と彼女は違う村出身でこの街で出会ったが、すぐに意気投合し、彼女の組んでいたパーティも含めて、よく飲みに行ったり依頼をこなしたりと、仲が良かった。


「どうしたんだ」


 ただ事ではないと飛び起きたブラックが、シナに詰め寄る。


「きょ、今日っ、今日の依頼で……っ」


「今日の依頼?……たしか、モンスターの討伐だったか」


「まさか……」


「二人がっ! 二人が怪我をしてっ! 私の治療魔法じゃ治らなくて……っ!」


「……!」


「ついさっきのこと? もう増援は呼んで、運ばれた?……まさか」


「まだっ……まだ森にいるの! ギルドにも助けを求めたけど、時間がかかるって……」


「――行くぞワイト」


「ああ、行こうブラック」


「……っ! ありがとう!! ありがとう……!!」


 すぐさま準備をして、ブラックは大剣を、ワイトは弓矢を持って森に向かった。


 やけに静かな森だった。不穏な空気が漂っていた。


 二人とシナがたどり着くと、そこには息も絶え絶えな状況で、隠れ蓑の結界を張っているルーカスと、気絶しているのか、ぴくりとも動かないカールがいた。


「ルーカス! カール!」


「! 増援か!?――ブラック! ワイト!」


「無事か!? カールは!?」


 結界の中に入り、カールの状況を確認する。


 息はあるが、胸を切り裂かれており、出血も多く油断できる状況ではないことが確かだった。


 結界を張っているルーカス自身ももう限界のようで、手は震え、息も荒い。


「ワイト、結界変わってやれ」


「ああ」


 ワイトが呪文を唱えて結界を張る。ルーカスはやっと力を抜き、倒れ込んだ。


「にしても……お前ら、本当にこれを討伐しようとしてたのか?」


「いや、俺たちが討伐しようとしていたのは、ただのゴブリンの群れだ」


 目の前にいるのは、どう見てもゴブリンではない。


 もっと大きく、醜悪な顔をした、オーガだった。


「オーガなんて生息してたのか……」


「俺たちじゃ敵う相手じゃないぞ」


「……勝機はある」


 囁くようなワイトの呟きに、ブラックは目を向ける。


「もちろん逃げるだろうな?」


「……誰かを犠牲にしなくちゃならない」


「はぁ? アホか。第一、そんなの誰もやりたがらねえし…… おい、まさか」


 ブラックが険しい顔でワイトに詰め寄る。


 ワイトは諦め切った顔で、言った。


「俺が囮になる」


「バカか!」


 ブラックが吐き捨てる。


 だが、選択肢が限られているのも事実だった。


 ワイトが黙り込む。ルーカスは、嫌な音を立てる心臓をただ押さえつけていた。


「……カールを置いていく」


「ブラック!」


「それしかねえだろ! オーガは俺たちじゃ敵わない。誰かを囮にして逃げるしかない。それなら、生きてる人間より死にかけてる人間を囮にした方が効率的だ」


「っ……効率じゃないだろ……!」


「じゃあどうするんだ!」


「だから俺が囮になるって……!」


「馬鹿野郎! それが非効率で一番クソみたいな選択だって、なんでわかんねえんだよ!」


 怒鳴りあうブラックとワイト。


 その横で、ルーカスはただ震えて涙を堪えていた。


 なぜこうなった。なぜ、どうして、どうすれば。


 全員の脳裏に、後悔が浮かんでいた。


 ――その瞬間、オーガがなにかに気を取られる。


 それを察知したのは、怒鳴りあっていた二人ではなく、ルーカスただ一人だった。


「ッ……」


 ルーカスが立ち上がり、駆け出す。


「ルーカス!?」


 二人は呆気に取られ、ルーカスの名を叫んだ。


「……あの野郎っ!」


 ブラックが地面を殴る。


 最悪の選択だ。


 ルーカスは、三人を囮にして、逃げ出したのだ。


「くそっ……」


 ルーカスが逃げ出したことにより、オーガからの三人への威圧が増したのを感じ、ワイトは唇を噛む。


 ワイトの考えでは、こうだった。


 ワイト自身が囮となりオーガを引きつけ、ルーカスになんとかカールを背負ってもらい、ブラックに道中の護衛を任せる。


 そうすれば、少なくとも三人は確実に助かるはずだった。


「……カール、を、置いていこう……」


 掠れた声で、ワイトが言う。


「……そうするべきだ」


 ブラックもそれに同調する。


 意識のないカールを地面に伏せさせたまま、ワイトは結界を解いた。


 その瞬間、二人は走り出し、オーガはカールの血の匂いに一目散に向かう。


「ッ……」


 ワイトが強く目を瞑る。


 何メートル走っただろうか。


 たった数秒か、はたまた数十秒か。


 ブラックにはわからなかったが、確かなのは、ワイトが足を止めたと言うことだった。


「!? おいワイト!」


「……ブラック」


 ワイトが笑う。


「お前は逃げろよ」


 そう言って、踵を返していった。


「やめっ……やめろ!!」


 手を伸ばす。


 だが、足がすくむ。


 そこからの記憶は、あまりなかった。


 確かなのは――。


「――……俺が、その場から逃げたということだけだ」


 語り終えて、ブラックは沈痛な面持ちで黙り込んだ。


 レオカディアもミアも、彼にかける最適な言葉がすぐには見つからず、沈黙が続く。


 それを破ったのは、やはりレオカディアだった。


「……ワイトさんは、どうして引き返したのだと思う?」


「は……大方、カールを心配するのが半分、良心の呵責に耐えられなかったのが半分でしょう。……あいつは、そういう奴だったから」


「本当にそうかしら」


 その言葉に、ブラックは訳がわからないという顔で眉根を顰める。


「どういうことですか」


「ブラックさん。そこで出会したのは、確実にオーガなのよね?」


「……絶対にそうです。オークよりも高い背丈に、細身の身体。赤い肌に紋様の刺青と、長い牙が生えていて……間違いない」


「なぜ、ワイトさんがオーガに立ち向かっていったのか……本当に、わからない?」


「だから! それは、さっきも言った通り……」


「じゃああなたは、ワイトさんが自分ではなくカールさんを優先したことに傷ついているのね」


「っ……」


 図星だった。


 お人よし。


 そう称したのも、それが理由だ。


 家族同然の自分よりも、他人を優先するお人よし。


 だから、嫌いとまで言って見せた。


 だがレオカディアは、真剣な表情のままブラックに問いかける。


「ブラックさんは、ワイトさんの判断を、カールさんや自身のためのものだと思っているのかしら?」


「それ以外に……なんだと」


「知っているはずよ。冒険者なら、誰しもが知っていること」


「は?」


「――オーガは、死体には興味を示さない」


「……は」


 オーガは、死体には興味を示さない。


 それは、たとえ死んだばかりの体でも、自身が殺した体でも同じだ。


 不思議と、オーガは自身が襲った相手だとしても、相手が息絶えると興味をなくす。


 その残虐性により恐れられている部分もあるのだ。


「カールさんは、おそらくオーガにすぐ殺されたんじゃないかしら」


「いや……そんなはずは……なら、それなら、あいつが引き返したのは……」


「あなたを守るため……」


 ブラックは黙り込む。


 今にも泣きそうな顔をくしゃくしゃにして、唇を噛み締めていた。


 ――その後のことだが。


 レオカディアは母の生家であるレイナス家の屋敷に一度連れ戻され、しばらくそこで生活をすることとなった。


 一方のブラックは、ギルドマスターから聞いた話によると、自身でパーティに声をかけ、加入したらしい。


 曰く……。


「ワイトのように、俺も仲間を守れるような男になるために」


 ……だとか。


 それから一か月ほどが経ったころ、レオカディアのもとに一通の手紙が届く。


 内容は要約すれば……ギルドの受付業務を任せたいという、ギルドマスターからの手紙。


 レオカディアはそれを喜んで了承し、レイナス家の者たちは泣く泣くレオカディアが働くことに許可を出した。


 そしてまたその半年後には、レオカディアはいくつもの難題を解決し、正式な雇用をされて今に至る。


 その間にもガルシラ王国から彼女を訪ねてくる者がいたり、彼女を利用しようと画策する者が現れたりもしたのだが……それについては、また別のときに話すとしよう。


 かくして、レオカディア元王女殿下の物語は、まだまだ続いていくのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


他にも


「無双できるこの世界で、俺は今日も実力を隠す。」

https://ncode.syosetu.com/n4854lt/


という作品も書いておりますので、そちらもよろしくお願いいたします!

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